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なにかたべたいとおもわない。
なにか考えたいともおもわない。
なにかを待ちたいともおもわない。
なにかなんて知りたいともおもわない。
なにかってなに。
その「なに」という問いこそがしてはならない行為なのである。
休みじゃないけど、休みにしてみた。
なのに、結局なんだかんだやっている自分がイヤでたまらなくなった。
猫は居心地のいい場所で昼寝をしている。
あたしは寝ることも、たべることも、本を開くことも、映画のdvdを観ることも、
テレヴィジョンをつけることも、ヒトと話すことも、なにかするという行為を
一切停止して、数時間過ごしたが、
結局、なにかしたくなって、なにかをしはじめる。
好きじゃないことをやろうとして、
好きじゃないことを考えるように努力したけれど、
虫酸が走る思いで、
気付けば、なぜか手を見つめている。
ふと、傷ができているのに気付く。
いつこんなところにかすり傷を作ったんだろうと、
記憶を辿っているうちに、30分が絶ち、
その記憶探しもどうでもよくて、
もう暗くなるから、お酒を飲んでもいいですか?と
だれにお伺いをたててみる。
誰に?
猫か。
いや、誰でもない誰か。
そこにいない誰か。
遠くにいる誰か。
ああ、愉快な仲間たちと杯を重ね、酔いしれたい。
そんなこんなをぼんやり思っているうちに、
また夜がやってくる。
夜は怖い。
だけど、
寝る瞬間だけは好きだ。
しかし、いろんなとこで愉快な仲間たちと酔いしれた日々は
写真で眺めるところで、
とくに楽しかったんだとかはあまり感じられない。
写真から想像する記憶、或いは、幻だとか、妄想の方が
数倍愉快だ。それにしても、記憶がない写真が数枚ある。いつ誰が写したんだろう。
あるひとが云う。
わらっていてほしいと。
悲しい顔とか苦しそうな顔とか、切なくなるらしい。
そんなこと言われても、アタシだって人並みにいろいろある。
あるけれど、多分笑っていないとなにかが崩れてしまいそうだから、
極力笑っていようとする。
感極まって理由のない涙がこぼれるときがある。
こぼれたミルクに泣かないで。 そんなときは、もうすでにときおそし。
そうだ。久々にのら猫電視台から昔の動画をアップしてみた。夏休み特番。なわけでもないが。
夜が怖いアタシでも、
愉快なトモダチと飲む夜は好き。
ひとり歩く夜も。
のら猫のいる路地裏も。
馴染みの店で
記憶をなくす夜も。
夜は優しい。
我が儘で気難しいアタシに
みんな笑顔で
付き合ってくれる。
早く会いたい。
いったいいつ南へゆけるんだろう。
来週は沖縄も旧盆入りする。
アタシもその場にいたい。
逢いたいあの世のひとたちがいる。
ところで、昨夜は死者を呼ぶに強くノックをしたわけだが、
どうしても今逢いたい方がひとりだけいて、
なんとなく、ひとり止まり木で、傍らにその方がいるんだって気配を
妄想しつつ飲んでいたら、
本当にいるような気分になった。
懐かしい声、笑顔、匂い、グラスの置き方、まなざし、着こなし、
その方の佇まいのすべてが好きだった。
でもよく知らない方でもあった。
よく知らないから、とても好きだったのかもしれない。
アタシもはやくそっちへゆきたい。
そっちにゆけば逢えますか?
逢えなくても、アタシの中で、その方は永遠だから、いいか。
それにしても、酒が弱いくせに、昨夜はその方と数軒ハシゴ酒をした。
ドゥマゴで待ち合わせをして、中級ユーラシア料理店にゆくはずだった。
でも、その方をよくお見かけしたのが、青山通りだったから、
青山通りまで行ってみた。
そこから擂鉢の坂を下って、ふらりハシゴをして、
行き先のないバスを待った。
後ろ姿でその方は手を振った。
アタシも振り向かず背中で見送った。
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ありがとうございます。今後共よろしくお願い申し上げます。
2013/8/19(月) 午後 11:37 [ のら猫小路 ]