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行橋紀行7

つづき。
 
八景山山頂に、護國神社がありました。
イメージ 2「護國神社」1
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
國のために亡くなられた方に対して、祈りをささげて参りました。
こんな美しい國を守って頂き、有難うございますと
 
 
イメージ 1
「護國神社」2
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
神社側からみると、鳥居の向こうに、築城基地が見えます。
今は、第8航空師団の基地ですが、戦中はここから、昭和45年、3月18日、神風特別攻撃隊菊水銀河隊が特攻出撃をしています。8月7日には米軍の空襲も受けています。
その基地を護國神社がそっと見守っている感じが僕にはしました。
イメージ 3「八景山」1
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
葉山嘉樹の碑
社会主義思想にあまり興味ないのでスルーしました。
イメージ 4
 
「八景山」2
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
鶴田知也の碑。
同じくスルーしました。
でも、この片田舎から、堺利彦を始め、思想家がたくさん出たもんだと、そのことには感心します。
 
イメージ 5「長峡川」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
家を出て、8時間くらいの旅でしたが、濃密すぎて、長峡川をはじめに見たのが、昨日のことのような気分です。
天気にも恵まれて、行橋、みやこ地区を満喫しました。
 
最後に、忘れていました。
村上仏山の漢詩。
 
落花紛紛雪紛紛
踏雪蹴花伏兵起
白晝斬取大臣頭
噫嘻時事可知耳
落花紛紛雪紛紛
或恐天下多事兆於此   
 
落花(らっか)紛紛(ふんぷん)、雪紛紛。
雪を踏み、花を蹴りて、伏兵起る。
白晝(はくちゅう)、斬り取る、大臣の頭(こうべ)。
噫嘻(ああ)、時事(じじ)、知るべきのみ。
落花紛紛雪紛紛
或いは、恐る。天下の多事、此に兆(きざ)すを。
 
おしまい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

行橋紀行6

つづき。
小笠原神社の続きです。
イメージ 1「小笠原神社拝殿」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 2
「小笠原神社本殿」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
千木は外削ぎ、鰹木5本。
立派な神社です。
 
イメージ 3
「馬ヶ岳山」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
豊津からみた馬ヶ岳山です。ちょうど、行橋側から真反対です。
こうしてみると、豊津は結構な高台に広がった町なんですね、頂上が近いです。
 
イメージ 4
「峯高寺」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
小笠原家の菩提寺。古い歴史を持つそうです。
先ほどの奥元帥や、岩垂邦彦、小宮豊隆らの墓もあるそうです。
 
豊津を後にして、近くの八景山公園へ。
まずは、
イメージ 5
「甲塚古墳」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「かぶとづか古墳」。豊津の丘陵地には、6世紀から7世紀前半にかけての古墳が数多く存在しています。特にここ、甲塚周辺には、やや大型の直径20−30m級の円墳が集中して見られます。
この古墳は6世紀後半に築造された、九州最大級の方墳だそうです。
ロマンを感じますね。
 
八景山山頂に、護國神社がありました。
 
つづく。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

行橋紀行5

つづき。
 
豊津といえば、豊前の国府が置かれていたところ。
前回の旅で、国府跡は行ったので、国分寺跡に行ってみました。
 
「国分寺」1
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
国分寺は、奈良時代に聖武天皇の勅願(741年)により、全国の国ごとに設置された国立寺院です。僧寺と尼寺の二院制がとられましたが、当時各地で疫病が流行し、不作が続く中で、仏の力にすがって平安な国家にしてゆきたいという願いが込められていました。
国家から手厚い保護を受けました。当時最先端の技術で造営された国分寺は建物の先進性はもとより、仏教の教義を説き広める意味から、その地方の文化の中心的な役割も果たしました。
イメージ 1
「三重塔」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
九州にいて奈良気分が味わえるなんて、素敵ですね。
イメージ 2
「三重塔」2
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
美しいです。青い空に映えます。
イメージ 3
「三重塔」3
 
 
 
天平の
屋根の向こうの
うろこ雲
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
青と朱のコントラストが絶妙です。
 
続いて、育徳館高校の思永館講堂です。
イメージ 4
「育徳館黒門」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
小笠原藩が、長州戦に敗れ、豊津に移った後、ただちに藩勢再興を子弟の教育に託すため、藩校を設けました。
この門は、その藩校(育徳館)の校門です。
育徳館からは、優秀な人材を輩出しています。
藩校時代には、岩垂邦彦(日本電気−現NEC−創業者)、奥保鞏(陸軍元帥−日露戦争では第2軍司令官として活躍。戦後は参謀総長に。)、小川又次(陸軍大将−に奥保鞏の盟友、日露戦争では、奥司令官のもとで、第4師団長として活躍。)など。
それ以降も、小宮豊隆(夏目漱石の弟子、小説「三四郎」のモデル。)や、杉山元(陸軍元帥、陸軍大臣、教育総監、参謀総長を歴任。)、堺利彦(社会主義思想家)、などなど。
校風がなせる業なのでしょうか。
イメージ 5「思永館」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
育徳館校内にあります。
イメージ 6「小笠原神社」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
小笠原家藩主をまつる神社です。
長州人の僕がお参りしてもよいのでしょうか?
 
つづく。
 

行橋紀行4

つづき。
イメージ 1「馬ヶ岳山」
 
 
 
 
 
 
官兵衛も
見下ろしたるかな
秋豊前
 
 
 
 
 
 
 
なんて、完全に頂上に登りきった気分で、一句 詠ったりしたのですが、実はここ、頂上でありませんでした。
もっと道がありました。
残念。
頂上気分を返してほしいです。
 
結局、馬ヶ岳山の2つの峰のうちの1つに登って満足していたみたいです。
もう1つの峰の方が、頂上でした。
 
もうひと踏ん張りして、
 
 
頂上です。
イメージ 2
「頂上」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
大河ドラマ効果でしょうか。とにかく人が多かったです。
すれ違っただけでも7、8組いました。
日ごろは、ほとんど誰も登らないでしょうに。
その時も頂上に団体が10人くらいいて、お弁当を食べていました。
 
また、頂上は周囲に結構、木が生えており、さっきのニセ頂上の方がパノラマ度はよかったです。
ただ、頂上には、新田氏の表忠碑が立っていましたので写真におさめました。
イメージ 3
「新田氏表忠碑」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
馬ヶ岳城は、942年に源経基(つねもと)が築いたと伝えられ、新田氏などの歴代城主の伝承が残されていますが、確かな記録から歴史がたどれるのは室町時代の1405年からとのことです。
今に伝わる古文書からは、馬ヶ岳城が豊前地域の戦略上の重要拠点で、さまざまな勢力の攻防の舞台であったそうです。特に中国地方を拠点として大きな勢力をもった、大内氏や毛利氏、豊後を拠点としていた大友氏などが、豊前地域の支配をめぐってこの城の争奪戦を繰り返していたそうです。
重要な城だったんですね。
イメージ 4
「馬ヶ岳山」
 
 
 
 
馬ヶ岳
ほら貝高らか
秋の空
 
 
 
 
 
 
 
 
 
そういえば、この山。14日、行橋市や築上町を自転車で走りましたが、常に遠くから見えます。戦略的に重要な場所にあったのですね。
今まで、気にならなかった山ですが、これからは僕にとっても重要な山になりました。イメージ 5
「馬ヶ岳山」2
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
1586年、天下統一をめざす秀吉は、停戦命令に従わない島津氏の征討を決定し、官兵衛を軍奉行とした部隊を九州に送ります。当時馬ヶ岳城主であった、長野三郎左衛門が、秀吉方に服属したことから、馬ヶ岳城は秀吉の勢力下に置かれました。
翌年には、秀吉自ら遠征軍を率いて九州に上陸。馬ヶ岳城に2泊しています。その後、秋月を経て、島津攻略に向かい、九州平定に成功しております。
 
九州平定後、秀吉から豊前6郡(京都郡・仲津郡・築城群・上毛郡・下毛郡・宇佐郡)、約12万石を拝領した官兵衛は、最初、この馬ヶ岳城を居城とします。官兵衛がこの城を居城としたのは、古くからこの城が豊前支配の拠点であったことと、豊前南部に黒田氏の支配を不服とする宇都宮氏など地元勢力がまだ多くいたためだとされています。
官兵衛と長政親子はここを拠点に、抵抗する地元勢力の平定を進めました。
1587年の末には、黒田氏と宇都宮氏が和睦し、豊前南部の情勢もようやく安定しました。おそらく、この頃、黒田氏は馬ヶ岳城から中津の地へ拠点を移したと考えられているそうです。居城が中津城となった後も、馬ヶ岳城は支城として黒田氏の領内統治を支えました。
 
面白いですね。
非常に楽しく、勉強になる登山でした。
 
下山後、すぐお隣の、みやこ町の豊津に足を延ばしました。
 
つづく。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

行橋紀行3

つづき。
 
イメージ 1「馬ヶ岳山登山入口」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
登山開始です。
イメージ 2
「登山道」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
比較的なだらかで、所々、セメントで階段が作られていたので、歩きやすかったです。
イメージ 3
「官兵衛岩」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
手前から、「又兵衛岩」「官兵衛岩」「太閤岩」と記されています。
この「官兵衛岩」に触ると、勝負事に強くなるというジンクスがあるそうです。
なにを馬鹿なことを。と思いつつ、右手が伸びていました。
イメージ 4
「行橋市街方向」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
もう、絶景。馬ヶ岳山大好き!日本大好き!地球大好き!
っている感じです。
イメージ 5
「豊前市方向」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
無言・・・
イメージ 6
「平尾台方向」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
無言・・・
イメージ 7
「英彦山方向」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
360度のパノラマです。216mの山ですが、景色がいい。
 
登ってよかった。いや、生きててよかった。
 
つづく。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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