神のなさることは、すべて時にかなって美しい。伝道者の書3章11節

私は道であり、真理であり、命である.と言われるイエス様にこの身をゆだねて

全体表示

[ リスト ]

昨日、33年ぶりに日本改革派の山中先生ご夫妻にお

会いした。

私が、23歳くらいから28歳くらいまで、引きこもって兄

の世話になっていました。

兄は鶴見に住んでいて、仕事はサッシの取り付けなど

していました。

私が自殺未遂などして、行くところがない時、いっしょ

に小さいアパートに住んでくれました。

5年程、教会ともはなれ、聖書もよまず、お祈りもしま

せんでした。

しかし、5年程立った時、自分の罪をしめされて、特別

伝道集会をしていた、綱島の教会へ導かれました。

そして若い、東京教育大を卒業して、献身し、学校を卒

業して、開拓伝道をしていた、山中先生の教会に導か

れました。

そして、奥様の二三子先生の暖かい配慮で、すこしず

つ、社会性をとりもどし、仕事につきながら、教会生活

を始めました。

修養会、キャンプなどいっしょに参加して、楽しい教会

生活を続けられました。

そして、33歳の時、おなじ改革派の教会の先生の紹

介で、今の主人と巡り合い、結婚しました。

私は、その後、夫のお父さんが執事をしている金沢区

にある日本改革派の教会に通いました。

そして、子供が与えられ、いろんな仕事をしながら、教

会生活を続けました。その後、私達夫婦は別の教会に

移りました。

あれから、34年がたちました。

山中先生は、神戸の改革派の教会に移り、そして、5

年前、東北大震災に被災した地域にある、教会を支援

するため、宮城の東松にいかれ、被災した方々の支援

を続けて、今年、再び、先生が開拓伝道をしていた、港

北区の高田に移り住みました。

久しぶいりにお会いした、先生ご夫妻は、お元気そうで

した。

奥様は、駅まで迎えに来てくれました。

私がお土産にもっていった、スエーデンのケーキをお

いしそうに召し上がりながら、阪神大震災の3カ月目に

赴任した神戸の教会のはなしとか、東松島の先生の

働きとかを聞くことが出来ました。

最後に子供の事を心配してくださり、楽しい時間が過

ぎました。

壁には二三子先生が書かれた、パステル画が展示室

のように飾られていました。

玄関には奥様が使っていた、アクセサリーが飾ってあ

りました。

「もう、使わないから、かざったのよ。」と言っていました。

先生のお母さまは昨年92歳でなくなられ、先月は、お

姉さんがなくなられたようで、少し寂しそうでした。

1か月に1回、東松島の教会にメッセージに行くと、う

れしそうに話していました。

神様、苦難な時、この山中先生ご夫妻にお世話になっ

て、結婚までお世話していただいたこと、感謝します。

先生の第二の人生が素晴らしいものとなりますように

お祈りします。

イメージ 1

.
nojimapark
nojimapark
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(37)
  • 静かなる一日
  • ジョンヤッシー
  • 谷 潜蔵
  • 美雨
  • dsc**220
  • NORA
友だち一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

標準グループ

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事