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沖縄辺野古視察会参加記 鳥栖 野田芳隆
11月23日24日の両日保団連非核平和部会主催の辺野古視察会(全国から42名の医師歯科医師が参加)に参加する機会を得たので報告します。その丁度一週間前の沖縄県知事選挙と那覇市長選挙で共に自民党推薦候補が敗れ、辺野古への新基地建設阻止を掲げた翁長氏が新知事に決まり沖縄の新聞各社はトップ記事タイトルを「沖縄の誇り浸透」とし、那覇の街は大いに盛り上がっていた。
一日目は那覇のホテルを午前8時にバスで出発し一路中北部のキャンプ シュワブ近くの辺野古の建設予定地に向かった。日曜日であったせいか、通過した各キャンプのゲートに機関銃を携えた米兵の姿は無く警備会社の職員が配置についていた。那覇を出て20分もしないうちにバスの右側に広大な米軍基地が広がってきて、普天間飛行場、キャンプ瑞慶覧、キャンプ桑江、嘉手納飛行場、キャンプ ハンセン、キャンプ シュワブを経て一時間半後やっと大浦湾に面した辺野古の基地予定地に着いた。長くて高い格子状フェンスの横で、沖縄平和委員会の与儀氏の説明ガイドを聞いた。60代後半の与儀氏は、米軍基地返還運動に長年携わってきた方で、26度の熱い日差しに照らされながら、基地の詳細と歴史を語ってくれました。まだブイがあるだけで綺麗な青い海が広がる辺野古の海は多くの魚類、サンゴ、ジュゴンが育つ海として知られていて、海辺では子供たちが腰まで浸かって遊んでいる様を見て、この青い海での基地建設は阻止しなければと強く心に刻みました。
昼食とテント村での話を聞いた後、さらに原生林の中を1時間ほど北部のジャングル戦訓練場のヘリパッド建設基地がある東村高江にむかってバスを走らせた。延々と続くジャングルはノグチゲラやヤンバルクイナ、ハブの生息地で、やっと車一台が通る道の両側は目に入るところ全部海兵隊基地との説明であった。夜は那覇に帰り沖縄協会会長仲里先生の「沖縄基地の現状」と題してスライドを交えての講演会に出席した。
2日目は、宜野湾市嘉数高台から普天間飛行場を見下ろしながら与儀氏の説明を聞いたが、基地が返還されれば雇用は企業誘致で今の日本人200名から3万2千名に増え、企業進出や住居建設などで地主に入る土地賃貸料が飛躍的に増え経済効果4522億円、生産誘発3716億円、所得誘発1024億円(沖縄県発表)が見込めるとのことであった。
最後に視察会に出席して思ったことは、日本の面積の0.6%の沖縄に米軍基地の74%が集中し、沖縄本島の20%が基地であるという現実に本土の我々がいか程沖縄の痛みを共有しているのだろうかとの自責の念と素晴らしい沖縄の自然を取り戻す決意と戦争と殺戮にはいかなる正当性も存在しないと確信したのであった。
2014年11月24日
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