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朝からずっと同じ歌詞がループする時がある。
昨日もずっとこの部分だ。
ぅおー タイア イエローリボン ラウン ディ オーークトゥリー
イッツビーン スリーローングイヤーズ ドゥユー スティールウォンミー♪
イフアイ ドンシー リボン ラウン ディオークトゥリ
I'll stay on the bus ,forget about us, put the blam on me
イフ ドン シー イエローリボン ラウンディ オーーークトゥリー♪
で、なぜか突然思い出したのが、元ネタのDawnのじゃなくて、
アメリカンパロディシアターのひとつのスケッチのワンシーン。
この黒人ソウルを失ったドンが歌うこのシーン。
なぜなんだろう。
それは地下鉄に乗っている間も
メールを打っている間も
試写室に入って映画を観ている間にさえもちらりちらりと。
ボリュームを誰かが自在に強弱しているよう、
とぎれとぎれだったり、フルテンだったり。
ずっとその部分を繰り返し繰り返し、
耳の奥から聴こえてくるのであります。
(一応元ネタも)
落ち込んでいる時に、なんでこういう能天気な歌い方を思い出すのかがわからない。
まあ歌詞は例のあれですが、10代の頃に読んだ米文学を思い出したり。
酔いどれ作家の数々。ピート・ハミル。『ニューヨークスケッチブック』。
ニューヨークかあ。いつか行けるんだろうか。
そう思っていたら20代の始め頃、ホントに行けて、
酔いどれ作家には逢わなかったけれど、酔いどれ映画学生たち、愉快な酔いどれたちには
たくさん出会えて、パリにはかなわないけど、わりといい街だったなあ。まだ911の前。
ニューヨークで酔いどれながら書く気分って
どんなんかなあ、とか妄想してみたりして。
50年代くらいのニューヨークがいいね。
で、50年代のアメリカといえば、
なぜか突然、フルートグラスじゃないパーティーグラスのシャンパンが似合う
マリリン・モンロー。
彼女がアーサー・ミラーと結婚していた時代が
個人的には一番好きだったのですが、
そうでもないかなとハタと気付き、
それから朝から耳の奥から聴こえていたあの能天気な歌が、夕暮れ時、
これにかわったのです。
おーるおーぶみー ほわい のっとていく おーるおぶみー
きゃんちゅーしー あいむ のーぐっど うぃざうとゆー
ていくまいりっぷ あい うぉんと るーずぜむ
ていくまいあーむ あいる ねばー ゆーず ぜむ
よーぐっばい れふっみー うぃず あい ざっと くらい
はう きゃんない げっと あろんぐ うぃざうとゆー
よーとぅっくざ ぱーと ざっとわんすわずまいはーと
そー ほわい のっと ほわい のっとていく おーるおぶみー!
とまあ、いろいろループする曲ってそんないつもあるわけじゃないんですが、
映画や絵画を観たり本を読んだり、或いは誰か興味深い人やある情景から
突然曲が耳の奥から流れてきて、ループ再生することあります。
で、こないだ、昔やった村山由佳原作のラジオ劇のデータをデジタル化していたのですが、 これもピアノ曲とか使われていたと思いきや、そうでもなかったと。
グールドのバッハとかなかったっけかなと。
でまあ、あらためてヘッドフォン再生してそのラジオ劇を聴いていたら、
ラジオ劇はいいなと。
生々しい演劇は嫌いだし、
映像化することで、原作から離れてゆくモノもあるし、
いやなによりも、音だけの世界の、耳から入ってくる世界の
独特のエロスがあるわけです。
ああ、でも耳が聴こえなかったら!ということも想像します。
なんにも聴こえない世界。
あなたの云っていることや
草木のざわめきや、
潮騒の音も、
ピアノの音も、聴こえないのです。
でも、イヤな音も聴こえないのですよね。
例えば、耳の聴こえないあなたと
目の見えないなあたし。こういう関係の場合、ふたりしてどんな対話をするのだろう。
んん。これは深く想像してしまうなあ。
で、ふと思い出したこと。
そうだよ、最近がっつり朗読やってないじゃないか。
声にして本を読む。
案外いいもんです。
いつかアタシにとって一番敬愛する作家の本を声が枯れるまで
読んでみたい。
ふふん、まだ耳奥からはなんの歌も聴こえてこないぞ。
ほっと、ちょっと幸せな土曜日。
ソダーバーグ。これでとりあえず映画引退作らしい。
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これも朗読版やりたいものだなあ。
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