y嫁姑舅

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(これは8月22日にアトリエで書いた。でもその後、パソコンが壊れちゃって、今日やっと開けた)
 
 日本から北京に戻ったその日、アトリエに着いたら夜中の12時近かった。ドアを開けると、義妹がいて「トマトジュースができたばかりなの。まだ熱いんだよ。飲む?」と。そのときとっさに頭に浮かんだ、世の中で要らない物3つ。タバコ、ゴキブリ、トマトジュース。トマトは生で食べればいい、トマトジュースはおいしくない、私はそう思う。「疲れているからすぐ寝たい」と断り飲まなかった。
 
翌朝。私の大っ嫌いな朝がやってきた。「自分が何もしなければ嫁が朝ご飯を作る」というばあさんの暗黙の知恵(策略とも)により、朝ご飯は私の担当だ。めっちゃ憂鬱。成田空港のヴィ・ド・フランスで食パンと菓子パンを買って来てあって、私ならそれにコーヒーでもう十分だ。でも中国人の皆さんのために朝から炒め物を作る。トマトと玉ねぎを入れた卵炒め。そして拍黄瓜(たたきキュウリ)。先進国ニッポンのパンをヤツらにあげるのは心が痛む。だってこの美味しさは理解されないんだから。それで冷蔵庫に入っていたマントウを温めてそれも食卓に出した。
 
昼。義妹が作った。なぜか異常に味が薄い。薄すぎる。私と子ども二人、箸が進まない。食後、私は深く思う。ここは私のいるところではない。とっとと去ろう。じじばばに「静香が受けたピアノの検定試験の結果をもらいに行かなきゃいけない」と言う。それは本当のことだった。まあ翌日でもよかったんだけど、午後3時頃にはアトリエを去った。じじばばは建築で忙しいので、最寄のバスストップまで送ってもらい、市内へと向かう長距離バスに乗った。乗って5分。私のケータイが鳴る。ダンナからで「今うちに着いた」。「え?うちって?」。「アトリエ」。はっ?出張に行って、戻るのは数日後のはずだったんだけど、もう北京に戻った???
 
ダンナはその日私らが市内に一泊してすぐアトリエに戻ってくると思った。そうは問屋が卸さないってんだよ。もうアナタ達との食事はイヤです。何が不便って買い物。市内にいれば肉でも野菜でも買うのに困らない。でもあそこは農村。野菜の種類も少ないし、肉は……買ったことがない。市内に3泊し、しぶしぶアトリエに戻ってきた。それが昨日。雨だったので、アトリエ建築は中止。大工さんは来ないという。でもばあさんは現場に張り付いていると。「何か盗まれると困るから」。はっ?一日雨の中、ばあさんはずっと建設現場の掘っ立て小屋で見張り番。毎日夕方から朝までは見張り番を雇っているんだと。
 
じいさんは犬のえさを買いに行ったり、車を修理するとかで不在。ダンナは展覧会の準備で不在。私と子どもでずっとアトリエにいた。そこへ電話。「アタシだよ、アタシ」。あの声はばあさんの妹。「もうすぐ門を叩くから開けてね」。15分くらいして犬が盛んに鳴く。門を開けると見たことのないおじさんが一人。知らない人が家に来たら家へはあげない。それは小学生でも知っている。でも「親戚の誰かに違いない」と確信し、門を大きく開く。その人はまるで自分の家にでも入るように、ずんずん中に入ってきた。
 
アナタは誰ですか?と聞くのも失礼なような気がした。そしたら向こうから「いつ北京に戻ったんだ?」。「17日です」。「そうか」。一応お茶も入れた。「お父さんはいつ戻るんだ?」って聞くから、じいさんのケータイに電話すると、ばあさんが出た。そのおじさんが「啊!二姐」と言った。ばあさんが二姐(二番目の姉)ってことは、そうか、ばあさんの妹のダンナか。数年前再婚して…あ、一回会ったことあるな。でも顔はまったく覚えていなかった。
 
 今日の教え:知らない人を家に入れてはいけない(おいおい)。
(おととい昨日より続く。読んでない人は絶対そっちから)
 
ダンナ「ここから一番近い公証処はどこにあるの?」
不動産屋「知りません」
ばあさん「ちょっとぉ!アンタ達が調べてきなさいよ。ほら行って!(中国語で「去去」)←犬追い返すんじゃないんだから。
 
幸い、そこから徒歩範囲で公証処があるとわかる。なぜか私は不動産屋のお兄ちゃんと一緒に行くことに。え?こんな今日で会うのは最初で最後みたいな人と何で二人で?好みのタイプでもないし(おいおい)。時間はもう12時を過ぎていたので、今行っても昼休みなんじゃないか?と思ったが、ここは中国人。電話で問うこともなく、いわば「賭け」に行く。
 
すぐに着いたし、昼もやっていたからよかったが、昼休み中の職員が多いと見えて、窓口は一つしか開いてなかった。30分待ってお腹がペコペコだったので、ダンナに電話して「何時間待たされるかまったくわからない。お昼を先に食べようよ」と提案。「わかった。そっちに行く」と言うので待つ。が、かなり待ってやって来たのは不動産屋の別の兄ちゃんだった。結局1時間待ったとき呼ばれて申請をする。ここでも時間がかかる。「何通必要ですか?」と聞かれて、不動産屋の兄ちゃんがわからないので、会社に電話して聞く。でもわかる人がいない。返事待ち。時間はどんどん過ぎる。が、無事受理される。
 
みんなで昼ご飯を食べるのかと思い、「今、公証処を出たよ」とダンナに電話をすると、ナント、ご足労なさっているアタクシを差し置いて、ダンナもばあさんももう食べ始めていると言う。このバカ親子!!兄ちゃん二人を誘ったが遠慮され、そこで別れてレストランへ。
 
ダンナ「駐車違反だよ。紙が貼られてた」
ばあさん「報銷(払ってもらおう)」
ダンナ「誰に?」
ばあさん「不動産屋。だって私たちをここに呼ぶからよ」
ダンナ「それは無理だ」
ダンナがばあさんよりややまともでよかった。
 
ばあさん「あの夫婦はね、初めは一括払いっていう話だったから売ることにしたのよ。でも最後は分割でって。だからこんなに手続きが面倒なの」
 
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因みに昼食場所は南新倉の「和諧大食堂」。こんな物価の高いエリアで、倹約命のばあさんの目の前でいったい何を注文したのかと思いきや、スープ、餅、炒め物で56元。すごいよ、56元で済ませるなんて(でもここらじゃ安くて美味い店らしい↓
http://www.dianping.com/shop/3121246 東城区東四十条22号南新倉 A-16)。
 
こうして昼食も終わり、ダンナは車で私を市内の自宅へ送り、バカ親子は通州区の工事現場へと戻っていった。これで私の任務も終わったかと思いきや、夜ダンナから電話。「結婚証のパスポート番号と今のパスポート番号が違うから、同一人物である証明を大使館に出してもらってこい」。はあ?1995年発行の結婚証にはダンナの身分証の番号(生まれたときから生涯変わらず)と私のパスポート番号(10年に一回変わる)が記載されている。そりゃ違うわ。えええええ!!メンドくさい。でも行って来て、3日で受領し、不動産会社に提出し、めでたし、めでたし。
 
 
 
「完」。とっとと「完」。絶対に「完」。↑こんなメイワクな話、これ以上「続く」だったら困るわい。
<昨日の記事を読んでいない人は絶対昨日のから読むべし。続きもんだから>
 
ばあさんのハタ迷惑な野暮用が済み、全員で不動産屋へ。なんかたくさん書類がある。書くのが多いのは購入側。不動産屋は「こちらのご主人は今日上海へ出張なので、12時にはここを出ないと」。えええ?じゃああんなに待たせて悪かったじゃない!(と気にするのは日本国籍の私だけ)。
 
購入したのは30くらいの夫婦で、ローンを組むのに学歴証明が必要。ご主人の方の卒業証書があり、うちのダンナが「見せて。どこの大学?」と手に取り、「計算機専業」(コンピュータ専攻)と読み上げる。そして「博士?学那麽多干嗎?」(博士?そんなに勉強してどーすんの?)。これはいっつも言う。娘が習っていたピアノの先生が「大学院を受ける」と言ったときも「学那麽多干嗎?没用!」(そんなに勉強してどーすんの?役に立たないよ)!めっちゃ失礼。
 
私はヒマなので、携帯から友達に電話する。でも全然出ないので切ろうとするのだが、切れない。表示が変わらない。あれ?壊れた?ダンナに「これ見て。おかしいよ」。ダンナがあちらのご主人に「アンタ、コンピュータ専攻でしょ!ちゃんと研究しないからこういうことになっちゃうんだよ」。冗談のつもりらしい。
 
不動産屋がばあさんに「60過ぎてますか?」と聞く。もう満面の笑みを湛えちゃって、「何言ってのよ!(ニタニタ)もうすぐ70だわよ!」。ダンナ「オレが40をとっくに過ぎてんだから、60ってことはないだろう」。一同びっくり。「40過ぎてるんですか?」。「見ろ!この身分証はニセモノじゃない」。言うことがいちいち中国人だ。
 
販売側はあまり書くものはないが、購入側は書くものがたくさん。購入は一括じゃなくて、ローンだから書類は余計多い。ダンナったら、それを見て私に「ほら見ろ。家を買うってことは大変なんだ。この人たち30くらいだろ?学生終わって働き始めて、こんな高い買い物ができるはずがない。だから両方の親から、親戚からかき集めて、ローンでやっと家が買えるんだよ。オレ達の子どもだって大きくなったら、やっぱり家を買う金なんてな。だから親が財産とし1ずつ家をやる。わかったか?今オレがなんで家を建てているか」。おいおい、相手に相当失礼だろう。それより自分を正当化するなよ!
 
私も売る不動産の住所、面積、販売額などを書き込んで、サインして、パスポートと結婚証も提出し、みなさんの書類がすべて揃った。そこへ不協和音が。
 
不動産屋「一つ足りないものがあります。外国人はパスポートを公証する必要があるので、公証してきてください」
ダンナ「ああ?どこの世界にパスポートを公証するヤツがいるんだよ!これは本物のパスポートだ。日本政府を信用しないのか!」
不「公証したくないんですね!」
ダ「違う。筋を通したいだけだ」
不「とにかく規定ですから。外国人の場合みなそうしています。韓国人だったら書類がもっと多いんですよ」
 
「規定」(guī dìng)――それは水戸黄門でいうところの印籠だ。「規定」と言われたら逆らえない。ばあさんがそこですかさず購入側に「費用はアンタ達がもってよ」。私、黙っていたけど、私が払ってもいいような。だって私ったらイ・ケ・ナ・イ外国人――っつか、手続きがメンドくさすぎるんだよ!!!
うちはダンナだけが北京の大学を出て、当時は国で仕事を分配してもらったので、親族の中で一人だけ北京戸籍。義妹がずいぶん前に北京で家を買った。それはダンナ名義。なぜなら北京戸籍向けのマンションだったから。その家をこのたび売ることになったんだけど、奥さんのアタシまで「売ることに同意します」ってサインしなきゃいけない。それである日「明日の朝9時に迎えに行くからな」とダンナから連絡が来た。
 
ダンナは毎日正午に起きるようなヒトだし、郊外から渋滞必至で間に合うんかいな?と疑問だったが、ちゃんと95分くらいに迎えに来た。ばあさんも一緒に。
 
9時という出勤の時間帯で行き先が東二環路(第二環状道路)。予想はしていたが、予想よりもずっと道は混んでいた。何度も何度も待ち合わせしている相手から電話が来て、「今、○○門」とばあさんが告げる。ダンナがばあさんに「で、どこへ行けばいいの?」と。おいおい、普通事前に知っているだろう。ばあさんが電話で聞き、「○○大厦の中国銀行だって」と言う。その○○大厦を通り過ぎ、1階に中国銀行があることも確認する。「待ち合わせは中国銀行じゃないの?」と私が聞いても「わからない」とダンナ。おいおい、だってさっき銀行って聞いたじゃない!耳どこについてんのよ!やがて裏の道に入り停車。着いたのは1015分だったけど、待ち合わせは9時半だった模様。こんなに待たせて普通謝るよね。
 
ばあさん、いきなり皆さんに「もうものすごい渋滞だったのよ」と迷惑そうな顔。おいおい、少しは申し訳なさそうにしろよ!ダンナはダンナで「昨日、いや今日4時に寝た。これ調べられたら飲酒運転だな」。おいおいおいおい!このバカ親子!
 
ダンナ続けて「昨日は○○美術館の館長が来てさあ、あとITの……なんだったかな、そういうのと飲んだんだよ」。だから偉そうにやめてください。そういう話!ばあさんも続けて、「アタシはね、8時に起こしたのよ。でも起きない、起きない」。それ以上しゃべるな、ごるあ!
 
 
購入者、不動産会社、わてら販売者の三者がいて、購入者の口座からダンナの口座に頭金を入金。額が大きいから、時間が非常にかかり、やっと終わって不動産会社へみんなで行こうというときに、ばあさんが「ちょっと待って」と。そのダンナの口座から、不動産の実の持ち主である義妹(ばあさんにとっては娘)の口座に振り込むってワケ。おいおい、これ以上皆さんを待たせるなよ。でも、こういうとき中国人はおおらかだ。みんな文句一つ言わず、待っていた。しかしだな、これがまたものすごい時間を食うの。すべて終わって、ばあさんが「暗証番号忘れちゃったから、解約して、やり直しだよ」。おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!!
 7月某日、帰国するべく北京空港に向かったその朝、5時前に家を出た。だって7時半発の飛行機だったから。今回一緒に帰国しないダンナが車で送ってくれたのだが、毎日工事現場に張り込む(というより、大工さんと一緒に作業をする)舅も一緒に車に乗り込んだ。私がダンナに「お義父さん、寝てたほうがいいんじゃないの?」と言うと、「いいの。ヒマだから」って。
 
 あと10分くらいで空港に着くというところで、ダンナが舅に言う。「お父さん、ここで待ってればいいんだよ。俺が韓国から帰ってくるときは電話するから、電話を受けたらここから空港に向かう」。空港の駐車料金は高いので、駐車時間を減らすための手ほどきをしていた模様。
 
私と子ども、1カ月以上東京に滞在し、いざ北京へ。中国時間の夜10時半に北京空港に着く。ダンナはあいにく北京にいない。そうすると義父に迎えに来てもらうしかない。義父は駐車料金を節約したいだろうから、私が10時半に着くと言ったから、11時頃やってくるかなと思った。
 
最後トランクが出てくるのを待っているとき、義父のケータイに電話したが、何度かけてもつながらない。もういいやと出口から出ると、仁王立ちして待っていた。こういうとき相手が日本人の舅なら「お義父さん、こんな遅くにすみませんねえ」なんて言うんだろう。でも目の前の義父は中国人なので、私の口から出たのは你等了多久?」(どのくらい待ったんですか?)。じいさん回答道「一個小時」(1時間)。えっ?そんなに早くから来なくていいのに!結果、駐車料金は「6元」に。払いながら(って私のポケットマネーだが)「ちっ、6元か」とじいさんはつぶやいた。
 
 多くの北京在住日本人のようにそのまま高速道路をまっすぐ三元橋、東直門方面に進めば迷うこともないが、アトリエの位置が空港より南で東にあるため、途中で行く手困難な道を進まなければならない。「天竺」という表示が見えて、じいさんが「これだ」と進もうとすると、すぐに料金所に着く。「金を払うのはダメだ」とか言っちゃって、バック。おいおい。料金所を前にしてバックするなよ。
 
 そこから前進して、結局10元は払い、ちょっと高速に乗って、すぐに降りた。あたりは真っ暗。息子が「おじいちゃん、道わかるの?」と聞くと、「わかる!」と断言。断言されても信じない私。息子が引き続き質問「おじいちゃん、高速乗らないの?」。 「乗らないよ」。 「あれ?行きはもっと乗ったような……」と私。「乗らない道を知っている」と再び断言。おいおいおいおいおいおいおい「24時間以内に着くんでしょうね」と声に出しそうになった。じいさんは本当に道を知っていたけれど、生きた心地がしなかった。街灯がなくて、歩行者もいない。でもたまーに横断する歩行者を轢いてしまわないかドキドキだった。
 
 夜中の12時前にはアトリエ到着。着いて10分くらいして、ダンナから電話。じいさんが出た。私は「やはり妻や子が心配で電話してきたのかな?」と思ったのに、じいさんは「啊?一会兒到。知道了」(え?もうすぐ着くの?わかった)。誰か来るのか聞くと、「作品を取りに」。「こんな遅くに?」と尋ねると「トラックは昼間入って来られないから」。北京市に入るトラックは制限されているので、夜のみ活動するトラックが多数あり。でも作品をピックアップされるこっちも起きていなきゃいけないのって、結構大変。
 
 私は床に就いた。20分くらいして電話が鳴る。じいさんは庭に坐ってタバコを吸っていたのだが、電話が聞こえないらしく(だから馬鹿デカいうちはイヤなんだよ)、私がしぶしぶ蚊帳のチャックを開けて、眠い声で電話に出る。ダンナが「一会兒到。開門」(もうすぐ着く。門を開けろ)。それをじいさんに告げ、トラックはわがアトリエに入ってきた。
 
 私は無視して即就寝。
じいさんは……働きすぎだ。

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