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国境石2

続きです。
「高見3丁目の国境石」からさらに
イメージ 1
「道くだる」
 
この辺は、もうすでに、「戸畑区」から、「八幡東区」に入っていました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 2「高見の住宅地」
 
北九州のビバリーヒルズです。
 
おそらく、この通り付近に国境があたのではないでしょうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
そして、この高級住宅地、坪単価も高いでしょうが、その中に・・・・
イメージ 12「三条の国境石」
 
 
いいですね。今回4個目です。
 
こういう遺産をしっかり残しているのはいいですね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ここから、おそらく、国境は「板櫃川」に重なると考えます。
イメージ 13「板櫃川 大蔵橋」
 
 
ここから、田代を目指します。
 
かつて、河内貯水池参りで、自転車でよく上った道ですが、まさか、国境探索で、またこの道を上るとは。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 14「板櫃川」
 
ちっこい水車。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 15「板櫃川」
 
 
もう少しで、河内貯水池です。
 
さすがに、足が疲れてきた頃です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 16
「板櫃川」
 
 
自然界のにくい演出です。
疲れてきた頃の、この景色です。
 
 
北九州大好き!!
日本大好き!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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「河内貯水池」
 
新日鉄が管理を行う民間企業が所有するダムです。民間のダムなんですね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
1914年、第一次世界大戦により鉄鋼物の需要が増え、対処するため板櫃川をせき止め、1919年に着工。なんと、その、8年後の1927年に竣工。石造りの立派な造りで、かつて東洋一のダムを誇ったとのことです。かっこよすぎます。
 
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「南河内橋」
 
河内貯水池名物、めがね橋です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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「さらに上流」
 
 
って、今回の目的は河内貯水池ではありません。
 
さらに上流を目指します。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 3
「田代地区」
 
 
さらに山奥に田代地区はあります。
 
この付近に3個の国境石があるとの情報が。
 
これで、全部で7個。
シェンロンが出てくるのかぁ???
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 4「田代の看板」
 
ありました。
これで、残り3個は間違いない。
 
 
この案内板を、写真に収めて、側壁のナビゲーターにしました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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「病院内」
 
 
ありました。
国境石、5個目。
 
ただ、この国境石。病院の敷地内にあります。関係者以外立ち入り禁止の看板があったので、ためらっていたら、たまたま、近くで工事をしていいた方が、怪しそうにしていた僕を、招き入れてくれました。
 
ありがとうございます。僕、怪しくてよかった!!
 
 
 
ただ、今までの国境石と違って、庭石みたいな感じです。恐る恐る、裏に回ると・・・・
イメージ 6
「病院内」
 
間違い、ありません。
 
 
あと、二つ。
 
 
いかんですね。
なんだか、ここまで来ると、国境に思いを馳せるより、とにかく、国境石を見つけたい、そんな、宝探し的感覚になってました。
 
 
 
 
 
 
イメージ 7
「国境石 入口」
 
 
実は、案内板の地図が、かなりトリッキーで、この獣道が、しっかり道路のように描かれているのです。
 
これを道路のように書かないでよ。
 
この入口を探すのも苦労しました。
 
では、入山!!
 
 
 
 
 
 
数十メートル進むと、
イメージ 8
「国境石」
 
 
ゲットしました。6個目。
しっかりと、
「従是西筑前国」と書いてあります。
 
 
こんな山奥にまで。
 
紛争が存在していた証ですね。
 
 
 
 
 
 
 
あと、一つで、ミッション終了。
しかし、
イメージ 9
「山また山」
 
 
ゆけども、ゆけども、
のぼれども、のぼれども、
 
最後の国境石がみつかりません。
 
 
もう、あのしょぼい案内板の地図はあてになりません。
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 10
「ちょっとした山頂」
 
 
しまいには、上りすぎて、ちょっとした山頂まで来てしまいました。
 
 
さすがに、これ以上先に国境石がある雰囲気がありませんでした。
 
日も、落ちかけておりましたので、7個目の国境石はあきらめました。
 
次回の宿題に。
 
 
 
あー、シェンロンが・・・
 
なんていうのは冗談ですが、本当に、壮大な物語でした。
人間っていうのは、国境を含めた、縄張りというのを明確にしたがるものなんですね。
200年近く前の、その当時の人にとっては命がけの境界線だったのでしょうが、なんだか今考えると、微笑ましくもあります。尖閣諸島、竹島、北方領土に比べると、本当に、小さな小さな境界線ですね。
 
一つの町に、こんなに明瞭に国境線があるのは、非常に珍しいと思います。
なんて、楽しい町なんでしょう。
いや、物語はかくれてますねぇ。
 
イメージ 11
「合馬地区」
 
 
田代から合馬地区に抜けて、帰宅しました。
 
紫側です。
 
 
北九州、いいですね。
 
日本、いいですね。
 
 
 
 
 
あー、7個目、見つけられなかったの思い出した。くやしぃーです。
 
 

国境石

またまた、写真の整理
 
北九州市在住なmので、またまた北九州市ネタを。
北九州市、もともと、小倉市、戸畑市、八幡市、若松市、門司市の5市が1963年に合併して、現在の北九州市になりました。ちょうど、今年が合併して市制50周年ということで、色々なイベントがあったようですが、今一つ盛り上がりに欠けていたようです。
その原因の一つに、今一つ、北九州市民は、市民全体の一体感にかけるところにあると思います。その原因は、所詮、ライバル同士であった5市が合併したからまとまりがないのかと思っていましたが、もっと根が深いようです。
原因は、もともと北九州市を構成している地区が、まったく違う国だったということです。それどころか、敵対する国同士の一部が同じ市民になってしまったところに悲劇?があるのです。
つまり、北九州市の半分から東は、旧豊前藩。西は、旧筑前藩。豊前藩は細川氏の後、国入りしたのが小笠原氏。豊前に入国したのは小笠原忠真。播磨国明石藩より入封しました。忠真は徳川家康の外曾孫で、母親は松平信康の娘であり、バリバリの譜代大名なのです。というか、ほぼ親藩です。一方、筑前・福岡藩は、言わずと知れた、外様の中の雄藩、黒田藩なのです。譜代と外様の藩。かつての藩は、ほぼ異国ですから、その住人が一つの「市」という狭い自治体の中にいるのです。いくら現代は、人の出入りが流動的とはいえ、まったく違う風土が100万(弱)都市を形成しているのは、日本広しと言えども、北九州市だけなのではないでしょうか。
では、豊前と筑前の境目はどこなのでしょう。
ということで、物語探しをしました。
例によって、僕の愛車の自転車「璞号」で。
 
イメージ 1「境川交差点」
 
 
 
戸畑区と小倉北区の境目。
その戸畑区側です。
 
 
この小倉川に、境川という、まさに豊前と筑前の境目になる川があります。
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 2「境川河口」
 
境川の一番海側です。
 
こっから物語が始まります。
 
向うに見えるのが新日鉄八幡の戸畑工場。
 
「お汐井汲みの場」という碑が立ってます。
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 11
「境川」
 
 
上ってゆきます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 12
「境川橋」
 
都市高速下にある橋です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
そして、その「境川橋」の少し上流に
今回の物語の主人公ともいうべき「国境石」です。
イメージ 13「江口の国境石」
 
 
「従是西筑前国」
と書いております。
 
福岡藩が天保12年、1841年に建てたものだそうです。
 
銘文の筆者は、福岡藩の書家、二川方作という方だそうです。
 
これはレプリカで、本物は、北九州市立「いのちのたび博物館」にあるそうです。行ったことがありますが、気づきませんでした。
 
 
 
イメージ 14「JR 鹿児島本線」
 
もくぐってゆきます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 15「境川」
 
上流を目指します。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 16「境川と鳥」
 
なごみます。
 
何の鳥かはしりません。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 17「境川」
 
いい天気です。
 
でも、このあたりの「中原地区」が豊前と筑前の大紛争地帯だったそうです。
 
昔は、これより大きい川だったのでしょうが、目と鼻の先ですね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 18「境川」
 
これを、川と呼んでいいのでしょうか。ほぼ、溝です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 3
「両国橋」
 
境川にかかる小さな橋です。
豊前国と、筑前国の両方にかかる橋だから、両国橋???
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 4
「境川」
その後、境溝、もとい、境川は、3号線バイパスの手前でついに、姿を隠します。
 
 
ただ、おそらく、川の流れであろう方向に向かってゆくと・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 5
「金毘羅池」
 
非常に整備された池に出ます。
 
池の周りはちょっとしたランニングコースになっており、家族連れや、アベックが池を眺めながら、楽しんだり、くつろいだりしていました。
 
その中、黙々と、調査したら・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
ありました。今度はなんと、池の中に
イメージ 6「金毘羅池の国境石」
 
2個目の国境石です。
 
金毘羅池にある事は知っていましたが、この池が以外と大きいので、探すのに以外に時間がかかりました。
 
だれも、見向きもしてません。
 
それを写真で撮るのは、ちょっと気持ちいいです。
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 7「案内板」
 
「金毘羅池の国境石」の案内板に、他の国境石の情報が、地図付きで載ってました。
 
ここで、さらに情報ゲットです。
 
なんだか、昔やった、テレビゲームのドラゴンクエストみたいです。
 
物語はまだまだ続きます。
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 8
「おそらく国境であろう道」
 
この辺は、どこが国境かはわかりません。
 
ただ、次の国境石を目指すための、最短路を走っているだけです。
 
でも、200年も前の国境を想像しながら、現代の道を走るのは本当に楽しいです。
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 9「皿倉山」
 
豊前国からみる、筑前国の山です。
 
今まで、「皿倉山」をこんな見方をして眺めたことはありません。
 
なんて新鮮なんでしょう!!
 
楽し過ぎます。
 
 
 
 
 
 
 
 
そして、
イメージ 10
「高見3丁目の国境石」
 
本日3個目の国境石です。
 
ドラゴンボールにも似てきました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
第2話につづきます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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