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イエスが私たちを愛していることを知らせるクリスマスが来る。
吉野源三郎著「君たちはどういきるか」の中で、
主人公コペル君の叔父さんは、自己中心の思い、生き方から、
ともに生きる生き方をしようではないかと、教える。
少年コペルが多くの失敗の中から、情けなさから、みじめさ、
の中からな自分を見つめ、生き方を見いださせようとする物語。
その叔父さんがノートに記したことばだ。
昔、太陽や星が地球の周りを回っている、天動説を信じていた。
けれども、コペルニクスがそうじゃない。地球が太陽の周りを
回っているのだ、という地動説が認められるまでは。
「コペルニクスのように、自分たちの地球が広い宇宙の天体の一
つとして、その中を動いていると考えるか、自分たちの地球が宇
宙の中心にどっかりと座りこんでいると考えるか、この二つの考
え方というものは、実は、天文学ばかりのことではない。世の中
とか、人生とかを考えるときにも、やっぱり、ついてまわること
なのだ。」
「こういう自分中心の考え方を抜け切っている人は、
広い世界の中にも、実にまれなのだ。」
確かに、広い世界の中で、キリスト者はまれと言えるだろ。
私たちもまた、自分中心の生き方、天動説から地動説への、
コペルニクスの転回を必要とする。
神はともに生きるために、私たちを創造されたのに、
罪によって私たちのうちにはこの自己中心が住み着いて、
神を捨て、自分に生きることを選択してしまった。
いまの時代は残念なことにキリスト教に無関心な人が多い。
キリストなど関係ない。私は私でやっていく。
キリストに頼るなどは、弱き、それこそ自分勝手な生き方だ。
自分で何も出来ないから、キリスト教などに向かうのだと。
いまはただ恵みによって私たちは救われているが、
私たちは自分の罪過と罪との中に死んでいた者であって、
生まれながら御怒りを受けるべき子だった。
すべてのものは下に落ちるという万有引力の法則がある。
けれども、それを超える力が働くと、その法則は通用しなくなる。
自分中心の生き方から新しい生き方に向かわせる。
でも、キリスト者も、自己中心に傾きそうになることがある。
私たちはそんな弱さを抱えている現実がある。
その弱さを認め、いつも聖霊の導き、助け、とりなしによって、
新しい価値観に立っている者として、自己中心の歩みから、
イエス・キリストを愛する者であり続けたいと、願う。
愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から
出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知ってい
ます。愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だから
です。神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、
いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示
されたのです。1ヨハネ4:7〜9
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