家族に脳梗塞は突然やってくるんだ
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陳健一さんのレシピ、最後に玉子でコーティングするのが美味しい。
体調の事で色々あり なかなか行けなかった母の病院。
昨日久しぶりに行ってきました。
実は来週から リハビリで有名だという病院に移るのですが、
それが地方なんです。
関東近県だけどやっぱり気持ち的に寂しい・・・。
都内にいるうちに、と思っていたのでした。
「来なくていい、いい。」と言うに決まっているので
何も知らせずいきなりいきました (゚m゚*)プッ 。
左側に置いてあるテレビを見ていた・・・。
左半身がマヒしているので
左側を見なかったんだけど、
もうそちらに意識が入るようになっているんだと嬉しくなっちゃった。
昨日は見られなかったけど、
立ち上がって 一歩ずつ歩いたり、
車椅子へ移ったりもスムーズにできるようになったそうな。
リハビリの力って素晴らしいですね〜、
ほんと、知らない世界でしたが
感謝の言葉しかない。
左手はまだ動きませんが
指の先っちょが少し動いたりするっていう話。
食事ももう普通になり、
楽しみも増えたというので
黄味しぐれのようにホロホロ溶ける和菓子を持って行ったら
「そんなのいいから、持って帰って○〜ちゃん達に食べさせなさい。」
と、思った通りの反応 (゚m゚*)プッ 。
それを2回くらい言ってました(いいから食べろ!)
「○○ちゃん、早く帰った方がいいよ。」
「どんどん暗くなってくるから 早く帰りなさいよ。」
っていうのも何回か言っててうるさい。
子供かっ!
∵ゞ(≧ε≦* )プッ
でもこんな風に心配してくれるのは世界に一人だけだと思うと
帰るときは何だか泣けてきたっけ。
輸入のチョコの箱を置いてこようと出したら
「そういうの、戦後アメリカ軍が持ってきて、
皆大騒ぎだったわ〜。」って・・・
だから どんだけ昔の話だよっ・・・
∵ゞ(≧ε≦* )プッ。
転院先には 皆で泊りがけで遊びにいくからね、って話していたら
嬉しそうに頷き
「美味しいものがホテルにあるといいけど・・・
美味しい中華とか鰻とかさ、
何でも食べなさいね。
そういう楽しみがなきゃね〜。」
って・・・
そんな事はないんだけど・・・
いつも子供や孫の心配ばかりしております。
新しい病院で、また更に回復してくれるよう
心から祈りつつ帰路についた私でした。
チョコみるとすぐアメリカ軍の話するんだけど
どうしたらいい?(どーーでもいいです)
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前回の記事には沢山のコメントを有難うございました。
ご自身のご家族が同じ経験をしたとか、病気で大変でした、と
鍵コメも含めて大勢の方が温かいお言葉を下さり
本当に心強い気持ちになりました。
ああ、皆様それぞれの人生を受け入れて頑張ってるんだ・・・と。
皆様の癒しパワーに心から感謝いたしております。
前回の記事で 母が会話はちゃんとしていると書いたのですが、
その後も毎日のリハビリで 少しずつ回復しているようでした。
私は まだ体調的に なかなか行けない中、
ラインで日々伝わってくる変化は何より嬉しいもの・・・。
でも毎日見ている妹には 明確には感じられないのね。
昨日よりはいいかな、少しまた良くなったかな?と感じるレベル。
その一週間分の積み重ねと出会った時の私の驚き、
それは妹がビックリするくらいでした。
口の右端で喋っていただけなので 聞き取りづらかったのに、
一週間経ったその日は 口の左方向もかなり動くようになっていて
喋り方が全然違っていたのです。
嬉しくなって褒めていると、母は嬉しそうにし、
調子よく喋っておりました。
私は最初、体の回復具合によっては
あれも出来なくなる、これも出来なくなる、と
その事がいくつも頭に浮かんで仕方なかった。
何でも自分でやる、というタイプの人間にとっては悲しい事でしょう。
それは 活動的で ある趣味には深い造詣があり、
それに関わる友人も沢山いる母の人生において、
いや、普通の日々において、
大きな変化をもたらす事になる。
私はそれが本当に心配でした。
でもね、不思議なんです・・・
誰もが 回復すると信じて マイナスのイメージを一切持たせずに接しているせいか、
或いは持って生まれた性格のせいか、
本人がとにかく前向きで 明るく・・・
いつもと変わらないような気持ちでリハビリに勤しんでいるんですね。
まだ左が動かないのに
「快気祝いをしなきゃいけないけどさ、銀座の○○と赤坂の○○と(どっちも中華)
どっちが良いと思う?」って 聞いてくる。
そういう人なんです、めっちゃ先の事ばっかり言う。
先走りのところは そのままです、(゚m゚*)プッ 。
話はちょっとそれますが (いつもです (゚Д゚)!)
最初の頃 妹は
「バーバがね、部屋に忍者みたいのが来るって言ってるんだよね。」と盛んに伝えてきていました。
「黒影が来た、って言ってるわ。」という報告が ラインで毎日伝わってくる日々。
黒影って・・・ ナンジャソリャ ∵ゞ(≧ε≦* )プッ
お見舞いに来てない従姉妹のことを「来てくれた。」と話したり、
夢と現実が混沌としている時期でした。
まだ夢や幻覚のようなものを見る時期だから、と心配はしていなかった。
それに ナースステーションの人影が 窓ガラスに映るので
夜はそれが怖く見えるのね、なんて話してたんだけど
黒影は どうやら昼間も現れるようでした。
「昨日も黒影が来たらしい。」(by 叔母)
「昼間も黒影が手を振ってたらしい。」(by 妹) (゚m゚*)プッ
そんな ある日、妹からのラインに いつもとはちょっと違う話が・・・。
「あの女優の名前思い出せないな〜、
タレ目で髪の毛サラサラの。・・・って言ってるよ。」
ふ〜ん、夢でも見てるのか・・?
「あのね、毒を飲んでも死なない訓練させられてる。って言ってる。(゚m゚*)プッ 」
ここで 私の脳裏に鮮烈が走り
わかったっ!
。゚( ゚^∀^゚)゚。 アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \
韓国ドラマファンの皆様、もうおわかりでしょうか!
これよ、これこれーーーーーっ!
ご存知ない方も多いと思いますが、これは本当に傑作。
母も大好きな作品で、何っっ回もリピ見しているんです。
そこのあなた、オッテ?思い出しません?
この「風の国」っていうドラマの主人公ムヒュルがさ〜、
わけあって敵国に渡ってね
黒影っていう殺人忍者を育成する養成所に入れられちゃうのよね。
そのわけ知りたい?長くなるけど・・・(いーーーーからっ (゚Д゚)!)
で、万が一敵に捕まって毒を飲まされたとしても死なないように、
毒を飲む訓練とかさせられるの
(゚ロ゚*) ひいぃぃぃぃぃぃぃ〜〜〜!
これが 黒影だ!
(゚Д゚) どーーでもいーー
↑
長距離ランニングから命からがら帰ったところ (どーーーでもいいって)
で、タレ目で髪の毛サラサラのヒロインはこれね。
ヨン姫。
ヨンも数奇な運命でね・・・ (そこはいい (゚Д゚)!)
あ〜〜〜、可愛い。
でも整形前は別人( いちいちウルサイッ!)。
しかし、
夢の中で 「風の国」を見ていたって・・・・・
どんだけ! ∵ゞ(≧ε≦* )プッ
それから母は「黒影が来たのよ。」というたびに
「え?ムヒュルなら良いじゃない、カッコイイから。」と言われるようになり、
「私も会いたい。」とか言われ、
そこから話はどんどん広がり、
トジンも素敵だ、でもヨンにふられちゃったのよね、かわいそう、
と次々しゃべくり出すのでビックリでした。
(誰やねんソレ、って思った人ごめんね)
トジンがふられた後どうなったかという
私も覚えてなかった事を話すので これまたビックリ。
知りたい人いる?
(゚Д゚) いーーーから次!
ドラマの話をするのも頭の体操、良いリハビリのようでした。
あれっ?(゚Д゚;≡;゚Д゚)
何の話だっけ?
あ、黒影だ!(もはや 何の記事だかわからず)
そんな母の意識も 日を追うごとにハッキリしていくのです・・・
また ゆっくり書きますね。
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本当にお久しぶりです。
何だかブログを開く気持ちになれずに 今日まで来てしまったんですが、
この間の事を書いて また復活したいと思いますよ。
(今日長いでつ)
今とても明るい気持ちで記録する事ができるようになっている現状に感謝しながら・・・。
妹から、母が入院したと知らされたのは先月の事でした。
その時は外にいたからラインで見たんだけど
「脳梗塞」という文字に愕然としたのは忘れられません。
この書庫は、そこから出発する ある家族の記録です。
よく「目の前が真っ白になった」とか「真っ暗だ」とかいうけれど
思考がいったん停止した・・・っていうのが一番ピッタリだったな。
テレビではよく見るけど、こういう場合はどうするのか・・・
何を知りたがれば良いのかもわからないんですね。
自分はどんな情報が欲しいのか わからない。
ラインで知らされた状況はこうでした。
梗塞を起こしたのは右脳である。
だから今左半身が動かないで ベッドで寝ている。
言語中枢は左脳なので影響を受けておらず、
こちらの言う事はちゃんと理解しているし 話もできる。
ただ、まだ口がうまく回らないため聞き取りにくい。
命に別状はない。
もともと心臓にも難有りだったので、
血栓が飛んで脳にいったら嫌だなって思ってはいたし
それに そうでなくても 70過ぎたら小さな梗塞ってチョコチョコ出来ていたりするそうだし・・
そんな事が止め処なく頭の中をクルクル回っていたっけ。
家に帰るまでの間、何だかボーーーッとしたままで、
ああ・・・これが「自分に起きてる事を理解できてない人」なんだと思った。
私はその日、メンテナンス入院治療から出てきたばかりで
すぐに駆けつけることが出来ない体調。
本当にじれったい情けない気持ちでしたが
妹や叔母たちが見舞って様子を教えてくれてました。
行ってみたら 思っていたよりずっとしっかりしていたから安心したと。
その言葉で 本当にホッとしたっけ。
翌日病院へ行ってきました。
生まれて初めて脳神経外科の病棟へ入って 母のベッドへ。
母はウトウト眠っていました。
私にとって母は、「母親」である事を通り越して
いなくなったら恐ろしい、という恐怖の対象でもあると
子供の頃から うっすら感じてはいたけど、
それも何も感じられないような 不思議な瞬間でした。
顔を見た時に涙が流れたら嫌だなって思って、
万が一の場合もそれが見えないように 目の下ギリギリにマスクをしていった。
寝ていてくれて良かった・・・・・・ 穏やかに対面できた瞬間でした。
脳梗塞を起こした脳は 浮腫んでいるので、暫くは眠い状況が続くのだそうです。
一日ウトウトしたり、夢を見たりするんだって、へぇぇ〜。
そばで見ていたら、ふと目を覚ましてこちらを見るので話しかけた・・・
すると・・・・
いきなり「○〜ちゃんは?○〜ちゃんはどうしてるの?」と二女の事を。
娘じゃなくて いきなり孫かよ(そこはいい)。
左半分の顔面が動かないので 口の右端で喋ってる感じなのね。
口がうまく動かないから聞き取りにくいんですが、言いたい事はわかります。
「ビックリしたけど、ちゃんと話もできていて良かったよ〜・・・」。
明るく話しかける事に全力を注ぐ瞬間でした。
少し落ち着いて周りを見ると、
話ができずに でも頭には言葉が浮かび 伝えようと叫んでいる方、
しーーんと休んでいる方、
お見舞いの家族・・・
ああ、この人たちも皆、
ある日突然 大事な家族が目の前で倒れたり 動かなくなったり
「お母さんが脳梗塞で倒れた。」って言われりしたんだ・・・・・・って思った・・・
すぐ後ろには 普通の日常があったのに。
ご家族の数だけ 驚きや涙があった筈。
この静かな病室に満ちる空気は奇跡。
さて・・・、
母が救急車で運ばれた病院は リハビリも非常にしっかりしている所でした。
昔は、脳梗塞を起こしたらいじらなかったそうですが、
今はその日からすぐに揉み解し、動かすことをするんですってね。
倒れたその日からです。
でないと 筋肉はあっという間に固まってしまうんだって。
梗塞を起こした直後から いかに筋肉をリハビリしていくかがその後の回復に大きく影響すると、
私は初めて知りました。
そのリハビリが また脳の回復にも大きな影響を及ぼすと。
なかなか行けない私に代わって、妹が毎日通ってマッサージやリハビリをしてくれている事は
本当に有難く 泣ける姿です。
だって病院で体を動かしてくれたり、リハビリしてくれる時間は決まっていて
一日中じゃないもんね。
その他の時間が大切と・・・。
で、これがまた不思議なご縁なのですが、
我が家は昔から リハビリの世界の方々にお知り合いがいるんですね。
今まで意識した事もなかったんだけど、
それがまた非常に優れた方々ででいらっしゃるという事も今回知りまして
この後(そして今後)色々お世話になる事になります。
リハビリも、病院によって考えややり方 はたまた質が違うのだと、
これまた初めて知る事になる私たち家族でございました。
・・・・と、今回はとりあえずここまで書けてホッとした〜
ブログ復活するタイミングがつかめなくて ズルズル今日まできちゃいましたよ。
ある日突然こういう事になると、その家族はどうやって前に進んでいくのかなっていう、
そんな日常を記録していく書庫にできれば良いな。
次は 母の病室に夜な夜なやってくる、という忍者の話。
(゚Д゚) はっ?
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更新まだなんですね
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