神のなさることは、すべて時にかなって美しい。伝道者の書3章11節

私は道であり、真理であり、命である.と言われるイエス様にこの身をゆだねて

キリスト教

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「定まった時がある」

 すべてには定まった時があると聖書は言う。
 初めに、神が天と地を創造した時から始まって、時が刻み始めた。
 1年365日は正月から始まり、大晦日で終わる。
 そして2018年が始まった。また、その一日は24時間ある。

 天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時
 がある。生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。植えるのに
 時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。殺すのに時があり、
 いやすのに時がある。くずすのに時があり、建てるのに時がある。
 泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。嘆くのに時があり、
 踊るのに時がある。石を投げ捨てるのに時があり、石を集めるの
 に時がある。抱擁するのに時があり、抱擁をやめるのに時がある。
 捜すのに時があり、失うのに時がある。保つのに時があり、投げ
 捨てるのに時がある。引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに
 時がある。黙っているのに時があり、話をするのに時がある。愛
 するのに時があり、憎むのに時がある。戦うのに時があり、和睦
 するのに時がある。伝道者の書3:1〜8

 さて2018年に私たちにどんな定めの時があるのだろう。
 生かされているいまの時を生きる。
 恵みの時に答え、救いの日に助けたてくれた神。
 私たちにとって、いまは恵みの時、救いの日なりだ。

 なにしろ、私たちはイエスにあって、新しい存在とされている。
 新しい地位にある。いま、神の子どもなのだ。
 それゆえ、こころのあり方が変えられたキリスト者として、
 大いに時を待ち望み期待して、いまを生きて行こうしている。
 神にいまを差し出して、いまを用いて頂こう。

転載元転載元: 生活の中の聖書

主の憐れみは深く、
恵みに富み、
忍耐強く、
慈しみは大きい。
103812/31の週の聖句)

 
主は言われた。
「わたしは、
エジプトにいるわたしの民の苦しみを
つぶさに見、
追い使う者のゆえに叫ぶ
彼らの声を聞いた。
出エジプト記37

 神は、
その独り子をお与えになったほどに、
世を愛された。
独り子を信じる者が
一人も滅びないで、
永遠の命を得るためである。
ヨハネ316

 ルカ
123540
 詩103(通読箇所)
  (ローズンゲン日々の聖句12/31;Ⅰ日)

 天の神、主、「『わたしはある』という者」と名乗られる方は、
憐れみ深く、恵みに富み、
忍耐強く私たちを待っていてくださる方、
慈しみ豊かな方なのだそうです。

 イスラエルの民が、エジプトで、奴隷の労役に苦しんでいる
その苦しみをつぶさに見ていてくださり、
その叫びを聞いていてくださる方。
その労役かから解放し、
約束の地に導き入れるために
モーセを派遣してくださった方。

そのように、独り子である方を、人として、人の世に派遣され、
この方を私たちの身代わりにして、
私たちの「的外れ」の責任の全部をこの方に負わせて
十字架刑で処刑してくださるほどに、
私たち人間を愛してくださっている方、なのだそうです。

 そして、私たちを処刑済みのものとみなしてくださって、
ご自身との正しい関係に戻してくださるために、
もう一人の方、〔聖である霊〕と呼ばれる方を、
受け入れる者に派遣してくださり、
ご自身が私たち一人一人に思っておられる御思いを、
受け入れる者の心に置いてくださって、
すべての人が、ご自身と思いを同じくし、
心を一つにして生きるようにと願っていてくださるのだそうです。

その、十字架刑で処刑を受けてくださり、
墓に葬られ、
三日目に死人の中から新しい霊のからだに復活し、
天の〔父である神〕の右の座に帰られたイエスが、
私たちを迎えに、また、来てくださるのだそうです。

 そのときを、
いつ、婚礼から帰って来るのか分からない主人を、
帰ってきたら、すぐ、戸を開けられるようにと、
腰に帯を締め、明かりをともして待っているしもべのように、
泥棒が、今夜、来ると分かって
用心している家の主人のようにしていなさいと言われるのですね。
「人の子(イエス)は、思いがけない時に来る」のだそうですから(ルカ123540)。


 そのときを待ち望みながら、
あの詩篇103篇の詩人のように、私たちも歌いたいですね。

わがたましいよ。主をほめたたえよ。

私のうちにあるすべてのものよ。

その聖なる御名をほめたたえよ。
わがたましいよ。主をほめたたえよ。
主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。
主は、あなたのすべての咎を赦し、
あなたのすべての病をいやし、
あなたのいのちを墓から贖い、
あなたに、恵みと憐れみの冠をかぶらせ、
あなたの一生を良いもので満たされる。
あなたの若さは、鷲のように、新しくなる。


主はすべてしいたげられている人々のために、
正義とさばきを行われる。
主は、ご自身の道をモーセに、
そのみわざをイスラエルの子らに知らされた。
主は、憐れみ深く、情け深い。
怒るのに遅く、恵み豊かである。
主は、絶えず争ってはおられない。
いつまでも怒ってはおられない。
私たちの罪にしたがって私たちを扱うことをせず、
私たちの咎にしたがって私たちに報いることもない。
天が地上はるかに高いように
御恵みは、主を畏れる者の上に大きい。
東が西から遠く離れているように
私たちのそむきの罪を私たちから遠く離される。
父がその子をあわれむように、
主は、ご自分を恐れる者をあわれまれる。
主は、私たちの成り立ちを知り、
私たちがちりにすぎないことを心に留めておられる。

人の日は草のよう。
野の花のように咲く。
風がそこを過ぎると、それはもはやいない。
その場所すら、それを、知らない。
しかし、主の恵みはとこしえからとこしえまで、
主を恐れる者の上にある。
主の義は、その子らの子に及び、
主の契約を守る者、
その戒めを心に留めて、行う者に及ぶ。
主は天にその王座を堅く立て、
その王国はすべてを統べ治める。
主をほめたたえよ。御使いたちよ。
みことばの声に聞き従い、
みことばを行う力ある勇士たちよ。
主をほめたたえよ。
主のすべての軍勢よ。
みこころを行い、主に仕える者たちよ。
主をほめたたえよ。
すべて造られたものたちよ。
主の治められるすべての所で。
わがたましいよ。主をほめたたえよ。詩103新改訳)、と。


 この一年の終わりの日にも。
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転載元転載元: 祝福のそよぎ

「神の熱心さを喜ぶ」

 ヨセフとマリヤには、ベツレヘムの街の灯が、賑わいが、
 もう目の前に迫っている。
 身重のマリヤの疲労がピークに達してていることだろう。
 ふたりは皇帝アウグストの住民登録をせよという勅令に従って、
 ベツレヘムへと旅立った。

 イエスの誕生はある時、突然、誕生したということではない。
 それは前から告げられていたこと。
 神の救いの計画の中にある出来事として。
 それも救い主キリストの誕生として。それがイエスだった。

 その現れが救い主の誕生を祝うクリスマス。
 それが預言者たちを通して、聖書において前から約束された、
 御子に関すること。
 肉によればダビデの子孫として生まれると。
 その誕生の地はベツレヘムと定められていた。

 ついに住民登録のためにそこにいて、マリヤは月が満ちて、
 イエスを産んで、布にくるんで、飼葉おけに寝かせた。

 ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子
 が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思
 議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。その
 主権は増し加わり、その平和は限りなく、ダビデの王座に着いて、
 その王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これを
 ささえる。今より、とこしえまで。万軍の主の熱心がこれを成し
 遂げる。イザヤ9:6〜7

 この預言はキリスト・イエスが「今より、とこしえまで」と、
 このクリスマスだけではなく、後の世のことにも及ぶのだと。
 それもキリストは私たちと何も変わることがなく、
 女から赤子として誕生する。神の熱心が実行された。

 いまの時代、多くの人々はクリスマスを楽しみの日としている。
 けれども、それが本当の喜びの日とはしていない現実がある。
 それは救い主がイエスとして誕生したことを知らないゆえに。

 その日、人は言う。「見よ。この方こそ、私たちが救いを待ち望
 んだ私たちの神。この方こそ、私たちが待ち望んだ主。この御救
 いを楽しみ喜ぼう。」イザヤ25:9

 ここには、イザヤのこころからの喜びが現わされている。
 羊のようにさまよい、自分かってな道に向かっていた私たち。
 そんな者を神は愛し抜いて、必ず、迷った羊を見つけ出すお方。
 神の熱心が失われた羊を捜し求めてくださる。

 神は罪を犯して隠れたアダムとエバに、あなたはどこにいるのか
 と呼びかけてくださった。
 神は選びの民を決して忘れもしないし、無関心でもないお方。
 こう言っては何だが、私たちの神はお熱いのがお好きだ。

 イエスは失われた人を捜して救うために来た。
 今は、たましいの牧者であり監督者である方のもとに帰っている。

 私たちはもう、救い主キリストを待ち望む必要がない。
 キリストはすでに来ているから。
 私たちはイエスを信じ、救われた御国の民となっている。
 死からいのちへと移された。さあ、大いに喜ぼう。

転載元転載元: 生活の中の聖書

カレブからヨシュアへの言葉:
一緒に行った者たちは民の心を挫
(くじ)きましたが、
私は私の神、主に従い通しました。ヨシュア記148

 忍耐によって、
あなたがたは命をかち取りなさい。
ルカ2119

 イザヤ書
111013
 ゼカリヤ書129131(通読箇所)
  (ローズンゲン日々の聖句12/19;火)
 モーセを指導者としてエジプトを脱出したイスラエルの民、
約束の地を目の前にするカデシュ・バルネアから
部族のかしら
12人を偵察に出したのだそうです。

彼らは40日かかって約束の地を北から南までさぐり、
その地が乳と蜜の流れる地、良い地であること、
しかし、その地に住む民は力強く、町々は城壁で囲まれていて大きく、
彼らには私たちがイナゴのように見えたことだろうと報告し、
民の心をくじいたのだそうです。

 それで民は、自分たちで別の指導者を立て、
エジプトに帰ろうと言い出したのだそうです。
 そのとき、ヨシュアとカレブだけは、
「私たちが巡り歩いて探った地は、すばらしく良い地だった。
もし、私たちが主の御心にかなえば、私たちをあの地に導き入れ、
それを私たちに下さるだろう。
あの地には、乳と蜜が流れている。
だだ、主に背いてはならない。その地に住む人々を恐れてはならない。
彼らは私たちのえじきとなるからだ。
彼らの守りは、彼らから取り去られている。
しかし主が私たちとともにおられるのだ。
彼らを恐れてはならない」と説得したのですが、
民は彼らを石で打ち殺そうとしたのだそうです(民数記
1311410)。

 それで、天の神、主は、イスラエルの民を荒野に向かわせ、
荒野での
40年を過ごさせて、
このとき、つぶやいた者、
20歳以上の登録され、数えられた者は、
約束の地に入ることが許されず、
背信の罪を負って荒野で死ぬことにされたのだそうです。

 「しかし、ヨシュアとカレブは、わたしに従い通したので、
わたしは彼が行って来た地に彼を導き入れる。
彼の子孫はその地を所有するようになる」(民数記
142038)と。

そして、それから45年の後、85歳のカレブは、
モーセの後継者となり、民を約束の地に導き入れたヨシュアに申し出て、
約束のヘブロンの地を相続地として受けることになり、
その地に戦争はやんだのだそうです(ヨシュア14615)。

神のみこころを行って、約束のものを受けるためには、忍耐が必要なのだそうです。
期待し、待ち望み続けることによって、
約束の命を勝ち取るようにしていただけるのだそうですから。

 その日、エッサイ
(ダビデの父)の根は、国々の旗として立ち、
国々は彼を求め、
彼のいこう所は栄光に輝く。
その日、主は再び御手を伸ばし、

ご自分の民の残りを買い取られる。
主は、国々のために旗を揚げ、
イスラエルの散らされた者を取り集め、
ユダの追い散らされた者を地の四隅から集められる。
エフライムのねたみは去り、
ユダに適する者は断ち切られる。
エフライムはユダをねたまず、
ユダもエフライムを敵としない(イザヤ111013新改訳)

 「その日、わたしはエルサレムに攻めて来るすべての国々を捜して滅ぼそう。

わたしは、ダビデの家とエルサレムの住民の上に、恵みと哀願の霊を注ぐ。
彼らは、自分たちが突き刺した者、わたしを仰ぎ見、
ひとり子を失って嘆くように、その者のために嘆き、
初子を失って激しくなくように、その者のために嘆く。
その日、ダビデの家とエルサレムの住民のために、
罪と汚れをきよめる一つの泉が開かれる」(ゼカリヤ129131)。

 2000年ほど前、確かにイエスは、死亡の確認のため、槍で突き刺され、
御座に着いておられる方は、屠られた小羊と見られる方なのだそうです。

 期待をもって待ち望み続ければ、命を勝ち取るのだそうですから。
私たちも。
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転載元転載元: 祝福のそよぎ

●尊い自己を持つ

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望ましい人生とは失敗や迷いのない人生ではなく、どんな困難にあって
も、せめて自分を欺かずに、誠実に自己を大切に生きていく人生であ
る。何もかも知りつくしている自己の前に、ひれ伏せるような尊い自己
を持つ人生である。

●平澤 興(ひらさわ・こう*元京都大学総長)

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