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先日、ある場所で偶然出会った女性と私は 暫く立ち話をしていました。
私にとって、それは「奇跡の時間」。
「○○ちゃん(長女)はお元気ですか?」「はい、大学生活頑張っております。」「わぁ〜・・・嬉しい〜。」
その方は 長女が中学の間お世話になった担任のA先生。
昔の記事に何回か登場しています。
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、娘達は都内・私立大学の附属で育ってきました。
長女は反抗期、その他不安定な時期も長くて大変だった・・。
それが著しくなる頃・・・学業も非常に疎かになり、明らかな成績不振者・・・
進学の際には、中学から両親面談に呼び出される組に見事入ってしまったっけ。
その面談の部屋で私たちを迎えたのが、A先生だったんです。
ものっ凄く暗い気持ちで向かった面談で、様々な話し合い。
「お嬢様やご両親にとって、この中学に進まれる事が 本当にベストであるかどうかお考え下さい。」
「道は他にもありますから、先々の覚悟はなさってください。」
と、厳しい事を言われ、辛く不安な気持ちで何とか進学したんですよね。
案の定長女はまだサナギのような停止時期・・・
膨大な量の課題や宿題を管理できずに アッップアッップ(普通の人はアプアプ)、
生活は回っていかず、一年の時にもう 肩たたきにあったのでした。
面談で この高校に進むのは無理、他の道を考えておくように、と言われた日、
帰り道が「地獄の一丁目」の風景に見えた事は今でも忘れられないな〜。
私はそれでも「娘の可能性を信じて下さい、親子で話し合って必ず目覚めさせます。」
って言ったんですよね〜。
その時は、それ以外考える余裕がなかったんです・・・
だって、その状態でよそへやられたら、きっと彼女は全てを投げ出してしまうと感じたから。
家庭教師さんの助けやetc・・・ 高校からの両親お呼び出しもなく 進学が決まった時は本当に嬉しかった。
2年前、地獄に見えた風景が 日差しで輝いていた・・。
しかし高校時代は最も酷い反抗期で、これは私の人生始まって以来の苦しみの日々だったといえます。
別に 夜遊びするとか、家に帰ってこないとか、悪い事するとか・・・そういうんじゃないんです、
ただただ 精神的に私とぶつかり、学校に対してネガティブになっていった・・。
毎日がディベート合戦のようなバトル・・・また敵は口が立つ!
反論は全て疑問形式で切り返してくる・・・・私は疲れ果てていました。
自分が産んだ 愛する存在に傷つけられるほど 辛い事はない・・。
朝は、「頭が痛い。」「気持ち悪い。遅れていく・・」「風邪っぽい。休む・・」・・毎朝がバトルです。
朝が来る事もストレスだった・・・。
高校やめて専門学校に行きたいって言われた時は、全身の血が逆流する思いだったな・・。
好きなことがあるのは良い・・・でも・・・
いくら今の世の中色々だといっても・・・・
高校さえちゃんと卒業しなかったら この子どうなっちゃうんだ、と思って。
偉そうな事言ってても・・・何しろ世間知らずですから・・。
ネガティブな理由で、人生マイナス方面に進む事だけはさせられないので、
毎日必死に向き合っていたのを思い出します。
その頃の話は「長女の色々」という書庫に残してありますが、
こういう事も自分の人生の記録として残しておいて 本当に良かったと思ってます。
書いてみる事で、自分の気持ちが見えてくる・・・整理できる・・・
そして 相手の立場になってみようとする瞬間がある・・
そうやって 私はある意味 長女に育てられ、変えられてきました。
3年生になった頃から 周りを見る余裕がでたのでしょうか・・
何事もなかったかのように 大学進学に向けて生活が動いていきました。
彼女と私は違う人間、特に自分の周りの塀を高くしがちな長女の事・・・
見守る事を決めていた私は、学部や専攻を選ぶ時も一切の相談を受けず、口出しもしなかった・・。
彼女は全てを自分で決めました・・。
精神的に、あまりに辛い時期を過ごしたてきたので、
自分で選んで進んでくれるなら もう それで良いと納得していたんです。
私を 一つの型から外してみるために、誰かがこういう道のりを与えたのでしょうかね?
大学に進学してから 彼女はおかしな位に勉強し始めたようで、
第一学年が終わった春休み、・・・郵送されてきた成績表は凄く良かった。
狐につままれたような気分・・・・・・「なんなの(;一_一)?」
最初から こうしてよ。
偶然A先生に会い 「○○(長女)、大学に入ってから 何だかウソのように凄く勉強しています。」と言った時、
先生は「うれっし〜〜。」っておっしゃった・・・
「先生があの時 見捨てずにいて下さったお陰で今があります〜、本当に感謝しております。」
私は目の前にいるA先生に心から頭を下げてました。
こんな時が来るなんて・・・・
あの時の私にとっては死刑宣告のような言葉を言わなくてはならなかった先生と、
こんな風に笑って会える日がくるなんて・・・
娘はたまたま 最終的にこういう道を自分で選んだけれど・・・そうでなかったら どうだったかな。
ポジティブに選んだ道なら、やっぱり喜んで心から応援していただろうな・・・
幸せに人生歩んでくれるなら それでいい、って・・・・
腹をくくった時があったからね。
人ってそれぞれ 時期がある。
目覚める時期、冬眠に入る時期、本当に様々。
口でいくら言っても、親の言葉が絶対胸に届かない時期もある・・・
心のシャッター閉じてる状態ね。
それは その子の業ではなく、「ただの 人生の季節」と信じよう。
結果が保障される事なんてないけれど、
それでも 信じてくれる人がいる事は 必要。
無償で心を注いでくれる人がいる幸せに 本当に気づくのは、人生の後半なのかもしれません。
無償で心を注ぐ相手がいる事が、母にとって 時として苦しみでもある・・・
でも そうやって苦しむ事ができるのは 幸せなのかもしれないと思う・・・。
外からは停まって見えても、サナギの中では確実に未来へ向かっての変化がある。
出てきたものを見たら、またサナギだった(゚Д゚)!・・・・・・なんて事の繰り返しだった時期もあったけどね。
人の出会いに偶然は一つもない と言いますよね。
長女に ある意味育てられながら 見守り、相対していく・・・
これが私の運命・・・そして必要なステップなのだと 最近はしみじみ実感します。
姉妹それぞれ 全然違う教えを私にくれるんです。
親と子の出会いも
不思議だな。
母は強し!女は強し!腹くくっていきましょ!
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2010年12月13日
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更新まだなんですね
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