続・よねちゃんの車中泊旅行記

4月22日、はてなブログ「よねちゃんの花日記」に移行しました。車中泊旅行記もそちらで継続しています。

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 春分の日も近づき、日中はすっかり春らしくなりました。あちこちから花の芽が出ています。雑草を抜く作業にも追われる毎日です。

 左はボタン、右はシャクヤクです(写真①)。今年も美しい花が咲くでしょう。
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 茨城県に住んでいる妻の妹から送ってきたカタクリです(写真②)。和歌山のような暖かいところで大丈夫かと思っていたのですが、何とか芽だけは出ました。この後、色々調べて上手に扱わないと来年は芽が出ないという気がします。
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去年、裏山から採ってきたウラシマソウです(写真③)。やっと芽が出ました。もうウラシマソウの特徴である釣り竿らしきものが見えます。
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 元々、ウラシマソウは裏山の薄暗いところにいくらでも生えるのでわざわざ花壇で咲かせるような花ではありません。
 それを植えたのは、去年、このユキモチソウ(雪餅草)を高知に遊びに行ったときに買ってきたからです。ご承知のようにユキモチソウはサトイモ科でウラシマソウとは兄弟なのです。
 息子の嫁さんが高知の出身でユキモチソウは高知の特産品ということでした。さて、芽が出るかどうかと毎日見ていますが、まだその気配はありません(写真④)。
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 ノースポールがやっと大きくなってきました(写真⑤)。
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 ケマンソウも芽を出しました(写真⑥)。
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 さて、去年の台風21号で駐車場の屋根が吹き飛ばされたのですが、新しい屋根ができあがりました。
 工事の邪魔にならないようにこのあたりの鉢を全部動かしたのですが、工事が終わったので仮置きにしていました。どことなく低くてのっぺりして迫力がありません。
 そこで、鉢を最初の位置に戻すことにしました。と言っても、6年生のマーガレットの大株を動かすのは容易ではありません(写真⑦)。
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格闘30分、マーガレットの大株を後方の石段に移し、鉢の根元にブロックやら石をを置いて固めます。こうしないと風で倒れます。これでできあがりです(写真⑧)。
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 キャベツが食べ頃になりました(写真⑨)。意外に身が締まっていてとても甘いという感じです。今年の冬もキャベツを作ることにしました。
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    2014年9月30日(火)

 今、新潟県魚沼市大倉の旧佐藤家住宅にいます。1738年の竣工で重要文化財です。場所は只見線の魚沼田中駅の北東約2キロメートルの国道252号線から北側の在所に入ったところにあります。

 奥の部屋を見学して茶の間に戻ってきました(写真①)。茶の間の向こうに広い土間があります。現代の家でも6畳間くらいでもいいからこういう空間が欲しいですね。
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 これは土間から茶の間を見たところです。ストロボを使っています(写真②)。
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 ストロボを消して自然光だけにするとこう見えます。この方が目で見た感じに近くなります(写真③)。蛍光灯に慣れた目には特に奥の方が薄暗く感じます。
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 昔は家族もたくさんいて、馬屋にも馬がいてとても賑やかだったことでしょう。その賑わいはもうありません(写真④)。東京一極集中だけは政治の力で何とかしないといけません。
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 さて、1320時になりました。見学が終わりここを出発、在所の道を東に進むと須原公園というところにやってきました。場所は只見線須原駅のすぐ北西です。これが見取り図です(写真⑤)。目黒邸という建物があるのがあるのが分かります。
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  これが目黒邸の解説です(写真⑥⑦)。1779年(寛政9年)の竣工で昭和49年に重要文化財に指定されています。新潟にいくつもある豪農の館の一つです。
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 これが目黒邸です(写真⑧)。残念ながら正面近辺の工事中でした。
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 目黒邸の入場券は近くにあるこの守門民俗文化財館で売っています(写真⑨)。
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 こういう張り紙もありました(写真⑩)。
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 これは文化財館の内部です(写真⑪)。例によって詳しく紹介しましょう。
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 雪国ではこういう格好をしていました。今でも見かけることができるでしょうか。人形の顔がリカちゃん人形見たいというか西洋人的過ぎるようです(写真⑫)。
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 杵と臼です(写真⑬)。古い形の竪杵もあります。脱穀に使うには竪杵の方が勝手がよかったかもしれません。
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 砕土機です(写真⑭⑮)。
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 砕土機の解説もありました(写真⑯)。使われ始めたのは昭和10年頃、意外に新しい進化した機械だったことが分かります。
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 続く

    2014年9月30日(火)

 今、新潟県魚沼市大倉の旧佐藤家住宅にいます。1738年の竣工で重要文化財です。場所は只見線の魚沼田中駅の北東約2キロメートルの国道252号線から北側の在所に入ったところにあります。

 これはたばこ盆だったでしょうか(写真①)。
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 手あぶりと呼ばれるような小さめの火鉢です(写真②)。
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 椀と膳です(写真③)。農家の場合は戦前までは箱膳が普通に使われたでしょう。
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 燭台です(写真④)。現代の感覚で見ると目を突きそうでいかにも危ないという感じです。
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 手前は六角行灯、奥は往時の鏡台です(写真⑤)。
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 右は普通の木炭火鉢ですが、左は練炭火鉢という名札が突いています(写真⑥)。練炭は石炭を粉にして固め直したものですから火力はとても強力でした。
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 持ち手付きの行灯です(写真⑦)。意匠がとても優れている上に使い勝手がよく、今でもよく使われます。もちろん、光源は電球に代わっていますが。
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 文机です(写真⑧)。戦前までの作家の多くはこういう机で小説を作っていたのでしょう。
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 文机の上にあったラジオです(写真⑨)。ロゴは「ピジョンスーパーヘテロダインラジオ」と読めます。作ったのは「ソーゴーデンキ」という会社です。さて、どういう会社でいつ頃のラジオでしょう。
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 これは岡持と呼ばれた出前用の容器か行楽用の容器と思われます(写真⑩)。
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 さて、このあたりの展示はこのくらいにしましょう。「でい」と呼ばれる座敷から「ちゃのま」を見たところです(写真⑪)。
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 さて、最後の部屋を紹介しましょう。いわゆる「納戸」と呼ばれる部屋で物置又は寝室として使われます。特徴の一つは開口部がほとんど無いということです。
 今時の人ならほどよく狭くて暗くて静かでよく寝られると思うかもしれません(写真⑫)。
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 中に入りました(写真⑬)。往時のタンスが置かれています。
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 タンスの上に何やら機械が置かれています(写真⑭)。寡聞にして正体は不明です。
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 行李もたくさんありました。行李はこの後、ブリキ製になり、さらに樹脂製になって現在に至っています。通気性という点ではこの行李に及ぶものはありません(写真⑮)。
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 この機械は糸車の一種ではないかと思います(写真⑯)。
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 納戸の紹介はこのくらいにしましょう。

 続く


  春分の日も間近に迫ってきました。昼間の日だまりはとても暖かく感じます。花たちも大きく盛り上がってきました。

 去年の10月に種をまいた新テッポウユリの苗が大きくなってきました。ぼつぼつ定植しないといけません(写真①)。
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 1月から2月にかけての5週間の入院がいろいろと影響しています。植える鉢やプランターがありません。やむを得ず、大物用に取っておいた鉢を使います。まあ、百合は球根を作るからちょうどいいでしょうか(写真②)。
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 3月に入って急に雨が降るようになりました。雨の合間にプランターに入れて乾かした土を使ってプランターと鉢の土造りです(写真③)。
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フルイの網が破れたのですが、本体は20センチなのに間違えて30センチの網を買ってきました。とりあえず使わないといけません。
 こうやって鉢の縁で網をたたくと何とかなりました(写真④)。次の週、ホームセンターに行って30センチのフルイ本体を買ってきました。
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 2時間かかってプランター1個、鉢10個ができました(写真⑤)。これならしばらく大丈夫でしょう。次の土入れは春咲く花が終わるまでしなくてもいいです。
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 カランコエが鮮やかな紅色を楽しませてくれます(写真⑥)。
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 ここは風の通り道で、いつも西風が吹いています。昨日今日も強い西風が吹きました。アグロステンマが風になびいています。もうすぐ開花です(写真⑦)。
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今年はストックが咲きそろいません(写真⑧)。
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 ボタンの芽が伸びてきました(写真⑨)。
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シャクヤクも負けていません(写真⑩)。ボタンもシャクヤクも美しい花が咲くでしょう。
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 ケマンソウの芽が出ました(写真⑪)。左は緑の芽、右は紫の芽が出ます。
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これは山取りしたウラシマソウです。心配していましたが、それらしい芽が出ました(写真⑫)。
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 茨城県鹿島にいる妻の妹から去年送ってきたカタクリですが、まだ芽も出ません。もしかしたら地中で球根が腐ったかもしれません(写真⑬)。一度くらいは花を見たかったのですが。
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では、この後、最後まで残った新テッポウユリの苗を定植して今期は終了と言うことにしましょう。
 それが終わったらすぐに春まきの準備をしないといけません。

  完
    2014年9月30日(火)

 今、新潟県魚沼市大倉の旧佐藤家住宅にいます。1738年の竣工で重要文化財です。場所は只見線の魚沼田中駅の北東約2キロメートルの国道252号線から北側の在所に入ったところにあります。

 今いるのは茶の間、奥は「でい」と呼ばれる部屋です。茶の間はムシロ敷きだったのですが、でいは畳敷き、一段高くなっているのは畳を敷く高さが必要だったからでしょう(写真①)。
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 庭に面したところには雨戸がありますが、鴨居の上には明かり取りがあります(写真②)。
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 この部屋には天井があったかもしれません(写真③)。
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 奥の壁です(写真④)。二枚の雨戸がついています。
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 もう一つの壁です(写真⑤)。この奥には7畳くらいの納戸というか寝室があるのですが、直接には行き来できません。
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 まずはこの壁の方から紹介しましょう。立派な神棚です(写真⑥)。
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 神棚の横には恵比寿様がおられました(写真⑦)。恵比寿様は今でも商売繁盛の神様としてとても人気があります。
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 この建物は新潟景勝100選に選ばれていました(写真⑧)。新潟県は豪農の館が今も各地に残っています。こういう取り組みもそういう歴史的文化的な価値のあるものの保存継承に一役買っていることでしょう。
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 美しい手鞠です(写真⑨)。
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 こういう作り物も風情があります(写真⑩⑪⑫)。
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 こういう木の幹の細工物、以前はとても流行りました。ただし、置く場所を考えないととても買えたものではありません(写真⑬)。
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 こういう俵の置物もよくあります(写真⑭)。左の木の幹の細工も素晴らしいです。
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 さて、このイタチの仲間は何でしょう。新潟の資料館の展示だからオコジョではないかと思います(写真⑮)。
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 囲炉裏で料理を作っている女性です(写真⑯)。最近はこういう料理の出し方を売りの一つにしている宿屋もあるようです。
 まあ、たまにはこういう体験もいいでしょう。毎日となると手間がかかって不便ですが。この写真の時代、肉はほとんど食べていなかったと思います。
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  続く


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