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全体主義者と対立する者が平らかにする哲学「全体性と無限」仏系ユダヤ人 レヴィナス著 熊野純彦教授 訳

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パスカルは、「人間は考える葦である」や「パスカルの賭け」で知られるが、「我思う(我考える)、ゆえに我あり」のデカルトを批判した哲学者です。
過去空挺部隊在籍していたカンボジアに潜伏しているカーツ大佐の「エスカルゴ(lima?on 蝸牛殻)がカミソリの刃の上を這っている」で始まる映画「地獄の黙示録」で「互いもたれあっているわら人形 あたまのなかにははわらが詰まっている」というカーツ大佐の話があったが、パスカルの言葉の応用のようだ。ちなみに仏教で葦とは煩悩を意味する。
カーツ大佐は神と崇められているが、フランス語で神は、「dieu」だが、同じ単語を使う言葉にくそ、ちくしょうの意味の「Mon dieu! 」の意味があるようだ。
そして、小山ゆうに縁ある武田鉄矢も「人という字は、二人の人が支えてあって」などという話があるが、カーツ大佐に似てる。
私の持論は、かなり前からデカルト哲学だ。
余談だが、枝源五郎をよく思う日本青年社は、パラシュート降下訓練をするそうだが、掛川市の道の駅のコンビニで幹部に似た顔の人物を見かけたことがある。

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