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二百三高地(8)

続き。
ところは何処、水師営。
イメージ 1「水師営のお店」 車窓より
 
 
 
 
 
 
 
 
 
二百三高地からほど近い、東鶏冠山との間くらいの盆地風の場所にあります。
出た。これです。
イメージ 3
「乃木大将とステッセル将軍の会談の地」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ここで、あの世界に日本ここにありきを示した、水師営の会見が行われたのです。
 
イメージ 2
「内部の石碑」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
の石碑です。
そして、ここです。ここなんです。
イメージ 4
「庭に一本、棗の木」
 
なんか、見覚えありませんか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
この写真の場所なんです。うおー、感動です。
昨日の敵は、今日の友。(個人的には、戦後満州に攻め入って、北方領土も実行支配しているような、ロシア人とは友達にはなりたくないですが。)
いや、本当に歴史的な所にいるんだなぁ。とつくづく感じました。
 
で、ここに専属の中国人ガイドがいるんですけど、そいつがまた、嘘八百を。観光客に上の写真を見せて、日本語でぬけしゃーしゃと、「乃木さんの顔を見てください。喜色満面でしょう。それと、写真の中は日本人だらけで、ステッセル将軍を押し囲んでいるように座ってます。」
「チェストー。乃木大将は、できるだけ勝者・敗者の差を見せないように、会見には帯刀も許して、相手に屈辱感を与えないように、最大限の配慮をしたのに。戦後は、死刑宣告を受けたステッセル将軍の減刑運動もしたのに。おじさんはくやしかです。また、この説明に日本人が、うん、うん、頷く、頷く。
へどが出そう(ま、お下品)になったので一人、外に出てきました。
 
続く。
 

二百三高地(7)

続き。
で、名残り惜しいですが、二百三高地より下山。他の人は来た道を帰りましたが、寄ってみたいところがあったので、父と一緒に、違う抜け道を。
それがこれ。
イメージ 1「乃木保典少尉戦死の場所」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 2「乃木保典少尉の戦死の碑」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「勝典少尉、保典少尉」
保典少尉は非常に優秀だったそうです。同期に梅津美治郎や河本大作や多田駿などがいたとか。優秀な軍人になってた可能性も・・・・。
イメージ 3
「萬人斉しく仰ぐ爾霊山」
 
本当に急峻でない小高い山ですね。
 
 
 
 
 
 
 
バスは二百三高地を後にして、今回のメインの一つ、「水師営」へ
この二百三高地近くまで、高層ビルが立ってました。
中国人のやつら、この日本人の、いや、アジア人の聖なる土地「二百三高地」にビルを建てないか心配です。まあ、旅順軍港が一望のもとだからそれはしないと思いますが・・・・。
 
続く。
 
 
 

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