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英彦山神宮

秋風が気持ちの良い季節。
シルバーウィークに、英彦山神宮に行ってきました。

絶好の行楽日和でした。
いつものように貫山にごあいさつから。
「貫山」
イメージ 1























行橋から、ひたすら自転車で国道496号を南下してゆきました。
国道496号は、福岡県行橋市と大分県日田市を結ぶ国道です。

「496号 みやこ町」
イメージ 2























本当に気持ちい天気。道もきれい。

「伊良原」
イメージ 3























祓川という川の上流です。
ダムを作るようです。
仕方がないのだろうけど、自然を大切にしたいものですね・・・
少し、残念。

「祓川」
イメージ 4























川沿いにひたすら自転車をこいでゆきます。

「帆柱地区」
イメージ 5























みやこ町の帆柱地区です。
変わった人形がいましたので撮ってみました。

「永沼住宅」
イメージ 6























国指定の重要文化財だそうです。
江戸時代後期1839年の建築。詳細な建築記録が残っているので特に評価が高いそうです。この地区で中心的な役割を担った、永沼家の私邸ですが、藩の役人などの公の宿泊所にもなっていたそうです。

「帆柱地区2」
イメージ 7























綺麗な景色です。
でも、実はこのあたりから坂の傾斜が厳しくなってきています。

「496号」
イメージ 8























深山幽谷、という単語がぴったりな感じです。

「496号2」
イメージ 9























坂また坂。カーブまたカーブ。

「県境」
イメージ 10























このまま496号を行くと、大分県です。
英彦山を目指すなら、ここから国道500号に入ります。
野峠という場所です。
標高700ml地点です。
国道500号は、大分県別府市と佐賀県鳥栖市をつなぐ国道です。

国道200号も筑豊を通りますので、200と500とメモリアルナンバーが筑豊にそろい組です。

「500号」
イメージ 11























本当、森林浴という感じで、気持ちよかったです。
葉っぱ同士が風で触れ合う音以外は全く音のない世界です。
まさに、自然と一体になる瞬間。

時々、爆音を立ててツーリングをするバイク集団には辟易です。
ただ、逆にかわいそうな気がします。
彼らは、自然と一体になれていない。
バイクを走らす爽快感はあるでしょうが、
自然と一体仁なれる自転車でのツーリングの方が、圧倒的な爽快感です。
いや、爽快感を超えた次元の感覚を味わえるのです。

身体は疲れますけどね・・・・

「500号2」
なんていう山でしょうか。イメージ 12























さらに500号を進むと、標高800mlのところの豊前坊とい場所にたどり着きます。
ここに神社があります。
はじめはここが、英彦山神宮かと思いましたが違っていました。
ただ、この神社も非常におもむきがありました。

「高住神社」
イメージ 13























「高住神社2」
イメージ 14






























この鳥居と杉の木の共演、渋すぎます。

「高住神社 拝殿」
イメージ 15























結構、参拝客がいました。
拝殿の後ろの大岩がかっこいいです。

「高住神社 拝殿2」
イメージ 16























拝殿の中には、英彦山らしく、天狗の装飾品が多数飾られていました。

「高住神社 本殿」
イメージ 17























外削ぎ、鰹木は3本。
主祭神は、豊日別大神・天照大神・天火明命・火須勢理命・少名毘古那命で、継体天皇(1500年前)の時に創設されたとも。

ここからやや坂を下ると、久しぶりに信号機のある交差点にぶつかります。
「英彦山」
イメージ 18























この交差点を曲がって、しばらく行くと、ついに英彦山神宮参道にたどり着きます。
ここで、しばし愛車とお別れです。

「英彦山神宮参道」
イメージ 19
























「英彦山神宮参道2」
イメージ 20























ひなびた感が非常にいい感じの山道を登ってゆきます。
石の階段や、杉や灯篭のコケ具合が非常にいい。

この参道の横に、スロープカーもあるようですが、足腰がしっかりしている人は断然参道で。

「英彦山神宮参道3」
さらに参道は続き、
イメージ 21























杉の木がいいですね。
そしていよいよ、

「英彦山神宮 奉幣殿」
イメージ 22























さすが、「神宮」と呼ばれるだけの神社です。
立派な奉幣殿です。
遠い道、きつい坂を乗り越えて来ただけのことはあります。
ちなみに、この奉幣殿は標高720mlの所にあります。

「英彦山神宮 奉幣殿2」
イメージ 23























立派な神社です。
テンション高まります。
大きな鈴も魅力的です。

「英彦山神宮 奉幣殿3」
イメージ 24























堂々とした、官幣中社です。
主祭神は、あの天照大神の子供、瓊瓊杵尊の親である、天忍穂耳尊(アメノオシホミミノミコト)です。

継体天皇の御代に、北魏の僧である善正(ぜんしょう)が英彦山の山中で修行をしていたそうです。その時、たまたま狩猟をしていた藤原恒雄というものに会いったそうです。そして、殺生の罪を説いたそうですが、恒雄は聞く耳もたず、狩猟を続け、1頭の白鹿を射止めたそうです。その時、死んだ白鹿の所に、3羽の鷹が舞い降りて、白鹿に檜の葉に浸した水を与えた所、たちまち白鹿は生き返ったそうです。それをみた恒雄は、この白鹿は神の化身なのだと悟り、殺生をやめ、善正の弟子となって、この神社を建てたという言い伝えがあるそうです。

面白いですね。

また、「英彦山」という山名は、社伝では、昔は、主祭神の天忍穂耳尊が天照大神の子どもなので、「日の子」、「日子山」と呼ばれていたそうです。それが、その後、「彦山」に変わり、江戸時代に、霊元天皇から、天下に抜きに出た霊山なので、「英」の一字が授けられ、今の「英彦山」なったそうです。
昔は、「日子山」だったんですね。

「英彦山神宮」
イメージ 25























山全体が、神聖な感じですね。
事前にインターネットで、英彦山の山頂に上宮とい神社の本社にあたるものがある。というのを知っていたので、その本社を目指すこととしました。
ただ、本当に軽く考えていました。10分くらい山を登ればたどり着くだろうくらいの感じで、上宮への参道を登り始めました。

「英彦山神宮上宮 入口」
イメージ 27























「英彦山神宮 奉幣殿4」
イメージ 26























奉幣殿を上からみたところです。
この屋根のそり具合。芸術です。

「英彦山神宮 下宮」
イメージ 28






















山全体に、いろいろな摂末社が存在します。

そして参道を登っていくのですが、これが結構、急峻なのです。
参道ではなく、本当に山道でした。

「上宮 参道」
イメージ 29























そして愕然としたのが、途中の距離の表札で、上宮まで1.7km(奉幣殿まで0.6km)と書かれてありました。
えっ。
一瞬目を疑いましたが、もう登るしかありません。
覚悟を決めて登ることしました。
ただ、安易に考えていなので、昼ご飯は食べていないし、水分は飲かけのお茶が250ml位しかありませんでした。
いつもの旅のように準備不足は否めません。

でも、もう、山伏になったつもりで、修行のつもりで登ることしました。

英彦山は耶馬日田英彦山国定公園の一部をなします。
新潟県の弥彦山、兵庫県の雪彦山とともに、日本三彦山と呼ばれるそうです。

また、山形県の羽黒山、奈良県の熊野大峰山とともに、日本三大修験山に数えられます。
山伏の生活跡が多数残っているようです。最盛期には数千名の僧兵を山に養っており、大名に匹敵するような力を持っていたそうです。

「上宮 参道2」
イメージ 30























時には、鎖を使って登らないといけない場所もありました。2か所ありました。

シルバーウィークだからでしょうか。結構な人が、上宮を目指していました。
そして子供が特に多かったです。
家族で来ている子供はもちろん、子供会か、スポーツクラブで来たのか、集団で来ている子供もたくさんいました。
そこで、うれしかったのが、この子供たちが、本当に良く挨拶をしてくれるです。
上宮から下山してきて、すれ違うのですが、本当に笑顔で「こんにちはぁー」と言ってくるのです。
街のなかでうだうだしている子供たちと、やっぱり違うのでしょうか。
まだまだ、日本も捨てたもんじゃないな、と思いました。

「中津宮」
イメージ 31























参道の途中にあります。宗像三女神を祀っています。

「上宮 参道3」
イメージ 32






















s
風雨などの影響だと思いますが、参道にかかる鳥居がみるも無残です。
でも、あらためて、これは登山ではなく、あくまでも英彦山神宮の参拝なんだと気づかせてくれます。

「英彦山 眺望」
イメージ 33























ここらあたりにくると、かなり体力を消耗していましたが、振り返るとこの景気です。
少し、天気が悪かったですが、でもこの景色を見ると元気がでます。
正面に見えるのはおそらく、田川市でしょう。
おそらく、英彦山からみる景色で、ここが一番きれいなのではないでしょうか。

そして、いよいよ、上宮が見えてきます。
テンションまる上がりです。

「英彦山神宮 上宮」
イメージ 34























なんだか、いい感じでないですか。
千木もなんだかかっこいいですね。

「上宮 参道4」
イメージ 35























そして、最後の参道、石の階段を登ると、、、、

「英彦山神宮 上宮2」
イメージ 36























「英彦山神宮 上宮3」
イメージ 37























「英彦山神宮 上宮4」
イメージ 38























んんん・・・。
正直、神社ファンとしては、少しがっかりでした。
確かに、自然環境が厳しい場所とはいえ、もう少し管理されてほしかったです。
おごそかさが感じられませんでした。
奉幣殿の感動に比べると、2.3kmを登りぬいた感動を加えても、上宮は今一つ心に響きませんでした。
残念。
でも、英彦山頂上は、とても気持ちよかったです。

「英彦山 頂上」
イメージ 39























標高、1180mlです。
奉幣殿から460mlも登った計算です。
うひゃぁ。

「英彦山 頂上2」
イメージ 40























大分方向を見ます。
相当、いい景色です。
田川方向は、残念ながら頂上は周囲の木で今ひとつでした。
田川方向は、登ってくるときの途中の地点が一番の絶景でした。

名残り惜しいですが、頂上を後にします。

奉幣殿に戻ってきました。
「英彦山神宮 奉幣殿5」
イメージ 41























やっぱり、奉幣殿がいいです。
かっこいい。

その後、奉幣殿を後にして、再び自転車にのり、英彦山を下山することとしました。
行きとは違って、今度は、山の反対側、西側を添田町におりて帰る事しました。
720ml地点からのノンストップ下り坂です。
相当、気持ちよかったです。

その途中、「銅の鳥居」なるものがありました。


「銅の鳥居」
イメージ 42























本来なら、この鳥居が、「英彦山神宮」の正門になるようです。
僕が自転車をおいて登りだしたところは、参道の途中になるようです。

「銅の鳥居2」
イメージ 43























きれいな参道ですが、ここから登り始めると、相当にきついものと思われます。

「銅の鳥居」
イメージ 44























「官幣中社 英彦山神社」 とあります。

明治時代の神仏分離により、修験道が廃止され、天台山伏の本山であった霊仙寺(現:霊泉寺)を分離して、神社のみとなり、「英彦山神社」に改称したそうです。
1898年に官幣中社に列されました。
そして、1975年、現在の「英彦山神宮」に改称されています。


そもそも、「神宮」を名のるには、やはりそれなりの格があります。
「神宮」といえば、もう、これは別格中の別格の「伊勢神宮」になります。

「日本書紀」には、「伊勢神宮」と「石上神宮」が、
「延喜式神名帳」には、「石上神宮」にかわって「鹿島神宮」と「香取神宮」の名が記されています。
江戸時代までは、この三社のみが「神宮」を名乗っていました。

ただ、明治以降、天皇、皇室の祖先神、大和平定に功績のある特定の神を祭神とする神社の一部が、社号を「神社」から「神宮」に改めました。終戦までは、「神宮」を名乗るのに勅許が必要だったそうです。

戦後は、神社の国家管理は廃止されたため、「神宮」を名乗る際に勅許は必要なくなりましたが、それでもなお、神社本庁のもとで、「神宮」を公式に名乗るには特別の由緒を持つものに限られています。

戦後、神社本庁の特別な承認を受けて改称したのは、「北海道神宮」、「伊弉諾神宮」、「英彦山神宮」の三社のみだそうです。
(ただ、神社本庁に属さない神宮や、通称で呼ばれている神宮、伊勢神宮から分霊されて神宮とよばれている神社などもあるそうです。)

日本の神宮
皇室祖先神:伊勢神宮・伊弉諾神宮・霧島神宮・鹿児島神宮・鵜戸神宮・英彦山神宮
天皇:橿原神宮・宮崎神宮・気比神宮・宇佐神宮・近江神宮・白峰神宮・平安神宮・赤間神宮・水無瀬神宮・吉野神宮・北海道神宮・明治神宮
その他:熱田神宮・石上神宮・國懸神宮・日前神宮・鹿島神宮・香取神宮・山上大神宮

日本では、二十五神宮のようです。(戦前は、台湾神宮・朝鮮神宮、関東神宮)
そうそうたる神社ですね。

その中に、英彦山神宮が入っているのはすごいことだと思います。

そんな、神社に参詣できたことを誇りに思いつつ、
自転車、トップスピードで下山しました。

ふもとは、秋の風に包まれていました。
「彦山川」
イメージ 45























「彦山川」の横の帰り路です。
充実した疲労感と、一つの物語が終わった寂寥感でいっぱいです。

「金辺川」
イメージ 46























いつもの、香春町のみなれた光景です。
既に、英彦山のことが遠い昔のように思えてしまう、そんな風景です。

シルバーウィーク、一番のイベントでした。

やっぱり、この国がすきです。
こんなに素晴らしい風景を見せてくれるこの国は、やっぱり素敵な国です。
この国がすきでたまりません。
それを、また実感できました。

そして、自転車とカメラさえあれば、他に何もいらない。
自転車にのって、自然を味わい、写真をとって、感動を記録する。
これ以上の道楽がありましょうか。
そのことも、また実感しました。

おしまい


三種の神器

自分は北九州市に住んでいますが、北九州市では、市の中心部にある八坂神社が一番人気で、初詣なども本当に人が多いです。古くから「こくらのぎおんさん」とよばれ、小倉祇園太鼓はこの神社の例大祭です。
非常に趣のある立派な神社です。
「八坂神社」                                                              
イメージ 1























「八坂神社 拝殿」
イメージ 2























立派な拝殿です。

「八坂神社 本殿」
イメージ 3






















これまた、立派な本殿です。
主祭神:(北殿)櫛名田比売命・須佐能袁命・天之菩卑命・天之忍穂耳命・天津日子根命・活津日子根命・熊野久須比命・市付島比売命・多紀理比売命、多岐津比命
     (南殿)大名牟遅命・少比古那命・須佐之男命・櫛名田比売命
社格:県社
本殿も、流造の外削ぎ、鰹木9本の堂々たるもので、小倉藩の総鎮守にふさわしい神社です。

ただです。
ただ、実は、この小倉八坂神社よりもっと歴史のある神社があるのです。
あまり知られていないと思いますが、それが
「蒲生八幡神社」
イメージ 4























「蒲生八幡神社 参道」
イメージ 5
















いい雰囲気の神社です。

「蒲生八幡神社 拝殿」
イメージ 6























「蒲生八幡神社 本殿」
イメージ 7























外削ぎ、鰹木3本の立派な本殿です。
鰹木の数では、八坂神社に負けますが、
実は、この神社。小倉で最古の歴史を有し、氏子の多さも県下、屈指だそうです。
御幣殿は北九州市で最古であり、御本殿は旧豊前国で最古だそうです。

それに、もう一つ、この神社にまつわる面白い話が。

それが、今回のタイトルにある「三種の神器」にまつわる話なのです。

1185年に、平氏と源氏が壇ノ浦にて最後の決戦を行います。そこには、「三種の神器」と一緒に西国に逃れ落ちたわずか8歳の安徳天皇がおられたのです。
平氏は、ここ壇ノ浦でも惨敗し、いよいよ滅亡の時を迎えるのです。
死を覚悟した、二位尼は安徳帝および三種の神器とともに入水します。
「吾妻鏡」の元暦二年三月二十四日の条で、
「二位尼は宝剣を持って、按察の局は先帝を抱き奉って、共に海底に没する。」とあります。
また、同様に元暦二年四月十一日の条に、
「内侍所(八咫鏡)と神璽(八尺瓊勾玉)は御座すが、宝剣(天叢雲剣)は紛失、愚虜をもってして捜し奉る。」と書いてあります。

実は、この間に物語があって、「三種の神器」が海中に沈んだことを嘆いた、源頼朝が、規矩郡(企救郡)高浜浦の漁人の長、岩松与三に神器を探すように命じたそうなのです。岩松はここ、蒲生八幡神社(その時は高浜、現在の小倉井筒屋の近くに神社はあったそうです。)に神器発見、安全を祈願した後、海に入っていったそうです。鏡と勾玉は、密封性の高い箱に入っていたため海面近くに浮き上がってきて岩松の網に引っ掛かり回収することができたそうですが、宝剣はそのまま地中深く沈み、回収はできなかったようです。
岩松は、この鏡と勾玉を源頼朝に献上します。岩松はこの功績により規矩郡一郡を与えられますが、蒲生の神々のご神徳によるものとして、一郡をすべて蒲生神社に寄進したとのことです。
真偽ほどは、定かではありませんが、物語が隠れていますよね。

で、ちょっと、「三種の神器」について調べたのですが、「三種の神器」とは言うまでもなく、「八咫鏡」と「八尺瓊勾玉」と「天叢雲剣」の三つです。いうまでもなく、皇位継承のシンボルです。
実はこのうち、八咫鏡と天叢雲剣は、崇神天皇時代に、形代(分身のようなもの)が作られていたようです。それで、壇ノ浦で沈んでしまった天叢雲剣は、どうやら形代のようです。しりませんでした。

ちなみに、現在、「八咫鏡」は、本体は伊勢神宮、形代は皇居賢所に。
「八尺瓊勾玉」は、本体は皇居剣璽の間に。
「天叢雲剣」は、本体は熱田神宮に。それと、順徳天皇時代に伊勢であらたなる形代が作られたそうで、その形代は皇居剣璽の間にあるそうです。

そう考えると、壇ノ浦で沈んだ「八咫鏡」は形代だったとしても、「八尺瓊勾玉」は本体ですので、それを回収できたことは、相当な功績です。岩松与三、やりましたな。

そんなことに思いを馳せつつ、壇ノ浦にいってみました。

「壇ノ浦」
イメージ 8























ちょうど830年前、ここで激戦があり、今回の隠れた物語があったのですね。

「赤間神宮遠景」
イメージ 9























関門海峡を挟んで、赤間神宮が見えます。

「壇ノ浦2」
イメージ 10























源義経と平知盛の銅像だそうです。

「壇ノ浦3」
イメージ 11























二位尼の辞世 今ぞ知る みもすそ川の 御なかれ 波の下にも みやこありとは

「壇ノ浦4」
イメージ 12























この波の下のどこかに、天叢雲剣が眠っているんですね。
ロマンを感じますね。

「赤間神宮」
イメージ 13























本当に久しぶりの参詣です。

「赤間神宮2」
イメージ 14























旧社格は、官幣大社。堂々たるものです。
やはり、天皇そのものを祀る神社は、社格が高いですね。

「赤間神宮3」
イメージ 15























幼い安徳帝を思い、竜宮城を模したそうです。

で、実は、ここでも、また、物語というか、発見がありました。
この赤間神宮の横に、ひっそりと「安徳天皇御陵」がありました。
「阿弥陀寺陵」です。

「阿弥陀寺陵」
イメージ 16























おごそかな雰囲気があります。
天皇陵っていう感じがあります。

「阿弥陀寺陵2」
イメージ 17























宮内庁の管轄になります。

「阿弥陀寺陵3」
イメージ 18























こっそり中をのぞくと、由緒正しい、明神鳥居がありました。
さすが、天皇御陵。

で、またすごいのが、ほとんどの天皇御陵は、関西にあります。
京都府、大阪府、奈良県:ほとんどの天皇
兵庫県:淳仁天皇
滋賀県:弘文天皇

そして、関西でないところに存在するのが、3か所。
東京:大正天皇、昭和天皇
香川:崇徳天皇

そして、この安徳天皇の「阿弥陀寺陵」です。

そう考えると、いままで思っていた赤間神宮が違って見えてきました。
小さいころから赤間神宮の前を車で通っていましたが、このような天皇御陵が間近にあるとは、露しりませんでした。
実は、昔から赤間神宮はあまり好きでありませんでした。
でも、日本建国以来、万世一系でつながる天皇の一人が、この赤間神宮の横の地で眠っておられるということを考えると、赤間神宮を参詣することは、脈々と続く皇統の繁栄を祈ることであり、日本を大切に思うことに繋がると思いました。

蒲生八幡神社から始まった物語は、こんな思いで閉じたいと思います。

永平寺2


これも時間を知らせる鐘でしょうか。

イメージ 1「仏殿の横













ここからさらに階段を登ってゆきます。
イメージ 2「階段」













こう見ると結構急な階段ですね。

そして、境内の一番奥にあるのが、「法堂」
「はっとう」と読みます。説法や各種法要が営まれます。
イメージ 6「法堂」











イメージ 3

「法堂」













重厚感があります。

イメージ 4「法堂」













イメージ 5「法堂」













荘厳な感じです。

イメージ 7「法堂」














「法堂」、つまり境内の一番上からの眺めです。
イメージ 8「法堂」













手前に見えるのが「一文字廊」で、奥に「仏殿」が見えます。

階段で降りていきます。
しつこいようですが、ぴかぴかです。
イメージ 9「階段」













今まで5つの伽藍を見てきました。
三黙道場といって、私語が一切禁止となっている場所が3つあります。
先ほどの「僧堂」と、「浴室」と「東司」(トイレ)です。

イメージ 10右「浴室」
左「東司」












イメージ 11「浴室」













イメージ 12「東司」













トイレを撮影したのは初めてです。
でも、こりゃ、内部でなくて、外から建物を撮ればよかった・・・

以上で、七堂伽藍、制覇です。

境内から外の風景。
イメージ 13「境内」














この後、先ほどの「総受処」を経由して境内の外に出ました。
境内の外も、いい雰囲気でした。

イメージ 14「報恩塔」













で、ここで幸運なことに、この写真を撮ることができました。
イメージ 15「勅使門」













よく、本やテレビでみる写真です。
実はここ、参拝経路でないので、見過ごされやすいところです。
このあたりをうろちょろしていたら見つけました。

イメージ 16「勅使門」













イメージ 17「勅使門」













この太い杉。
詳細は分からないのですが、その名の通り、勅使を迎える時のみに
用いた門なのでしょうか。

とてもいいお寺でした。
日頃、何かに追われるように気ぜわしい生活をしていますが、
このような深山幽谷の地の、霊験あらたかな環境にいると、
心が洗われました。
折角、念願の「永平寺」を参拝することができたのです。
日常にも、この禅的な思考、生活を取り入れたいものです。
雲水のような修行は到底できませんが、
行住坐臥、修行はどこでもできるとのことなので、頑張ってみよう。

永平寺名物、「ごま豆腐」を食べて帰路につきました。
イメージ 18「ごま豆腐」














帰りはバスで、福井駅まですーいすい

イメージ 19「福井駅」













こんなところまで恐竜たちが・・・

いい旅でした。
学会会場に5分しかいなかったかいがありました。

有難う、福井。 ありがとう、永平寺。

おしまい。























永平寺


今回は、金沢で学会があったので行ってきました。

まずは小倉駅から新幹線に。 
イメージ 1「徳山の工場群」

















イメージ 2「マツダスタジアム」

















イメージ 3「大阪の高層ビル群」


















新大阪駅。ここまで2時間30分。
そして「サンダーバード」です。
イメージ 4「サンダーバード」


















イメージ 5

「サンダーバード」


















ここから湖西線に入ります。
イメージ 6「湖西線」


















琵琶湖はやっぱり広い。
ちょっと、感動です。
イメージ 7「琵琶湖」


















ここでまた、北陸本線と合流です。
イメージ 8「北陸本線」


















北陸地方に入りました。
イメージ 9「敦賀駅付近」


















眼鏡の産地
イメージ 11「鯖江」


















小松駅前です。
きっと、有名な「KOMATHU」の本社じゃないでしょうか。
大きな敷地に、大型の重機が並んでいました。
イメージ 10「小松駅付近」


















向こうに白山連峰をみながら、
イメージ 12「金沢手前」




















よーやく、たどり着きました
イメージ 13「金沢駅」


















「サンダーバード」に揺られること2時間30分
乗り換えを合わせると小倉から6時間の長旅でした。
しかし、金沢は僕が学生の頃に野球の試合で来て以来ですが、
見違えるように発展していました。

時に新幹線開業間もないこともあり、
町に活気がありました。

金沢駅は、本当にすごいことになっていました。
イメージ 14「金沢駅」























ここで、私は闇に消えて行きました。
イメージ 15「香林坊」






















香林坊で暴れん坊。

香林坊の居酒屋で、ひじょーうにおいしい日本酒を飲んで
しまったため、一次会でダウンしてしまいました。

2日目
二日酔いでした。
ホテルの前にタクシーがいなかったので、会場まで歩いてみました。
イメージ 16「犀川」













市内をゆるやかに流れています。
遠くに白山連峰を望みます。
イメージ 17「白山連峰」














金沢駅、すごいことになっています。
イメージ 18「金沢駅」













実は、学会会場には5分しかおりませんでした。
金沢は学生の頃何回か来ていましたので、特に観光もせず、
死ぬまでに1回行ってみたかったところが福井にあったので、
早々に金沢を離れました。

結局、往復12時間。金沢滞在、13時間。そのうち睡眠が7時間。
金沢に失礼な感じです。

一路福井へ。
戦国は詳しくはないのですが、名前くらいは知っていたので、
素早く、シャッターを押しました。
イメージ 19「手取川」













謙信最強!

九頭竜川です。いよいよ福井。
りっぱな川です。
イメージ 20「九頭竜川」













福井駅です。
福井には世界に誇る恐竜博物館があるようで、
恐竜たちも電車を待っています。
イメージ 21「福井駅」














福井駅から
「えちぜん鉄道勝山永平寺線」にのります。
そう、死ぬまでに1回行ってみたかったのは、
「永平寺」
僕に一番足りない、「禅の心」を求めに行って参りました。
イメージ 22「えちぜん鉄道」













この電車、すごいのは、全電車に、美人のガイドさんが乗っているのです。
結構乗客もいました。

そして「永平寺口駅」です。
写真ではわからないと思いますが、結構な雨です。
雨男の本領発揮です。
イメージ 23「永平寺口駅」













ここからバスが出ているのですが、接続が下手ちょびんで、
待ち時間が20分。
地図をみると近そうな雰囲気だったので、歩くことにしました。
これが、大失敗。
結構な距離を雨の中歩きました。
いや、これも修行修行。

ここの駅から永平寺まで遊歩道があるのですが、非常にきれいに
整備されていました。
実は、ここから永平寺まで「えちぜん鉄道」の支線があったようです。
数年前にその支線を閉鎖して歩道にしたようです。
イメージ 24「永平寺
参ロード」












しゃれた名前をつけています。

ここから始まります。
イメージ 25「出発点」













永平寺をひたすら目指して
テンション上がります。
イメージ 26「参ロード」













よーやく、1参る。
何参るあるんでしょうか。不安になってきます。
イメージ 27「1参る」













「参ロード」沿いには、結構「水仙」が咲いていました。
目を和ませてくれます。
やっぱり、歩くということはいいですね。
イメージ 28「参ロード」













2参る。
イメージ 29「2参る」














きた、きたー。
イメージ 30「参道」













山深いところへ入ってゆきます。
冬は相当寒いんでしょうね。
イメージ 31「参ロード」













ただひたすら、マイロード

3参る。
イメージ 32「3参る」














ここらあたりから一気に雰囲気が変わってきます。
霊験あらたかな雰囲気が出てきて、
やや肌寒ささえ感じます。
イメージ 34「参ロード」














イメージ 33「参ロード」













近づいてきます

750年以上も前の話なんですね。イメージ 35
「参ロード」













やったー。ゴールです。
イメージ 36「4参る」













結局、雨の中、1.6Km(1参る)X4で6.4km近く歩きました。
いいただ住まいです。
イメージ 37「門前町」













イメージ 38「門前町」













この坂を登ると・・・ついに
イメージ 39「門前町」













でました。憧れの「永平寺」。
イメージ 40「永平寺入口」














曹洞宗大本山 永平寺
イメージ 41「永平寺入口」













イメージ 42「永平寺入口」













日本曹洞宗第一道場
吉祥山永平寺

春は花
夏ほととぎす
秋は月
冬雪さえて
すずしかりけり                   いいですね。

参拝者の心得です
イメージ 43「入口」













そしていよいよ
イメージ 44「入口」














入ってすぐに大きな地図があります。
広いですねー。
イメージ 45「入口」













ここから始まりです
まずは通用門から
イメージ 46
「通用門」













イメージ 47「通用門」














拝観料を払った後、「総受所」に行きます。
イメージ 48
「総受所」













イメージ 49「総受所」













ここで、参拝の心得や、永平寺の説明、雲水の生活などについて
説明があります。
以下、頂いたパンフレットから。
「永平寺は、今から約770年前の寛元二年(一二四四)道元禅師
によって開かれた坐禅修行の道場です。
境内は三方を山に囲まれた深山幽谷の地に大小七〇余りの
建物が並んでいます。
永平寺を開かれた道元禅師は正治二年(一二〇〇)京都に生まれ、
一四歳の時比叡山で出家し、二四歳の春中国に渡り、
天童山の如浄禅師について厳しい修行をされて、お釈迦様から
伝わった「坐禅」という正しい仏の教えを受け継がれて日本に
帰られました。
初め京都に道場を作りましたが、寛元元年(一二四三)、波多野義重公の
要請も有り越前の国(福井県)に移られ永平寺を開かれたのです。
現在は曹洞宗の大本山として、僧侶の育成と檀信徒の信仰の源と
なっています。」

続いて「傘松閣」の2階にある大広間に行きます。
「さんしょうかく」と読みます。
156畳の大広間です。
イメージ 50「傘松閣」













イメージ 51「傘松閣」













天井には、昭和5年当時の著名な画家144名による230枚の
花や鳥の絵が描かれています。
イメージ 52「傘松閣」













一番奥には「達磨大師」の絵が
禅宗って感じです。迫力があります。
イメージ 53「傘松閣」













そしていよいよ永平寺の中身に入ってゆきます。
基本的には、七堂伽藍という七つのお堂が中心になります。
「山門」「仏殿」「僧堂」「庫院」「東司」「浴室」「法堂」の7つです。
これらが、山の斜面に並んでいるわけです。

では下の方から
「山門」
イメージ 54「山門」













と行きたいのですが、残念。「山門」を外から取り損ねました。
「山門」の中から、「中雀門」というのを撮影してます。
イメージ 55
「山門→中雀門」













山門には、仏教の守護神である四天王
持国天(東)、増長天(南)、広目天(西)、多聞天(北)が
飾られています。
イメージ 56「山門」













イメージ 57「山門」













「山門」から今きた廊下を撮影。
本当に塵ひとつなく、ぴかぴかです。
イメージ 58「山門」













「山門」と「中雀門」の間
イメージ 59「中庭」














綺麗な階段を登っていきます。
イメージ 73「階段」














七堂伽藍ではありませんが、威厳のある「中雀門」
イメージ 60「中雀門」













イメージ 61「中雀門」














「中雀門」の内部です。
廊下はぴかぴかです。
ここまで綺麗だと、本当に心洗われます。
いい絵ですね。
イメージ 72「中雀門」














そして、階段を登ると
「僧堂」です。
イメージ 62「僧堂」













イメージ 63「僧堂」













イメージ 64「僧堂」













「僧堂」、「雲堂」、「坐禅堂」とも呼ばれる建物。
坐禅、食事、就寝に至るまでの修行の根本道場です。
ちょうど前を通りかかったら、雲水が大勢出てきて、
上の方にお経を唱えながら上がっていきました。

実に荘厳だったので、本当は撮影したかったのですが、
雲水にカメラを向けるのはご法度のなので我慢しました。

続いて「僧堂」と同じ高さで対面にあるのが
「庫院」です。
イメージ 65「庫院」













イメージ 66「庫院」













いわゆる永平寺の「台所」です。
食事をつくる、食事をするのも修行なのです。
イメージ 67「庫院」













「庫院」前にありました。
食事の時間かなにかを知らせるのでしょうか。
イメージ 69「庫院前」













続いては
「仏殿」です。
イメージ 68「仏殿」













イメージ 70「仏殿」













重厚感があります。
中国宋時代の様式で、二重屋根で、床は石畳となっています。
美しい。
イメージ 71「仏殿」













中央の須弥壇には本尊の釈迦牟尼仏が祀られています。
おごそかです。

日田のたび2

つづき。
ひたすら387号線を北上。
イメージ 1
「387号線3」
面白い形の岩が飛び出ています。
 
イメージ 2
「387号線4」
岩と紅葉。無機質な岩も、紅葉に囲まれると有機的になります。
 
イメージ 3
「387号線5」
陽光があればさらにいいのでしょうが・・・
 
イメージ 4
「387号線6」
陽が当たるのと当らないのとでは大違い。
紅葉は天気でないと、その美しさが引き出されないですね。
京都などの、建築物等にある紅葉はまた違うのでしょうが、
このような大自然の紅葉は陽光がないと・・・
その点、桜を愛でるより難しいですね。
 
イメージ 5
「387号線7」
お日様最高です!!
 
そして、日出生台陸上演習場近くの、387号線のおそらく最高地点近くと思いますが、左手にさぁーと景色が広がります。
こちらも、大感激なのです。
 
イメージ 6
「387号線8」
写真では伝わらないかもしれませんが、絶景なのです。
10分くらい待っていたら、幸い、太陽も出てきました。
本当に、岩が紅葉の中を連なっている様は絶景です。
 
イメージ 7
「387号線9」
何山になるのでしょうか?向こうにそびえる山も、インパクト大です。
 
イメージ 8
「387号線10」
長い時間この場所にいましたが、残念ながら、太陽が出たり出なかったりで、あまりいい写真が撮れませんでした。
でも、本当に景色が良かったです。
残念なのは、この場所。特に展望空間もなく、車で通る人はおそらく素通りです。
ここは絶対カメラポイントだと思います。
 
イメージ 9
「387号線11」
天気がいいといいですね。
青い空とのコントラストがいいです。
 
イメージ 10
「387号線12」
一見普通のきれいな風景ですが、
写真中央やや左の岩が、
 
イメージ 11
「387号線13」
通称、「男岩」というそうです。きゃーー。
 
イメージ 12
「387号線14」
まだまだ、続きます、紅葉街道。
 
イメージ 13
「宇佐院内町」
院内地区に入ります。
ここからも絶景ポイントがありました。
 
イメージ 14
「宇佐院内町2」
結構標高の高いところを自転車が通るのですが、そこから眼下に民家を見下ろせるのですが、それがきれいなのです。
 
イメージ 15
「宇佐院内町3」
きれいです。こんなところにまで日本人は住んでいるのですね。
「宇佐のマチュピチュ」と案内がありました。
ちょっと、それは言い過ぎのような気がします。
 
イメージ 17
「宇佐院内町4」
この景色を見ながら、自転車で降りてゆくのは快感でした。
 
 
イメージ 16
「宇佐院内町5」
院内町にもいたる所にアーチ式の石作り橋があり、観光のウリにしています。
 
このあたりになると住宅も増えてきて、平坦な道となってきます。
中津に戻って振り返ってみると
イメージ 18
「山なみ」
この山々のどこかを通ってきたのです。
変わった形の山が多いです。
 
イメージ 19
「山国川」
1周してきました。212号→210号→387号。
今日の山国川は昨日と違ってイキイキしています。
 
イメージ 20
「犬ヶ岳」
山っていいですね。
 
イメージ 21
「貫山」
ようやく、帰ってきました。
もうヘロヘロです。
でも、ここから、貫回りをしなくてはなりません。
 
イメージ 22
「貫山2」
貫山を回って、北から望みます。
この景色をみると帰ってきた感じがします。
 
イメージ 23
「月齢11」
月齢11の月が東の空にそっと昇っていました。
 
今回の旅も、大雨にはたたれましたがいい旅でした。
自転車の旅は、すべらんなー。
 
これから、冬を迎えるので、おそらく、遠征は今年最後だと思います。
淋しいような、寂しいような。
 
耶馬溪は久しぶりに行きましたが、天気のせいでしょうか。
むしろ、387号線の旅のほうが、紅葉に心が高揚しました。
「耶馬溪 耶馬溪 人言うが 三八七も いとおかし」
 
「慈恩の滝」もよかったです。
知人に勧められた時は少しためらいましたが、本当に感謝です。
 
まだまだ、この界隈でも、感動するような道が隠れていそうです。
「未知の道 三千ある道に 満ち満ちる」
おしまい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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