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メリークリスマス
神様の祝福が皆さまの上に豊かにありますように。
私達が神を愛したのではなく、神が私達を愛し、私達の罪のために、なだめの供え物としての御子を
つかわされました。ここに愛があるのです。
(ヨハネ4章10節)
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メリークリスマス
神様の祝福が皆さまの上に豊かにありますように。
私達が神を愛したのではなく、神が私達を愛し、私達の罪のために、なだめの供え物としての御子を
つかわされました。ここに愛があるのです。
(ヨハネ4章10節)
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ヨセフとマリヤには、ベツレヘムの街の灯が、賑わいが、
もう目の前に迫っている。
身重のマリヤの疲労がピークに達してていることだろう。
ふたりは皇帝アウグストの住民登録をせよという勅令に従って、
ベツレヘムへと旅立った。
イエスの誕生はある時、突然、誕生したということではない。
それは前から告げられていたこと。
神の救いの計画の中にある出来事として。
それも救い主キリストの誕生として。それがイエスだった。
その現れが救い主の誕生を祝うクリスマス。
それが預言者たちを通して、聖書において前から約束された、
御子に関すること。
肉によればダビデの子孫として生まれると。
その誕生の地はベツレヘムと定められていた。
ついに住民登録のためにそこにいて、マリヤは月が満ちて、
イエスを産んで、布にくるんで、飼葉おけに寝かせた。
ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子
が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思
議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。その
主権は増し加わり、その平和は限りなく、ダビデの王座に着いて、
その王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これを
ささえる。今より、とこしえまで。万軍の主の熱心がこれを成し
遂げる。イザヤ9:6〜7
この預言はキリスト・イエスが「今より、とこしえまで」と、
このクリスマスだけではなく、後の世のことにも及ぶのだと。
それもキリストは私たちと何も変わることがなく、
女から赤子として誕生する。神の熱心が実行された。
いまの時代、多くの人々はクリスマスを楽しみの日としている。
けれども、それが本当の喜びの日とはしていない現実がある。
それは救い主がイエスとして誕生したことを知らないゆえに。
その日、人は言う。「見よ。この方こそ、私たちが救いを待ち望
んだ私たちの神。この方こそ、私たちが待ち望んだ主。この御救
いを楽しみ喜ぼう。」イザヤ25:9
ここには、イザヤのこころからの喜びが現わされている。
羊のようにさまよい、自分かってな道に向かっていた私たち。
そんな者を神は愛し抜いて、必ず、迷った羊を見つけ出すお方。
神の熱心が失われた羊を捜し求めてくださる。
神は罪を犯して隠れたアダムとエバに、あなたはどこにいるのか
と呼びかけてくださった。
神は選びの民を決して忘れもしないし、無関心でもないお方。
こう言っては何だが、私たちの神はお熱いのがお好きだ。
イエスは失われた人を捜して救うために来た。
今は、たましいの牧者であり監督者である方のもとに帰っている。
私たちはもう、救い主キリストを待ち望む必要がない。
キリストはすでに来ているから。
私たちはイエスを信じ、救われた御国の民となっている。
死からいのちへと移された。さあ、大いに喜ぼう。
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逗子市では、7年前から孤独死をなくそう、認知症を予防する為に地域で高齢者が集まるサロンをつくっている。
私が住む団地は、築50年くらいになる。
大規模修繕などで、団地を修理しながら、生活している。
昭和36年くらいに、山を開拓して、17号棟の団地の建物がたっている。
自治会などで、当時の話を聴く。子供が大勢いて、子供会があって、海につれていった。
夏祭りもした、餅つき大会もした。
そんな世代はもう75歳くらいから80歳になっている。
今は子供は独立して、団地を出て、残されているのは、高齢者の親だけが生活している。
お店やさんは、1軒だけで、みんな、団地集会所前から、逗子駅行にのって、逗子に買い物にです。
海抜10メートルの山の上まで京浜急行の神武寺駅から上がってくる。
私達の団地の高齢者は他の地域の高齢者より、筋力があるようだ。
この5年間で、孤独死は3人いた。
毎週水曜日、顔なじみの高齢者がボランテイアの体操の先生や歌の先生の指導をうけて、大層したり、歌ったりして、認知症を予防している。
7年目になるが、今はデーサービスにかよいながら、このサロンにきている。
顔なじみの人が最初に逗子市歌をうたってから、活動している。
水曜日、クリスマス会があった。
知り合いがまつぼっくりをたくさんくださったので、それにきらきらシールをはったり、金のビーズをつけたりして飾って、皆にプレゼントした。
S大学の先生で、葉山在住の歌の先生の指導で、いろんな歌をうたう。
そして、御昼はおいしいお弁当とお茶とミカンとケーキがでた。
最後に毎回の行事であり、集合写真をとって終わった。
神はその一人子を世につかわし、その方に寄って、私達は、命をえさせてくださいました。
ここに、官の愛が私達に示されました。
おかげで、認知症の人がいても、あまり、症状は進まなで、生活している。
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