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四十九日で東京に8日間いた。私はまだ母が他界したという実感がない。納骨も終えたのに。父のときのようにワンワン泣けなかった。息を引き取ったのが急だったから、あまりにもあっけなくて、信じられない。
納骨の日、朝テレビをつけたら、天皇陛下が写っていた。私は目はそちらを向いていたかもしれないが、ちゃんと見てはいかなった。涙が出てきた。ダンナが驚いて、「おまえは天皇を見て泣いているのか?」。そんなワケないでしょ!
「今日はお墓に行く日だから」。私はそう言った。
昨晩北京に着き、一足先に北京に戻ったダンナが車で迎えに来てくれて、アトリエに行く。遅いのですぐ寝る。今朝、まだベッドにいる間、涙がこぼれてきた。
「どうしたんだ?」。「父母都不在了」。
「俺がいるじゃないか。息子もいるし、娘もいる」。
「baba妈妈也在」。
自分から言った。お義母さんお義父さんもいるんだよねと。
家族がいてよかった。俺様全開のダンナであっても。ゴミを拾って来るような姑であっても。
私は同居していないわけだが、ばあさんはダンナのために朝まず果物を剥いてテーブルに置く。私がいる日であってもそうしてくれる。これは今朝。
昼は锅烙だった。ダンナが出張で12時には家を出ると言うと、じいさんばあさんは11時には準備を終えていた。有難い。
私は中国に入国するたびに、翌日には絶対派出所に行って、住居登記をしないといけない。住所登録が市内なので、郊外のアトリエから帰ってきた。
一人だ。子ども二人が寮に入っているから、一人暮らしだ。昨秋から、特に今年からご飯を作る気にならなかった。炊事だけでなくて、字もあまり書いてない。気力がまったくなかった。
それが嘘のように、今はしっかりしようと強く思う。心身ともに元気であることを、実父母にも義父母にもしっかり見てもらいたい。
じいさんばあさんには長生きしてもらわないとな。
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2019年04月16日
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