来週収録の資料です。
『Reflections』(リフレクションズ)※パラシュートwith寺尾といっても過言ではない。
1981年4月5日にリリースされた寺尾聰のオリジナル・アルバムである。オリコンでは160万枚を超すセールスを記録した。
東芝EMIからリリースした初めてのオリジナル・アルバムで、作曲はすべて寺尾自身による。「ルビーの指環」(1981年の年間第1位)、「SHADOW CITY」(同19位)、「出航 SASURAI」(同47位)のヒット・シングルが収録されている。
オリコンLPチャート(1989年廃止)において、史上初の週間推定売上枚数の10万枚超えを達成した。さらに3週連続で週間推定売上枚数が10万枚を超えた(1981年5月11日付〜25日付)。同チャートにおいて、2週以上連続で週間推定売上枚数が10万枚を超えた作品は本作が唯一である。
ジャケットの写真は寺尾が『西部警察』の撮影で多忙を極めていたため、撮影所の廊下で撮影された。煙草の火の明かりによる「LOVE」の文字が印象的だが、これは暗闇の状態でシャッターを開いてLOVEのEの文字から書いていき、Lの部分が書けたところで明かりを点けてシャッターを閉じるという技法で撮影されている。
アルバムの歌詞カード内には作詞家の有川正沙子と、アート・ディレクションを手がけた藤田秀己によるライナー・ノーツが掲載されている。
同年2月にリリースされた「ルビーの指環」は10週間にわたって1位を獲得したが、このアルバムも12週間1位(8週間はシングル・アルバム同時1位)を獲得した。また寺尾は1973年の宮史郎とぴんからトリオ、1978年のピンク・レディーに続いてシングルとアルバムが同時に年間第1位という快挙を達成している。
1981年12月時点でのLPの公称売上枚数は180万枚。
収録曲
SIDE A
HABANAEXPRESS(4分13秒)
作詞:有川正沙子/作曲:寺尾聰/編曲:井上鑑
渚のカンパリ・ソーダ(4分29秒)
作詞:松本隆/作曲:寺尾聰/編曲:井上鑑
喜望峰(4分10秒)
作詞:松本隆/作曲:寺尾聰/編曲:井上鑑
二季物語(8分04秒)
作詞:有川正沙子/作曲:寺尾聰/編曲:井上鑑
作詞:松本隆/作曲:寺尾聰/編曲:井上鑑
SIDE B
SHADOW CITY(4分24秒)
作詞:有川正沙子/作曲:寺尾聰/編曲:井上鑑
予期せぬ出来事(4分12秒)
作詞:有川正沙子/作曲:寺尾聰/編曲:井上鑑
ダイヤルM(3分46秒)
作詞:有川正沙子/作曲:寺尾聰/編曲:井上鑑
北ウィング(4分54秒)
作詞:有川正沙子/作曲:寺尾聰/編曲:井上鑑
作詞:有川正沙子/作曲:寺尾聰/編曲:井上鑑
クレジット
参加ミュージシャン
E.Guitars:Masaki Matsubara, Go Con
A.Guitars:Ted M.Gibson, Toshiaki Usui, Koichi Tani
E.Bass:Michael Bassman, Akihiro Tanaka
Drums:TatsuoHayashi, Yukari Uehara
Percussion:Nobu Saitoh, Masahito Hashida, Motoya Hamaguchi
Vibe:Isao Kanayama
Alto Sax:Eiji Toki
Trombone:Shigeharu Mukai
Flute:Yukio Etoh, Mitsuru Soma
Strings:Joe Ensemble, Tomato Strings
Chorus:EVE
スタッフ
Produced by ToshifumiMutoh & Akira Terao
キリン・ラガーのコマーシャル。白髪の寺尾聡がルビーの指環を歌っています。
「あぁ」「年とったなぁ」というのが正直第一印象。 しかし、そのわずかなCMの現在と過去の映像に釘付けになった。懐かしさがこみ上げてくる。
人というのはこういったメディアに刺激される生き物なんだなぁ。うぅ〜ん、俺の場合は、普段も聞いているのになぁ。思い出して、棚をごそごそ物色。
「ありました。」誰に報告するわけでもないけど、ひとりごと。
手には「Reflections」のLP。 LPですよLP。 LPってなに?って真剣に言われそうだけど、レコードの大きいやつです。小さいのはシングル。EP。大きいのは33回転。小さいのは45回転。歌詞カードが大きくて、これもなつかし〜。
やはりキリンのホームページではCMギャラリー公開中でした。ここでも早速視聴。メイキングムービーも見応え有り。かなり素敵。
ここで、「あれれ」と。プレーヤーの中に見慣れない方が。 ドラムの人が違うような。
ドラムは林立夫さんのはず。私は大瀧詠一のファンでもあるので、間違いないはず。
「??? 林さん死んだかな・・・。」
不安になって検索したが、まだ生きてるみたい。安心しました。
でも、なんでだろ?
このCMは昔の仲間が集まってさ、
「みんな元気か。変わりないな。キリンラガーで一杯やろう。ングング」っていうコンセプトのはず。 なんか納得いかない感じになってきました。
それに、もしあのルビーの指環のドラムが林立夫じゃないなら、昭和56年からずっと今までの思いこみがすべて裏切られてしまうようで・・・・怖いです。
それはさておき、寺尾聡「Reflections」は素晴らしいアルバム。
『「奇跡」と言っている人もいますが、まぁ私にとっての奇跡アルバムは「Atmosphere」ですけどね。』。以下は私の勝手な解説です。
1、『HABANA EXPRESS』
軽快なテンポから始まる爽快な曲。(歌詞は別として。)
寺尾聡は、アルバム「reflections」のイメージはこの曲、と後に語っている。
歌詞は有川正沙子さん。そのかいあって歌詞は難解。窓を開けると自分に戻る、というフレーズは後に杉山清貴とオメガトライブの『FIRST FINAL』の中でも使われた。
2,渚のカンパリーソーダ
雰囲気は明るいが、声が暗く、総合すると全体的に暗い。という不幸な曲。(わたしは大好きなんですよ。)
小学生の時にこの曲に触発され、カンパリーソーダの缶入り、(あれ、これなんて言うんだろ。缶ビール・缶チューハイ・・・ 流れから言うと缶カンパリソーダか?)を購入。あまりの苦さにびっくりした事を思い出す。チャリンコ乗りながらカンパリソーダ。 頭が痛くなるような夏の暑い日に有線から良く流れていたことを思い出す。今でもカンパリは大好き。
3,喜望峰
渋い曲。う〜ん。一歩間違えばレゲエっぽい曲。B面の予期せぬ出来事と並び、私の中では影が薄い曲の一つ。。
所ジョージの「日本全国ダーツの旅」はこの曲がヒントになっていると今でも思っている。
4,二季物語
文字とおり二部構成になっている。広い空間が感じられ、季節感溢れる秀曲。
この当時の歌にしては珍しく8分もあり、横になって聞くとこの曲の途中で寝てしまう。歌詞の中の「水鳥ながめる もの憂い午後は空白・・・」の空白部分は声にださない。カラオケで歌詞がでてもここは声に出さないのが正しい。
5,ルビーの指環
ご存じのとおり大ヒット曲。名曲。私の場合は20回ぐらい聞いてやっと好きになった記憶がある。最初は、「なんだこれ、暗い曲だな」としか思えなかった。
小学校5年の時に朝日少年自然の家のキャンプファイヤーで5年1組のみんながたいまつをかかげながら歌い、全然盛り上がらなかった。
6,SHADOW CITY
寺尾聡の「Reflections」時代の幕開けはこの曲からだ、と言うことが「Reflections」のクレジットに書いてあった。それに恥じない名曲。
曲の半分が「テュルル〜」。夕日が沈んでから、真っ暗闇になる間のわずかな時間に聞く曲。もちろん部屋の電気を消して。
7,予期せぬ出来事
え〜、喜望峰と並び印象が薄い曲。小学生だった頃は歌詞の内容がちんぷんかんぷんで、自分の中ではどうでもよい曲だった。(今は違いますが・・)
8,ダイヤルM
ブレスが効いた渋い曲。都会の真夜中の雰囲気がずんずん迫ってくる感じがする。
恐らくは真っ黒な回転ダイヤル付きの電話がジーコ、ジーコ、「この電話は現在使われておりません。もう一度番号をお確かめの上ダイヤルするか・・・」と登場する。
携帯世代では最初のジーコ・ジーコがわからないのではないかと心配になる。
小学生の頃、うちの電話で間違い電話をかけても、「この電話は現在使われておりません・・・」のアナウンスが、この曲と同じお姉さんの声でないことがすごく不満だった。あほくさ。
9,北ウイング
男と女の愛を歌ったシズル感あふれる名曲。
これ又小学生の私には全く理解出来ない歌ではあった。中学生ぐらいになって風呂にはいるときアソコを隠すようになるにつれ、好きになった曲。大体、「北ウイングってなに」って感じだった。
10,出航(SASURAI)
男はこういう生き方があるんだ。孤独なんだ。朝早く起きなきゃ。みたいな名曲。
私が生まれて初めて自分の小遣いで購入したシングル盤。(LPはもちろん、「reflections」。)
町には1軒のレコード屋さんしかなく、おまけに品揃え最悪。(LPはもちろん、予約して買った。冬だったような気がする。)
そんなことで、自衛隊の駐屯地内にあるレコード屋にチャリンコで買いに行った。帰ってきてから文字とおりレコードがすり切れるまでリピートの鬼。しかし、レコードより先に針が調子悪くなった。
色々書きましたが、事実と違う所もあるかもしれません。ご容赦ください。
結果、なにが言いたかったかというと、こんな文章を2時間も掛かって打ち込むほどに、私は寺尾聡の歌が好き。と言うことです。だから、寺尾さん、新曲出して〜。
※寺尾聡と言えば、やっぱり「ルビーの指環」ですね。
とにかく当時、歌謡番組に出まくっていた印象があります。そして80年代初頭のJ-POPにおける金字塔。それが本作。
当時は俳優の寺尾聡が歌手?? と漠然と思っていたものですが、実は彼、グループサウンズのザ・サベージというバンドのベーシストだったんですね。でも恐らくそのときは曲を作っていた訳でもなく、1968年に俳優デビュー。以降俳優に徹していた彼ですが、1981年に本作を発表。
「ルビーの指環」を作った際に、彼は石原プロの小林専務に意見を求めたところ、あっけなく却下。ただし石原裕次郎が「いいんじゃない」と後押しをして、レコード化に漕ぎ付けたという逸話が残ってます。
本作は私も何度か聴きかえしているのですが、正直、その良さが分かってきたのは最近です、お恥ずかしい話(笑)。実際コレを聴いた私の娘は、彼の異様に低いボソボソ・ヴォーカルに苦笑しっぱなしでした。で、このアルバムですが、ミソは寺尾聡withパラシュート、いやパラシュートwith寺尾聡、と申してもいいかもしれませんが、彼等が全面的に参加していること。もちろんパラシュートとは当時の腕利きスタジオミュージシャン達が結成したフュージョンバンドのことなのですが。
更に驚くべきことに全曲、寺尾聡が作曲。そしてアレンジは井上鑑、ですね。
演奏メンバーは井上聡(Key)、松原正樹・今剛(G)、林立夫(Ds)、斉藤ノブ(Per)、田中章弘(B)等。
寺尾聡がヒットを飛ばした直後、ニューミュージックにおいては稲垣潤一が台頭してきますね。彼はもちろん井上鑑が全面的にアレンジを手掛けたアーチストで、本作で聴かれるサウンドと、非常に酷似しています。
まずは①「HABANA EXPRESS」。当時の映像があったんですね〜。バックの演奏はパラシュート部隊でしょうか(私は彼等の顔をあまり認識していないのですが、恐らくそうなのでしょう、どなたかフォローお願いします)。
しかしこの1曲目から斬新で、刺激的です。曲もいいけど、やっぱりアレンジが秀逸。イントロ&エンディングを聴けば、よくお分かり頂けると思います。歌詞も曲も演奏もかっこいい!!!
②「渚のカンパリ・ソーダ」の映像もあったんですね〜。上と同じときの演奏です。
それにしても寺尾聡の袖を通さないジャケットの着方、笑っちゃいます。でも様になってます。
この曲、ユーミンでいえば「ルージュの伝言」みたいな感じでしょうか。つまり寺尾流ロックンロールといったところ(コーラスがロックンロールしてます)。あ、この映像でメンバーがアップになりましたが、やっぱりパラシュート部隊ですね。貴重な映像です。
ユーミンはキャラメル・ママというバンドが付いてましたが、寺尾聡はパラシュート。ユーミンはユーミンとしてひとり立ちしていきましたが、寺尾聡は・・・。
一瞬「いい日旅立ち」???と思ってしまうようなメロディの③「二季物語」。これは2部構成になっていて、前段が「いい日旅たち」風のメロウなJ-POP演歌といったところでしょうか。
後段ではスカのリズムがちょっと加わったようなシャッフルビートで、同じメロディを奏でていきます。
7分強の楽曲。この時代においては珍しい楽曲です。メロディは普通ですから、やっぱりアレンジで聞かせてますね。
⑤「ルビーの指環」・・・、ルビーの指輪ではありません。今、聴くとギターがものすごいファンキーですね。
イントロで聞かせてしまうナンバー。ドラムのグルーヴ感が堪りません。
そして寺尾聡の低いヴォーカル、松本隆の詞の世界観、シティサウンド的な演奏。そのどれもが、このナンバーにぴったりの要素となった素晴らしい曲です。
最初のシングルカットは⑥「SHADOW CITY」でした。この曲、何がスゴイかって、いきなりハミングなんですよね。しかも最初のフレーズはすべてハミング。歌詞が出てくるのは1分以上過ぎてから・・・。ある意味斬新です。ちなみにその斬新さは⑧「ダイヤルM」っていう曲でも味わえます。この曲も最初はハミング。そして電話のコール音・・・「お掛けになった電話番号は、現在使われておりません。・・・」(切電)、そしてそれに続く歌詞、
♪ 気紛れで、誘うようなつもりが 思いがけなぬ 答えさ ♪
歌詞を踏まえたこのアレンジも大胆不敵、斬新です。
これら大人のポップスに挟まれる形で私の大好きな曲、⑦「予期せぬ出来事」が収録されてます。
イントロはちょっと陰りがあるのですが、歌い初めからポップス調に。このメロウなポップスがいい感じです。これもある意味、演奏がソリッドでカッコイイ。
(アップしたのはRe Cool、リメイク・バージョン)
「Reflections」、全10曲、捨て曲なしの名盤。
ただし寺尾聡のヴォーカルは好き嫌いが大きく分かれるかもしれません。フュージョンがお好きであれば文句なしの名盤と感じるでしょう。
寺尾聡はその後、数枚のアルバムを発表してますが、商業的には失敗に終わってます。
でも音楽に対する姿勢は直向だったようで、そのスタンスの違いから石原プロを退社したようです。
ベストテンに出演していた当時も、真面目な人という印象でしたからね。