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二百三高地(13)

続き。
いよいよ、この旅も終りが近くなってきました。
最後に中国の貧富の差を。
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「超高層ビルと一歩路地裏」
 
中国人の貧富の差を肌で感じました。
思わず目を疑ったのが、
貧困層の住む地区では、散髪を外でいたるところでしてました。
 
まだ、大連市だからいいと思いますが、内陸の待ちや村は相当、ひどいことになっているのではないでしょうか。
それをひたすらに力で抑えようとしている中国政府。
 
ネットを発端に、いずれ中国が崩壊する事は、目に見えてます。
 
 
本当に充実した旅行でした。
アジア人の聖なる土地、「二百三高地」をみんなで大切にしていかないといけないと思います。少なくとも、あのとぼけた観光案内版はどうにかしてほしい。そして、あの「ベトンの塊」に突撃していった、勇敢な日本人の子孫である事を誇りにもって生きていかないといけないと思いました。
もともと資源の少ない、近代国家としても幼弱な日本が、大国に勝利して、確かに調子に乗って日本の舵取りを少し誤ってしまったのは事実だと思います。でも、この「日露戦争」で勝利をしたからこそ、おおげさな言い方かもしれませんが、今の「世界地図」があると思います。本来、列強の植民地になるべき日本が勝利をしたからこそ、アジアの国々は独立を維持できたのです。そういった意味でも、この「二百三高地」はもっと注目してしかるべき土地だと思います。「悲劇の山」でなく、「誇りある山」なのです。
そして、それを指揮した乃木大将。この山は乃木大将でなくては落とせなかったと思います。ベトンで塗り固められた、これらの山は、作戦がどうこういうレベルではないと思います。もちろん、どこにどのように兵隊を配置するとか、大砲をどこに設置するとか、目標はどの地点にするとか、坑道はどのように作るとか、重要なのはあたりまえです。でも、本当に大切なのは、その上に立つ者の人格だと思います。乃木大将の為なら死ねる。とか、戦友が死んで上層部に恨みがあるが、乃木大将なら仕方あるまい。そんな、感情を抱かせるような器の人が最適だと思います。明治維新なら西郷隆盛の様な。
僕は、「乃木大将でなくては、旅順はおちなかった。」そう確信しています。
 
傲慢な中国人。
卑劣なロシア人。
精神的退化を加速させる日本人(自分を含めて。)
 
なんだか、さみしくなってきます。
 
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「大連市内」
 
 
大連市街 斜陽に立つ    ってな感じでしょうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
おしまい。
 
 
 
 

 

二百三高地(12)

続き。
 
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「海側から大連市をみる」
 
なんか、見覚えありませんか?
横浜の「みなとみらい」を意識したらしいです。
地元からは不評だそうです。
 
 
 
 
 
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「大連港」
 
ここから、満州に移住していた民間人は日本に引き揚げていったそうです。
ツアーの中の中心人物に、実際に大連で生まれて、10歳の時にここから引き上げ船で佐世保まで帰った人がおられます。
ターミナルビルはすっかり変わってしまったが、雰囲気は全く変わっていないそうです。
 
 
 
 
 
 
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「大連港」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ロシア兵は、8月15日以降も「満州」に攻め入り、傍若無人な、犬畜生にも劣るような行為を日本人に行ったそうです。たまたま、その方の家がある程度地位のある方だったので、その方はあまり被害を受けなかったらしいですが、それはそれは筆舌に尽くしがたい行為が行われていたようです。
「ここの港から、軍人も一緒にひきあげたのですか?」と尋ねたら、「いや、軍人はすべてシベリアに行きました。」
あ、そうだ。なんて恥ずかしい質問を。
ろ助めぇー。本当に許せませんね。
 
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「旧満鉄本社」
 
満州国が成立するまでの
「南満州鉄道株式会社」の本社
 
 
 
 
 
 
 
続く。

二百三高地(11)

続き。
「東鶏冠山」全貌。
イメージ 1「東鶏冠山」(車窓より)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
本当に、本当に名残惜しいですが、私の本来の目的の「日露戦争 史跡めぐり」は終了となりました。短時間でしたが、本当に心厚くなる史跡めぐりでした。
もっと勉強して、もっと日露戦争を知って、もっと日本人を好きになりたいと思いました(もちろん「大東亜戦争」も。)
 
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「大連市役所」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 3「大連駅」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あー、もう昼間の「史跡めぐり」で力尽きて、「流し感」まる出しですね。
 
で、翌日。ツアー3日目。
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「星海広場」
 
満鉄がつくったリゾート地だそうです。
天気も良く、
まあ、富裕層同士の結婚式がいたるところでやってました。
 
 
 
 
 
続く。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

二百三高地(10)

続き。
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「ベトンの要塞」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 2「ベトンの要塞」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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「ベトンの要塞」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
はあ。本当にため息しかでません。ここには、当時、人を殺戮するためのあらゆる道具と知恵が集まっていたとの事です。作戦がどーとか、こーとかではありません。家族を守るために、日本を守るために、アジアを守るために、このような「ベトン要塞」に突撃していった日本人は、本当に勇敢だなと、つくづく感じました。
 
そして、その果てに「東鶏冠山」も奪取!!
 
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「東鶏冠山北保塁の碑」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
本当に、当時の日本人はすごい。
偉そうに色々書いているこの僕ですが、本当にあの「ベトンの要塞」に突っ込んでいけるでしょうか。恥ずかしくなってきます。
 
続く。

二百三高地(9)

続き。
ふー、それにしても天気がいい。
そして、またまたクライマックスの「東鶏冠山」へ。
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「ベトンの要塞」
 
このような壁が縦横無尽に張り巡らされています。
 
 
 
 
 
 
 
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「ベトンの要塞」
 
こげな所に、日本兵が突き進んでいったんです。
 
 
 
 
 
 
 
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「ベトンの要塞 日本軍爆破地点」
 
突撃ー!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
続く。
 
 
 
 
 

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