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『 ぷらいべえと(画像下) 』
来週(13日)の収録で資料の1つとしてスタジオへ… |

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こんにちは、ゲストさん
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このタイミングでよかった!
*布袋タッグ、元BOOWY 昭和の伝説 令和で31年ぶり再会 5/6(月) 5:01配信 、デイリースポーツ ロック歌手でギタリストの布袋寅泰(57)が、最新アルバム「GUITARHYTHM 6」(29日発売)で、元BOOWYの高橋まこと(65)、松井常松(58)と31年ぶりにタッグを組んでいることが5日、分かった。収録曲「Thanks a Lot」を英ロンドンでレコーディングし、伝説が帰ってくる。 個別にライブ共演することはあったが、3人がそろうのは1988年4月に東京ドームで開催した解散ライブ「LAST GIGS」以来。布袋はロンドン在住で、2月19日、現地スタジオに、元BOOWYの3人が集結した。 ロンドンは、1985年3月にマーキー・クラブでギグを行った、ゆかりの街。布袋の呼びかけで集まった高橋と松井だが、顔を合わせた瞬間にブランクは吹き飛んだという。 ドラムの高橋は「興奮で眠れませんでした。でもスタジオで3人顔を合わせたら、30年ぶりなのに、なんだか昨日からやってます、みたいな感覚でした」と回顧。ベースの松井も「不思議で感慨深い時間を共有させていただきました。過去にタイムスリップしたような感覚にとらわれます」と、しみじみ振り返った。 令和最初のアルバムで戦友たちと昭和以来のタッグを組んだ布袋は「懐かしい仲間と交わす音のラリーは言葉以上に心に響いた。31年ぶりのセッションで僕のギタースタイルの原点はこのリズム隊にあることを再確認した」と感慨深げだった。 |
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未使用のカセットテープが1本7,000円(送料別)で出品されています。
高っ! |
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「中島みゆき」。
ポプコンの予選会から、また、この記事中のアルバムはすべてリアルタイムで買い、聴いていました。 *1982年4月26日中島みゆき『寒水魚』がオリコン・アルバムチャートの1位を獲得〜中島みゆきが音楽を獲得したことを証明するアルバム
執筆者:前田祥丈... 1982年4月26日、中島みゆきの9枚目のアルバム『寒水魚』が、専門誌『オリコン』アルバムチャートで1位を獲得した。 中島みゆきは、それまでに『親愛なる者へ』(79年)、『生きていてもいいですか』(80年)、『臨月』(81年)でアルバムチャート1位を獲得していたが、『寒水魚』は4枚目の1位獲得作というだけでなく、彼女の音楽表現の深化という意味でも大きな意味をもつ作品だった。
1975年に「時代」で注目された当時、中島みゆきはその弾き語りスタイルもあってフォーク少女という見られ方をしていたんじゃないかと思う。それが77年の「わかれうた」の大ヒットをきっかけに、“別れ歌うたい”“振られ女の恨み節”“みゆき演歌”といったイメージで見られるようになった。
“女の情念を歌う”シンガー・ソングライターというレッテルは、彼女を他のシンガー・ソングライターと差別化する大きな武器となった。けれど、そんな極端なイメージが独り歩きすることで、逆に彼女の音楽性の全貌を伝わりにくいものにしてしまう危険性もあった。そんなイメージの固定化に対応するように、70年代末頃から、アーティストとしての中島みゆきの振り幅の大さを見せる動きも始まっていく。
1979年4月、「中島みゆきのオールナイトニッポン」の放送が始まった。ガハハと豪快に笑う明るいパーソナリティぶりに多くのリスナーが驚いた。暗くて重い情念の歌い手だったはずの中島みゆきイメージと、ラジオから聞こえる陽気なキャラクターとのギャップは話題となり、ファンの間ではどちらが本当の中島みゆきなのかという議論まで起きた。
同じ年、中島みゆきがそれまでに他の歌手に提供した楽曲で構成されたアルバム『おかえりなさい』が発表された。70年代になってシンガー・ソングライターが他ジャンルの歌手に楽曲を提供するケースは増えていた。しかし、それらの楽曲を本人が歌い直す例はあまり無く、この企画は評判となった。さらに中島みゆき本人が歌うことで、それらの楽曲が見せる新鮮な表情もリスナーにインパクトを与えた。『おかえりなさい』をきっかけに、セルフカバーアルバムはシンガー・ソングライターにとって“売り”のひとつとなっていった。
中島みゆきはオリジナルアルバムでも挑戦の姿勢を見せていった。初のチャート1位となったアルバム『親愛なる者へ』では、それまでのアルバムよりも曲のテーマ性も広がり、サウンド的にも幅を広げようとしていた。続く“中島みゆき史上もっとも暗いアルバム”とも言われる『生きていてもいいですか』も、実は「キツネ狩りの歌」「蕎麦屋」など隠れた名曲の宝庫でもあるとともに、後藤次利をアレンジャーに迎えてサウンドのトータリティも感じさせていた。
続く『臨月』は、中島みゆきのさらに新たな表情が見える作品だった。アルバム全体に軽さがあるのだ。それは、前作の『生きていてもいいですか』で、それまでの情念を表に出してきたアプローチの完成形を示した彼女が、次のステップに踏み込んだことを感じさせた。
楽曲のテーマが大きく変わっているわけではない。しかし聴いていると、その詞にもドラマティックなシーンから情感が伝わってくるニュアンスが強くなっている印象がある。そんな楽曲の世界観を、松任谷正隆、荻田光雄、星勝、安田裕美という手練れのアレンジャーが洗練されたポップ・ミュージックとしての表情を与えている。だから、リスナーは構えることなく楽曲から伝わる表情を味わうことができる。そんなアプローチを感じさせる作品だった。
中島みゆきの世界を、コンテンポラリー・ポップスとして伝える。そのアプローチが生み出した大ヒット曲が「悪女」だ。船山基紀による軽快なサウンドに乗せた切ない物語は、それまで中島みゆきに接点が無かったリスナーをも魅了して、彼女にとって「わかれうた」に続くシングルチャート1位獲得曲となった。
『寒水魚』は、そんな中島みゆきの新しい音楽性をより立体的に表現したアルバムだった。一曲目に置かれた「悪女」が、中島みゆきが本格的に音楽に向き合っていることを示していた。シングル盤の「悪女」からは、軽やかなサウンドと歌唱から、本当は“悪女”にはなれない女性の可憐さが伝わってきた。しかし、同じ曲がアルバムではガラリと表情を変えていた。後藤次利が編曲を手がけたサウンドはへヴィーなブルース・ロックとなり、中島みゆきの歌い方もワイルドでダークなイメージを伝えてくる。シングルとアルバムとでは主人公がまったく別人に見えた。『おかえりなさい』では、他のシンガーに提供した曲をセルフカバーすることで曲の新しい表現の仕方を見せた中島みゆきが、自分のシングルとアルバムとで同じ曲から違う表情を引き出してみせたのだ。
他の曲でも、ヴォーカルとサウンドを寄り添わせていくことで作品の世界観をソフィスティケートされた形で表現しようとする姿勢が強く感じられる。その結果、『寒水魚』は心地よい音楽の情感に満ち溢れたアルバムになり、それまで中島みゆきの言葉の強さに抵抗を感じていた人たちをも惹きつける作品となっていた。
けれど少し聴き込んでいくと、その心地良いサウンドとともに聴こえてくる言葉が、いつしか感性の深い部分と共振していることに気づく。言葉の伝わり方が深いのだ。『寒水魚』は、まさに中島みゆきが音楽を獲得したことを証明するアルバムだった。
アルバムの最後に置かれた8分以上の大作「歌姫」も『寒水魚』を象徴する曲だ。聴いていると、どこかエキゾティックでロマンティックなドラマのシーンのような映像が次々と浮かんでくる。けれど、そのイメージはミステリアスな余韻を残して消えていき、これは果たしてどんな物語だったのかの謎が残る。しかし、聴き終わった後に残っているのは圧倒的な感動だ。「歌姫」は、理屈で理解するのではなく、感じることで分かる曲なんだと思う。そして、今聴いてもこの曲は全く色あせずに、鮮烈な感動をもたらしてくれる。
この「歌姫」のためだけでも『寒水魚』を聴く価値は十分にある。 |
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日本でテープを作り、
タイで組み立てかあ〜っ!
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