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続きです。
「宇佐航空基地 滑走路あと」
ここから、戦闘機が離着陸していたそうです。
周防灘へまっしぐら。
もともと国民学校だったようで、数多くの人が避難していたようです。
宇佐は航空基地があったため、B-29の標的になっていたようで、実際に壁に機銃掃射の弾痕が残っています。
女・子供が避難している国民学校にまで機銃を向けるとは。
アメ公、許せじ。
空襲で、真っ二つです。
宇佐航空隊の、特攻隊の忠霊碑です。ひっそりとありました。
誰も気づかないような場所に建ってました。
ただ、新鮮なお供え物があり、日本もまだまだ捨てたものではないなと思いました。
だそうです。
こちらも、貴重な戦跡なのに、一般人の物置になってます。
「通信室」
だそうです。
草、ぼうぼう。
保存する気あるのでしょうか。
何の、建物かはわかりません。
ただ、壁に所せましと、機銃掃射の跡が残っています。
弾痕。
畜生、アメ公め!!
何も知らない、平成の子供たちが、電信室跡で遊んでました。
何の、建物だったかも知らずに。
父祖達が、命がけで守った、この祖国に感謝する心を、この子ども達もいずれ自覚してくれるのでしょうか?
なんか、現代を象徴するような1枚ですね。
天気は悪かったですが、のどかな田園風景です。
とても、ここに一大航空基地があって、多くの人々が「祖国を守る」という共通の目標に向かって、純粋に、必死に、手と手を取り合って生きていたとは・・・
この田園一帯に莫大なるエネルギーが存在していたのですね。
いつものプチ旅行のように、今回も本当に思いがけない発見ばかりでした。
本当に自転車に出会えた事を感謝してます。
自転車最高です。
宇佐市は、宇佐八幡宮がやはりメインです。日本全国の八幡総本山なのですから。でも、双葉山しかり、宇佐航空基地しかり、見どころ満載です。
双葉山の求道心は、文章では知ってましたが、やはり、その現場に行くと伝わってくるものが違います。
宇佐航空基地跡も、もう少し整備されていればもっといいのでしょうが、祖国を守った人々の息遣いを感じることができました。大東亜戦争は決して遠い過去の話ではないのです。実際に掩体壕は民家の横に存在するし、弾痕の残る建物は普通に住宅地にあるのです。どうして、現代の日本人は、このような戦跡をみて「我々の先祖が、必死な思いをして祖国を守ろうとしていたんだな。」という発想で考えないのでしょう。米国の非道な絨毯爆撃に対して、一死報いようとして、虎の子の戦闘機を守るために掩体壕を作った、そんな日本人の心意気をなんで評価しないのでしょうか。
戦争が良くないのは当たり前です。そんなの、改めて言う必要がないくらい自明のことです。わざわざ「戦争はよくないです。」って、街頭で高らかに謡うやからは、それを堂々と言っているのが、はたから見てこっちが恥ずかしいくらい当たり前のことです。
でも、大事な人を守るため、大事な祖国を守るために立ち上がらなくてはならない時があるのです。それを実践して散華していった人々になぜ感謝しないのでしょうか。
定番の、安っぽいモニュメントです。
なんでしょうか。
平和への願いっていうのは。
完全に宇佐海軍航空隊滑走路跡が、「負の遺産」として扱われています。
みんな、「戦争」の反対を「平和」と勘違いしてます。
「戦争」をしていたって、本当に民族が団結して、人と人とのつながりが強ければ「平和」という状態はありうると思います。
「戦争」の反対は「交渉」。同じ、外交用語なのです。
「平和」の反対は「混沌」「混乱」。
よっぽど、現代のほうが、「平和」と反対の道を進んでいるのではないでしょうか。
なんて、思いを馳せながら、宇佐から帰宅の途に就きました。
たった、10時間程度のプチ旅行でしたが、充実したものとなりました。
「いまだ木鶏たりえず」 個の境地に少しでも近づきたいものです。
「虹」
帰宅の途中、大雨にあいました。
いわゆるゲリラ豪雨というやつでしょうか。すぐにやみました。
ふと東の空を見上げると、うっすらと虹がかかってました。
虹をみたのなんて、いつ以来でしょうか。
本当は見ていたのかもしれませんが、気づかなかった、認識していなかっただけなのかもしれません。
ちょっと足をのばせば、もとい、タイヤをのばせば、物語っていっぱい落ちているものですね。
高級な車も、海外旅行もいりません。
「近所にある小さな物語を、愛車にのって探しに行く」
これで十分です。
「花子」
「ま、ご勝手に。」
って言ってそうです。
おしまい。
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