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続き。
ひたすら、城井谷の奥へ奥へ。本当に傾斜の少ない気持ちいい道です。
水の音が心地よいです。
「城井谷奥」
「宇都宮一族の碑」がありました。
宇都宮氏の歴史が書かれております。
1587年、九州を統一した豊臣秀吉によって、鎮房は伊予国に転封となったが従わず、大平城を拠点に反乱。これを機に秀吉の重臣、黒田氏の支配を不服とした宇都宮一族は各地で狼煙を上げた。
しかし、鎮房は中津城にて謀殺、朝房も肥後で殺され、豊前宇都宮氏は400年の歴史を閉じた。
悲劇です。戦国という時代では致し方ないことなのでしょうが。
でも、大河ドラマに感謝です。
このような一族が、こんな近くにいたことなんてちっとも知りませんでした。
埋もれさせてはいけない歴史のひとつです。
「城井之城跡入口」
黒田の攻めに対して立てこもった、城井之上城の入口です。
わくわくします。
「三丁弓の岩」
この岩が、天然の要害となり、攻め手を阻みます。
この岩に、弓を射る兵が3人いれば、攻め手をつぎつぎに射抜くことができ、
他には兵はいらないくらいだったという意味でこの名前がついたそうです。
後日、知人に聞いたところによりますと、本当はもっと、この岩は大きく、道路の方にせり出していたそうです。
どうしても、山の物資の輸送等に支障をきたしてしまうので、岩の一部を削ってしまったそうです。
この話を聞く前でも威圧感ある岩でしたので、当時はよっぽどだったのでしょう。
「城井川」4
だいぶ山奥に入ってきました。
城井川も滝のような場所が出てきました。
いよいよ、「城井之上城跡」へ。
つづく。
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