風沢中孚

風沢中孚(ふうたくちゅうふ)は易でいちばん好きな卦で 「まごころ」って意味かなぁ
これまで、私の書く子供の日記のようなブログにお付き合いくださって、まごころをもって感謝いたします✨
ヤフーブログが終了するにともなって今まで書いた記事も消えますし、どこかに引越しもしません。
新たにブログはじめるかもしれませんが、きっと家庭菜園とかインコや猫や日々の暮らしメインになることでしょうし、これまでお世話になった方々とは、いったんお別れの道を選びました。
みなさま、さようなら〜(*^ω^*)
今年も今日でおしまいですね
みなさま、ありがとうございました
よいお正月をお迎えください。

先月のことですが、小さな畑で私の畝(うね)の横に20本ほど玉ねぎの苗が
きちんと揃えて置いてありました。
畑の先輩Kさんが下さったんだと思いいただいて
私の空いてる畝に植えました。
「玉ねぎ苗ありがとうございます!ちょうど空いてる場所あったので植えときました」
と連絡したら
「玉ねぎ苗?知りませんよ」と返事がきて
おかしいな〜他に誰もこんなことする人いないし〜
と思ってたら2日後K先輩から
「やっぱり私かも知れん、、、余ったし捨てたつもりやったけど」
とラインがきた(笑)
完全にK先輩は玉ねぎ苗に動かされた、それも無意識に
そして私も

玉ねぎ苗は生きたかった、せっかく苗まで成長したのに
今捨てられたくない
K先輩と私を巧みに操り、ま〜るい玉ねぎにイキイキと成長して
私や家族に食べられたい、と思ったのかも?
私のお腹に入りたい玉ねぎの微生物は、健康な私の腸内(ニュースキャンでお墨付き)で生きたいと願ったのかも?笑
そう思うと、微生物は生物の頂点であり、生態系の循環を操っているのも微生物
微生物や植物に操られる人間として認められた。
わたし大きな自然の一部になれた!とうれしく思います

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

年末大掃除、年が明けても続きそうです。
いらないもの=「使わないもの」を捨てる、どこに何があるかを把握できるくらいに
ものを減らして整然とする、今年はそんな掃除の仕方です。
そうすれば、日々溜まってゆくホコリの拭き掃除も楽になるし。
「整理整頓」と「ホコリ」が、なんだかピピっとくるワードです。
特に整理整頓はみんなにもオススメです。
今からでもいいので、少しづつでも。
押入れ、本棚、車の中、心や頭の中、人間関係までも。

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

家族が増えました!笑

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インコの「ちびちゃん」よろしくね
ちびちゃんが来てから、プリちゃんも楽しそう

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そして私や主人に、ちびちゃんもプリちゃんもなついてくれます
でも、インコの部屋にいると、隣の部屋の猫のよりちゃんはつまらなそう。

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よりちゃんは私の脳内がよりちゃんで占められていないと怒るのです、プンプン
なぜわかる?よりちゃん
そして私にくしゃみ連発して「よりちゃんウイルス」を私に感染させます。
すると、インコと遊んでいても、よりちゃんが気になるという効果があります。
副産物?そのおかげで外で風邪をもらいにくくなったかも?
「ニュースキャン」で調べた時、確かに猫のウイルスにも感染してました。

今ちょうど、整理整頓を通して、私の生活世界=生態系を閉じていく作業をしているのかも〜

そして、玉ねぎ苗さん、ちびちゃんプリちゃん、よりちゃん、みなさん、
わたしに会いに来てくれてありがとう



先日、2006年のロシアのドキュメンタリー映画「water」を見に
京都、亀岡の「出雲大神宮」の参集殿での上映イベントに行ってきました

あらすじは、23名の科学者、研究者、宗教者が登場し
それぞれの研究成果、人生体験、直感的な叡智に基づいて
「水の神秘」「新しい水の科学」を語ります。
様々なジャンルにおいて、一貫して主張しているのは
「水は情報を記憶する」
「人の意識によって水の構造が変わる」
私たちが口にする水や食物も意識次第で栄養にも毒にもなるということですね。
「祈りは効果がある、でも願う(思う)だけでよい」
そして人々の思いの力が集まると、大きな力を生み出せます。
とてもよかったです!おすすめです。
ロシアでは300万人が見たそうです。
ロシア人ってすごいかもな〜

お昼やすみ
オーガニックなお弁当をいただきました
薄味でスパイスの使い方も控えめ、みんなが美味しく食べれる味で私もマネしてみたい。

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そのあと、出雲大神宮の境内をお散歩
いつ来ても気持ちいい
こちらの御神水は美味しくて体に良いことで有名です。

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午後からは、「ニュースキャン」という機器、波動療法の紹介でした。
量子力学のテクノロジーを用い、その分野の研究が最先端と言われるロシアで開発されました。
ドイツ、ロシアなどでは医療機関でも使われているそうです。
日本では医療機器として認められてませんが、阪大病院にも入ってるそう。

今回の水と波動のイベントの約30人の来場者の中からモニターに私が選ばれてしまいました、ラッキー
生年月日と性別を言って、機械に繋がれたヘッドホンをつけるだけ。
このヘッドホンから超低周波音が出て(音は聞こえない)、体の周波数の乱れを測定や治療をするそうです。
結果は、、、
私の体に合う食べ物、合わない食べ物、性格、考え方、体の調子の悪いところなどなど全部出てきてほとんど当たってました。
私の体に合う食べ物は「ライ麦」「全粒粉」「いちご」「バニラ」
とかだったはず。
私の体に合わない食べ物はありませんでしたが「ビール」「牛乳」「レモン」が最下位でした。
そのとおり!でもレモンの香りは好きかな〜?
もしかして、好きだと思い込んでるだけかも知れなくて
調子の悪い時はレモネードとか飲まないほうがいいのかもですね。

性格は、「失敗を恐れる」「過去は気にしない」「外界、他人の影響を受けにくい」とかめっちゃ当たってました。

体はほぼ健康でした。
腸や内臓をスキャンしたとき腸内環境を褒められました。
ニュ「発酵食品摂ってますね〜」
すごい!最近めちゃ食べてるし自分で仕込んでます。
ニュ「右腕の付け根にダメージありますね」
ちゅ「はい、ピンポンしてるからここは酷使してます」
ニュ「喉がやられてます。アデノウイルスがいます」
「water」観てるとき隣の男性がずっと咳き込んでて私もうつったぽいです。
私は風邪に敏感で、感染して発症する前に喉でウイルスを感じることができるし、風邪引いている人は匂いでわかります(笑)
ニュースキャンで私のアデノウイルスを叩いてもらいました。
ここまでは良かったのですが、、、
脳をスキャンされたとき画面を見て絶句しました。
ダメージだらけ!!
ちゅ「これは、痴呆とかですか?」
ニュ「そ、そういうわけではなくて、、、脳が疲れてます、頭を使いすぎるとこうなります」
私って、ボ〜ッとすることがほとんどないんですね。
目にしたもの全て情報なんです
考えたり、調べたりすることが、好きというか悪いクセです。
体はいたわるけど、脳をいたわることおろそかにしてました!
脳もクリーニングしてもらえて、なんだかスッキリしたし今も続いてます。
勝手にストレスつくっていたんですね、私って

それとびっくりしたのが、私に風邪うつした男性も咳や鼻水が治まっている!
もしかして、私の中で不活化した「アデノウイルス」と男性の「アデノウイルス」が繋がっていたからではないか?
「マスクするか席離れてよ〜」と最初不愉快だったけど、この男性に手作りのお菓子をいただいたりお話聞いたりすると、
最後にはいい人だと思えた、よかった〜。

水も、ウイルスのようなミクロの世界、量子力学の世界も、そして人も
繋がっているんだな〜と感じることができた良い一日でした
ロシア熱がますます上がります

記憶の大掃除 3

私は子供の頃から自立していた方です。
こんな子供時代だったので自然とそうなりました。

小学校低学年の頃から、家で一人で留守番したり、一人でお店に入って御飯を食べたり
言われたものをちゃんと買物に行ったりしてました。
「ちゅんこちゃんはしっかりしてるね」
「かしこいね」
「ちゅんこちゃんえらいね」
とお店の人や近所の人に褒めてもらうことが嬉しかったです。

こうして、他人から褒めてもらうために、より早く
大人になろうと背伸びしすぎたのかも知れません。

母の生前は、家で母と二人で過ごすことが多かったせいか
5才まではほとんどしゃべれなかったそうです。
おしゃべりは、小学校やテレビによって急に上達しました(笑)
そして他の子よりも「知りたい」という欲求が強かったそうです。
父からしたら、暗くて子供らしくない可愛くない子だったのかも知れません。

今回こんな風に、子供の頃のことを思い出して今の心の奥をしっかり見つめて書き出して、記憶の大掃除をしたら
きっと父にとって私は「生きがい」だった、生きる支えだった、
子供の頃から「親孝行はできていた」と、気持ちが軽くなりました。

私はここ最近、めいってました
半ボケでお金を持ってないはずの父が、突然車を買って帰ってきたのをきっかけに私の心が爆発しそうに怒りにとらわれました。

父は私の言うことを全然聞いてくれないし
部屋に入ってこられるのもイヤがる。
通帳を見せない、貯金はないハズ、年金は月3万しかないのに、つい先日まで不要な引き落としが月1万円以上あったということがわかりました。
なので、私に話す言葉で一番多いのは「金くれ」次に「めし」それくらいです(笑)
洗濯機の使い方もままならんのに、洗濯も「自分の分は自分でやる」と聞かない。
私の作ったものよりコンビニやインスタントラーメンがいいと毎日のように食べてます。
私は健康志向で粗食、野菜好き、前日の煮物や汁物を次の日も温め直して食べる。
だけど父はそれらがイヤ、食物を粗末にします。
「わしは誰にも迷惑かけへん、自分のことは自分でやってる」
と言います。

さんざん書き出してみたせいか
「じゃあ、どうぞ」とやっと気持ち良く言えそうです。

「父のために」とやろうとしていたことは
「父から自由を奪っていた」と気づきました。
若い頃からずっと「自由」だった父。
私こそ子供の頃からずっと「自由」だったから気持ち、わかります。
人並みに親孝行したいというのは、私の自己満足で支配欲にも似てる。
だから諦めます。

自立しているつもりでも、周りの人らに迷惑をかけながら生きていく父を見て
「私もきっとおなじ」と謙虚な気持ちになれそうです。


10月になってから、私やみんなの背中に、もふもふの分厚いクリーム色の羽があるように感じます。
暖かくて優しく保護してくれる羽をみんな持っているから
私は心配することもないし干渉しなくても大丈夫。
そしてみんな羽があるので穏やかで微笑んでる。
父の羽はまだ見えないのですが、そろそろ見えるのかな?

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もっふもふまーちゃん、かわいかったなぁ

記憶の大掃除 2

先日、半ボケで嘘つきな父が勝手に中古の車を買って帰ってきました。
2年前に「もうわし車は危ないしやめる」といって手放してくれたのに。
何を言っても言うことを聞いてくれない父。
今回はやっぱりどんなに説得してもダメでした。
ローンで買ったか一括で買ったかもわからないし
そもそも貯金は全くないと思ってたのに。
「わしは仕事を始めたんや」とか言うてる。
そんなんできるわけないやろ?
ずっとずっと迷惑をかけ続ける父。
本当に腹が立って腹が立って、親孝行なんて全くできない。
そんな私の心をみつめなおす機会かと、このような記事を書かせてもらってます。
見てくださってる方、本当にすみません!


父は、私が幼稚園や小学生低学年の時でも
毎晩のようにカラオケスナックに行ってました。
私は夜目が覚めて父がいないと寂しくて大泣きしながら
親切なご近所のお嫁さんに「おばちゃん!お父ちゃんがいない」と訴えに行きました。
気の毒に、お嫁さんは私の添い寝をしてくれました。
それでも私は父が帰っ来るまで泣いて、おばちゃん(お嫁さんのこと)を困らせました。
10才くらいまで、週に1度はこんな感じだったと思います。

父はすぐに殴るしばくしギャンブルや借金もするし
私に常識的なことを教えなかったし温かみもありませんでした。
褒められたことも頭を撫でられたりした記憶もありません。
朝起きて洗顔して歯磨きしてということもなかったのです。
学校やテレビで常識を教わりました。
テレビで歌番組を見てばかりで当時の歌謡曲は今でも覚えてます。
今は全く信用してないつまらないテレビですが、テレビに支えてもらった幼少期でした。

それでも小さな子供にとって父と私の二人の住むこの家が世界でした。
これで当たり前だと思うし、嫌だと思っても逃げることもできない。

10才くらいの頃に、心の調子がおかしくなったんだと思います。
急に、知ってる人誰にも会いたくなくなって遠くに歩いていくことがしばしばありました。
家でじっとしていたら、近所の人が来るかもしれないので
本当に知らない土地まで歩いていくのです。
でもいつも夕方頃には帰宅してました。

それでも、父のこと、子供の頃は好きでした。
なんらかの愛情は感じていたと思います。
休みの日に遊園地に連れて行ってくれたりもしました。
一緒にテレビで野球中継を見るのも楽しかったです。

家はボロボロで屋根も傾いていて同級生によくいじめられました。
「お化け屋敷に住んでる」と。
うちは貧乏なのに父は気前が良くて見栄っ張りで
その日暮らしだったのだと思います。
小学生のある日、テレビのニュースを見ていて、うちが家賃滞納50年と知りました。
目の前が真っ白になりました。ワースト1だったのですから。
小学校高学年の頃は、友達のY子ちゃんに
「ちゅんこちゃんのお父さんがサラ金に借金して返せないから、H美ちゃんのお父さんが代わりに返さなあかんようになった」と言われました。
その1ヶ月前に私の家にスーツを着た大人が何人も来て、うちの家具や私のおもちゃにまで
金額を書いた紙をペタペタ張って帰ったことがありました。
すごく悲しかったです。
うちは破産したのかもしれません。
それに、H美ちゃんのお家に最近「借金返せ!ドロボウ!」と紙が貼ってありました、サラ金会社の張り紙です。
H美ちゃんと私は幼なじみで父同士も仲よかったのに、、、
その後、H美ちゃん家族はうちよりも狭い古い家に引っ越して行きました。
すごく申し訳なくて、恥ずかしくて、かわいそうでした。

近所のおじさんが家で心臓マヒで死んだ事故がありました。
父はそのおじさんと仲が悪かったので「父が殺した」と思い込んでしまいました。
それも小学校高学年の頃です。
その頃には父のこと嫌いになっていたのでしょう。
「借金して人を困らせるような悪人だから人も殺した」
と短絡的に思ったのでしょうが、本当にずっとそうだと信じてしまいました。
私は大人になっても父が殺人犯だと思ってました。
けれども、30代なかば頃もう一度よく考え直してみて
「そんなはずはない」とやっと呪縛が解けました。

私が高校の頃、父のタバコの不始末で火事になったようで、そのせいで会社に迷惑をかけて退社して、時期も重なって私は普通に進学できませんでした。
でも、1年経って夜間大学に進学できました。
働きながら学校に通いました。
哲学や心理学が好きなのでそっち方面に進学できてよかったです。

私は子供の頃も今も、家がボロボロで恥ずかしいことや借金のことや殺人のことも、何も父に聞いたことはありません。
強い子供だったんだなぁ、かわいそうに、と今思います。
本当は小さくて何もできなくて潰れそうでいて
「私はしっかりしてる」と信じ込んでいたのかも知れないし
「こんなんウソや」と何も信じたくなくて、夢うつつだったのかも知れません。

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