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二百三高地(4)

続き。
いきなり、
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「旅順口」
 
でた、「旅順口」です。
これが、「旅順口」です。
 
日本の命取りになりかけた「旅順口」です。
広瀬武夫少佐の眠る「旅順口」です。
 
猛烈な感動でした。
 
旅順港内の「ロシア旅順艦隊」と「バルチック艦隊」が呼応させない為に、軍令部は「旅順湾閉塞作戦」を施行。旅順湾の幅は273ml。実際に艦が航行できる深さのある幅は91ml。そこに日本の老朽艦を沈めて封鎖させる作戦です。
1904年2月24日、3月27日、5月2日に3度にわたって作戦実行するが、いずれも不発。2回目の作戦にて、広瀬武夫少佐(死後中佐へ)が命を落とした。
まさに、その場所にたっていたのでした。
 
「第二次 旅順口閉塞作戦」
向こうに、旅順口がみえます。
 
「広瀬武夫軍神」
豊後高田出身です。今度いってみなくては。
 
  1. 轟く砲音(つつおと)、飛来る弾丸(だんがん)。
    荒波洗ふ デッキの上に、
    闇を貫く 中佐の叫び。
    「杉野は何処(いずこ)、杉野は居ずや」。
  2. 船内隈なく 尋ぬる三度(みたび)、
    呼べど答へず、さがせど見へず、
    船は次第に 波間に沈み、
    敵弾いよいよあたりに繁し。
  3. 今はとボートに 移れる中佐、
    飛来る弾丸(たま)に 忽ち失せて、
    旅順港外 恨みぞ深き、
    軍神廣瀬と その名残れど
この、広瀬武夫少佐の「死」から旅順の戦い、旅順の悲劇が始まったのです。
そして、ついに、ついに、ついに、その「白玉山」から、あの「二百三高地」を拝むことができました。
それが、
 
続く。

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