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自転車でわれら3人は「知事官邸」へ。途中、ガチャガチャを見る。遠くから見ただけ。
1900年に建てられた、元台南県知事官邸で、日本の皇族が外出したときの「御泊所」でもあった、知事官邸到着。実際、1923年に裕仁皇太子(後の昭和天皇)が宿泊された。公式サイトの日本語はここへ。これまた日本人がチェックしてないパターン?
この建物の手前、左手に今も残っているが、平屋の家がある。以前はこんな家がたくさんあって、ごちゃごちゃしていたらしい。
後ろには知事官邸のようなマンション。似せた?
中に入る。明治33年って書いてある。
上を見る。
入って来たドアを振り返る。一階は林百貨で売っている雑貨を含めて、かわいい商品の店とカフェ。
二階へ上がると、家具等が売っている。
奥は皇太子がお使いになった部屋を公開している。
二階からガラス越しに外を望む。林百貨を2014年にリニューアルオープンさせた「高青開發」という会社が2015年にここも手がけたという。
自転車で書道用品店「宝源荘」へ。
筆墨紙硯なんでもあった。印材(篆刻用の石)もいろいろあった。でも、特に欲しいと思うものはなかった。
台南駅がとても近い。昔の上野駅っぽいな。
ホームへ。 電車から自動車教習所を望む。
台南終わり。
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2019年02月09日
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ばあさん、じいさん、義弟、嫁の4人で出かけるという。車は5人しか乗れず、みなが娘を誘う。娘、断る。私を誘う。なんとなく断る。娘が「ネタになるから行ってきなよ」。ネタという単語が美しく響き、私の背中を押した。
私が「行く」と言うと、ばあさんが「今日のお昼はお寺で食べるんだよ」。え?それは楽しみだ。そしてそれを知っていた娘が行かない理由は「肉がない」(おいおい)。
まずは「八里橋市場」。通州区で一番大きい市場で、日用品を売っている方は閉鎖されてしまった。食べ物を売っている方へ行く。義弟は明日広州へ帰るのだが、広州の羊肉は美味しくないので、買って帰りたいという。「牛羊肉庁」の中に入る。
開いている数少ないうちの一つをのぞく。
一斤40元。弟は378元も買った。それ持って飛行機乗るんだよね。横に骨があるのを見て、ばあさんが「これちょうだい。犬にあげるから」。肉屋は骨は要らないから無料でくれる。ここでの買い物が終わったので、出口の方へ向かう。ばあさんだけ戻る。
何をしに行ったのかと思ったら、買ってもいない肉屋から骨をもらってきた。そりゃ〜くれるけど、そこまでしてもらわなくても。
ちなみに家に着いて、その骨をまな板の上に置いて、わずかだが付いている肉をこそいでいた。ビバ、ばあさんスピリット。
野菜売り場へ。売る人はほぼいた。 いないところは「300元で一日場所貸します」って。
市場を出て、真面目な仏教徒の嫁に付き合って、「佑勝教寺」へ。車に乗って、嫁が私に「有湿巾ma?」と。肉を触ったから、お寺に入るまでに、王新(義弟)の手を拭いてあげたいと。 着いた。
皇帝が使う皇木が展示されている。2005年に運河から出土された。 3本あって、長いのは10m。400年も川底に眠っていたと。 中に入ると、とてもやかましい。ステージでは高音の、老人が好きそうな歌を歌っていた。観客10人。最高気温がマイナスの日だから、外で歌聴くの至極辛い。
これは斜塔じゃないからね。私が曲がっているだけだから。その名も「燃灯塔」。
仏教徒の習慣に従い、この塔の周りを三周歩いた。 すぐ横に「大運河」の表示。
そのすぐ後は運河ではなかった。こんなふうに緑のシートで覆われている。「塔から運河が見られたらそれはロマン」とコメントされたが、塔は上部にドアがあるのに下に入口がない。塔の外側もずいぶん修復されていて、興ざめ。
昔の地面がガラスで覆われて、見られるようになっている。
お寺で施される食事へ。真面目な仏教徒は嫁だけ。その他4人一緒に食べに行っていいのか?ばあさんは家では賽銭箱に10元くらいあげればいいと言っていた。でも車の中で「1元ある?それ入れて!」と。お賽銭、食事までして1元?ケチにも限度が! ばあさんの見ていないところで、私はこっそり多めに差し出した。
お寺の食事は初めてだ。ただお参りに来ているだけの人にはわからない場所にある。とにかく外が寒いので、わてら5人、食事の場所へ行って座っていた。11時半にお坊さんが来て、お経をあげ、みなで食事開始。お椀が二つあって、一つにご飯。もう一つにおかず。ご飯のほかに、マントウ等も配られる。私と嫁は要らないと言い、ばあさんは一つもらった。
食べ終わった頃にスープを配りに来る。おかずが入っていたお椀に入れてもらう。そのあと、りんごとお菓子も配られたが、それは春節だから特別にあるという。
ばあさんがマントウを指して、「ほら、アナタ達食べなさい」。いやいや、ご飯で足りるから貰わなかったのに。自己責任でお願いしたい。嫁が「持ち帰ってもいいんですよ」と言うと、ティッシュに包み、ばあさんは手ぶらだったので持たない。私に「カバンに入れなさい」と。えええ?私が持つのか。
食べ終わって、お椀とお箸は自分で洗う。厨房の床に大きなたらいが三つあった。一つ目は洗剤とスポンジが置いてある。二番目ですすいで、三番目で最後のすすぎ。そのまま食器棚に入れる。洗剤がどのくらい取れているのか甚だ疑問。
食堂の壁には何箇所にも「止語」と書いて貼ってあった。しゃべるなという意味だ。しゃべらないことで、食べ物があることに感謝する気持ちは高まる。こういう時間が持ててよかったと思う。
帰途へ。嫁が義父母に「毎日お昼も夜も食事はあるんです。いつ来てもいいんですよ」。ここに来るとしたら、じいさんが車を運転してくることになる。ばあさん「不够油銭」。ガソリン代がもったいないという意味だ。ばあさん、そんなこと言ってると、地獄に落ちますよ。
今日のごはんを「齋飯」という。「齋」は菜食を意味する。嫁は菜食主義者だ。じいさんが帰りの車の中で「坊さんは本当に肉を食べないのか」。食べないわ。
日本のお坊さんが肉食べるどころか、結婚していることにビックリする中国人は多い。
今晩は餃子。初五(旧暦一月五日)は餃子を食べる習慣がある。ここのうちも進歩したなと思う。15年くらい前は正月は毎日餃子だったもんね。私自身は今日で正月が終わったような気分だ。
娘と私は今晩から市内へ。
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