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旅行四日目。日本へ、北京へ、蘇州へ、それぞれ帰る。私は一人で杭州へ。なんとなく一人で出かけたかった。子どもも大きくなり、私が北京にいなくても大丈夫。なんかこうゆっくりしたかった。
え?自分探しの旅?私は自分が十分わかっている。自分がわからないような人が旅に出たって、やっぱり見つからないに決まってる。
自分では重い腰が上がらないけど、こうやって旅行に誘ってもらって、こんなに遠くまで行くなら、ついでにもう一箇所行こう!と上海から遠くない杭州にした。
ホテルから「老西門」駅まで歩いて、地下鉄に乗って虹橋駅で降りて、列車に乗る。切符をチェックする駅の構内の初めの入口なんだが、私、二回並び直したよ。
中国人は身分証なんだが、私はパスポート。「パスポートの人はあっち」と右側を指差された。右側の列二つが同じようだったので、手前に並んだら、一番右じゃなきゃいけなかった。不親切でわかりにくい。
ネットで切符を買ってあったが、紙の切符に取り替えなきゃいけない。春節前だからどんだけ並ぶのかと心配していたが、並ぶことはなかった。
二階にレストランがあり、朝食を探す。下々の者を見下ろす。
何か買って、列車で食べたい。しかもここならではのもの。紫燕という店の鮮肉月餅というのを一個買ってみた。
さあ、乗るよ。
動く前から食べ始める。これは温かかった。肉が入っていて、なかなか美味じゃった。
車窓から。上海と杭州の間。嘉兴市秀洲区あたり。
21世紀の列車はきれい。昔ながらの「緑皮車」は健在。ただめっちゃローカルなところへ行く等で、なかなか乗る機会がない。90年代初めのほうは、切符なしの人が私の席の真下に寝ていたりして、地獄絵図だった。そんなのも懐かしい。
トイレもこの美しさ!
手を拭く紙まであったよ。ここが中国であるとはにわかには信じがたい(って、おまえの頭は1990年代で止まっているのかと詰問してほしい)。
約1時間で杭州に到着。
<続く>
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y地方、旅行
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保存だけしてあって読んでない記事。ここに記録しておく。さすがに読まないと。ニュースがニューじゃなくなっちまう。新しいのから行く。★は動画。
★皇后乐队吉他手布赖恩·梅、鼓手罗杰·泰勒录制视频 ブライアンメイ様に言いたい。「に〜はおは一声➕四声ではありませんよ」。昨日、『ボヘミアンラプソディー』の中国放映の初日。3秒カットされているんだが、どこだ?
★男子放火烧朋友家3次烧错:因其一年前撸串没买单一年前に食事を一緒にした友人がお金を払わないで逃げてしまい、ずっと恨んでいて、家に放火するという仕返しをした。ところが火をつけた三箇所は別の人の家だった。 ★45岁北京大叔用收破烂留住80年代 45歳はおじさんか(そっちに反応?)。懐かしすぃ〜物を集める45歳。
4歳の息子に車を運転させた、アホな親。助手席には2歳の娘。助手席に乗りたいということを聞かなかったのでと。動画を公開しちゃう神経。
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上海に着いて、タクシーでホテルへ。7人で一つの部屋に泊まり、修学旅行のように楽しもうということで、サービスアパートメントのフレイザーへ。一泊約3000元。
広ーーい。写ってないけど、手前に食卓(テーブル)と椅子。
寝室三つ。これが一番広い寝室。2泊したのだが、あみだで日替わり。私は二日ともこの部屋だった。
ベランダに出る。22階だったかな。高所恐怖症は見ない方がいいレベル。
こっちは真下。青いのはシェア自転車(壊れていて乗れないヤツ)。黄色もオレンジもあったけど、目立たないほど青!
チト休んで、布市場へ。北京在住の奥さん達は布を買って、オーダーで洋服を作るということをよくやっている。私は一度もしたことがない。北京の南に布市場があったが、廊坊に引っ越したりで、もうあまりないらしい。そして、上海にはでっかい市場があるということで行ってみたが、違った? 「南外滩轻纺面料市场(陆家滨路399号)」。
確かに布は売っていた。
しかし既製の服も多くて、上海で布市場というとここではないのかと思った。上海に詳しい人は布市場が本当はどこなのか教えてほしい。
こんな日本の著名デザイナーの洋服も。値段は300〜400元。
外に出たら白タクが寄って来た。私らいかにも外国人観光客だから。無視して、流しのタクシーを拾って「田子坊」へ。私が上海に行くのは15年ぶりくらいで、こういう有名な新しいスポットに行ったことがない。
入口に今なんにんいますよという表示あり。このときは1549人。
春節前だからか、やたら赤かった。漢字の勉強シリーズもあった。
ちゃんと予習して来た人がいて、目的の店卓玛(泰康路210弄7号6室 TEL:54652113)へ。チベット人三姉妹が開く雑貨屋。チベト、ネパール、タイ等のアクセサリーや小物が売っている。
北京の南锣鼓巷はどこ行っても同じようなものがあって、個性がない。つまらない。でもここはそれぞれの店がそこにしかないものが売っているなと思った。
私は買い物しない。物増やさない。買いたいものがそもそもない。
田子坊に陳逸飛(1946年〜2005年。画家)が1998年に使っていたアトリエがあり、見学できる。
この人オークションですっごく高く売れていたんだよね。今調べたよ。
2012年秋季拍卖会上,一共拍出了陈逸飞作品10幅,成交了7幅,成交额3361万元,其中《助妆》以1500万元起拍,终以2425万元成交。
既視感!というか、北京市通州区宋庄鎮の画家村にこんなアトリエいっぱいあるよ。上海のアトリエもこんな感じなのか。うちの豪邸は違うけど。
もう一箇所、日本のガイドブックにあるお店に行きたいという人が探した「上海盈稼坊工作室」(黄浦区泰康路210号田子坊3号118室 TEL:6473-4566)へ行った。ミャオ族の刺繍などが売っていて、刺繍教室も開催しており、日本人の奥さん達が学びに来ると言っていた。
別の出口から出る。
さあ晩御飯だ。誰かが調べてくれた。「妈妈家」(大衆点評)で食べたい。行ってみると、二階もあるが小さい店で、外で番号札を配っている店員(老板?)がいて、大人気だとわかる。私が「7人」と言うと、露骨に嫌な顔をされる。4人掛けのテーブルが多く、隣同士に席をとったにしても二つ分をとるのは大変だからという。丁重じゃなくて雑に固辞。結構ごねたが、番号さえもらえず、そのあたりで探す。
すぐ隣りの老杜味道(大衆点評)へ。
頼んだのが多かったというか、ひとつひとつの量が多い。7人で499元。
街並みは北京と違うなと思う。こういう日本っぽい家は北京にはない。
タクシーでホテルへ。ホテルの近くのスーパーへ行って、翌日の朝ごはんを買ったりした。
<続く>
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泊まった南林飯店は敷地が3万5千平米。うちのアトリエより広いじゃないのよ!(出た!負けず嫌い)
部屋。
字が上手いがどうかは別として(おいおい)、明の唐寅の詩が書かれている。他の部屋も見たが、別の人の詩が書かれていた。せっかくだからこういう中国式のホテルに泊まりたいものだ。外も庭があり、園林式飯店ということらしい(写真はここへ)。日系とか外資系とか、東京で泊まるのと同じようなホテルに泊まりたくない。
朝ごはんはホテル出てすぐのところの「裕兴记面馆」(大衆点評)。
ホテルの周りには小さい和食屋や本屋もあった。
午後には上海へ電車で行くので、半日どこへ観光に行くか。蘇州は庭しかない。庭が複数あって、それのどこへ行くか。前日までみんなで迷って相談して、まずは「盘门」へ。
ホテルのフロントでタクシーを呼んでほしいというと、携帯番号を教えてくださいと。ホテルがタクシー呼べばいいだけだよね。こういうふうに携帯番号を披露するの本当は嫌だが、そんなこと言ってられない。一回に一台までしか呼べなくて、8人なので二回呼んでもらう。短信で「nin召車成功車牌654321車載電話13812345678……」というのが二件来る(番号はもちろん違う)。
入口。 瑞光塔は247年に13階で建てられたのが始まり。今の塔は宋代のもので、7階8面、高さは43m。
どんどん奥(南)へ進んで行くと、陸門。この赤い対聯は春節前だから特別にあったんだろう。要らない。
すぐ横に河。盘门は水陸両用の城門として有名。これは呉門橋。
敷地内に戻る。
お土産の自動販売機。北京の観光地にもあるのかな。王府井駅だったかな。地下鉄の駅構内で見たことがあるが。
出る。そこからバスで蘇州四大名園の一つ「滄浪亭」へ。
滄浪亭の向かいで入場券を買うのだが、そこは「可園」というこれまた庭園。そっちは券を買ってないから、ここまでしか見られなかったが、鴨が泳いでいた。
竹の植物園と言ってもいいくらい、竹の種類が多かった。
ここからホテルは1キロくらい。適当にバスに一駅乗って、ホテルに戻り、荷物をピックアップして、タクシーで蘇州駅へ。お昼を駅構内で軽く食べた。
38分で上海駅に到着。
<続く>
【一日ペン字教室】
内容:名前、ひらがな、手紙の文面の練習
日時:3月25日(月)10時から
場所:亮馬橋『言几又』
申込:midoriiro★sina.comへ(★を@に)当日8時までに |
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1月に行ったんだけど、やっと旅行記書ける日常になった。
北京南駅を8時50分に出発。朝ごはんも昼ごはんも買ってあって車内で食べた。車内販売も来るのね。ネタだと思って、携帯を構えていた。ゆっくり動くからずっと携帯を向けていたら、「動画撮らないでください」って言われた。「動画撮ってません」。「写真もダメです」。え?なんで?
蘇州北駅に14時3分に到着。乗ってる時間はわずか5時間13分。私の留学時代は北京から列車に乗ると、上海まで24時間、広州まで36時間だった。21世紀は素晴らしくまぶしい。
ホームへ降りて、隣のホームに停まっている電車の車体に目が行く。OPPLE欧普照明というメーカーの広告がしっかり入ってる。これ日本だとないよね。車体だよ。
8人だったので、バンを借り切って(予約済み)、蘇州博物館へ。目的はI.M.ペイの建築を見ること。蘇州での時間がタイトだったので、中に入らず外から見るかとも考えたが、外からではそのスンバラしい建築は覗けないんだと。
どんな業績がある人かというと。
・ルーヴル美術館·ピラミッド
・ナショナル·ギャラリー東館
・ジョン·F·ケネディ図書館
・中国銀行香港支店ビル
などなどほかとてもたくさん。 この人、101歳。生まれたのは広州だが、ペイ家は蘇州で代々地主を務めてきた裕福な家柄であった。そういう話はwikiへ。
で、蘇州博物館へ入るにの2時間並んだという日本人がかつていて、私ら日曜だったのよね。行ってみたら実際は30分以内だった。パスポート見せて無料で入館。
これ入口。
出口から出て振り返ると、「忠王府」だった。
展示の方だけど、もちろん書画もあった。でも、北京にお宝あるから。最近は青銅器に興味がある。これは春秋時代の銅鼎。
車に戻って、虎丘へ。
春節が近いからか、金で「福」のいろいろな字体が書かれていた。これハゲるよ。
「千人石」といって、千人が座れるという石。言わずもがな、誇張。
今回の旅行前に「王羲之の字が見られるので、解説お願いします」と言われていた。蘇州に王羲之?知らないなあ。そしてネットで予習したんだが、別にぃ!だった。
この赤字「虎丘劍池」は顔真卿が書いたと言われている。しかし、時間を経て、「虎丘」の二字が薄くなってしまい、明の章仲玉が書いたので、「假虎丘真劍池」という言い方がある。
この「劍池」にしても、もっと顔真卿っぽくむっちりした楷書じゃないと!東京国立博物館で2時間待ちを書いた人の字とは思えない。
この赤字「劍池」は王羲之の篆書と言われている。王羲之の篆書なんて見たことない。縦長の普通の篆書。別に「書聖が書いたーーーー!」という感動がない。
この青字は私の大好きな米フツ(草かんむりに「市」)と言われている。元の字は上手なのに彫る人が真面目じゃなかったと言ったらいいのか。
虎丘の目玉は「東洋のピサの斜塔」。そっちへ向かう。途中「双井」(井戸二つ)がある。 これは橋の上にあって、下は川。下に見える水↓は実際はすごーーく遠い。橋の上に井戸。とても不思議な構造だ。
斜塔。
出る。出たところで、魚を干していた。
山塘街へ。蘇州といったら、これがイメージされる。ここらへん土産屋がたくさんあって、皆さん食品を買っていた。私はトランクじゃないし、あと二都市行くし、で、何も買わなかった。
そこを出る頃には黄昏。
この8人の中に蘇州に住んでいる人がいて、オススメの「洋洋餃子館」(大衆点評)へ。
美味しかった。人数多いといろいろ頼めていいよね。茶葉を持っていたので、使っていいか聞いたら、10元の持ち込み料がいるという。それで払って飲んだ。食べ終わって会計。一番高いのが松鼠桂魚148元。ほかは安く、8人で計365元。会計時に团购を使おうと思ったら、「お茶を持ち込んだので、それは使えません」。どういう道理?いわゆる「霸王条款」ってヤツだ。泣き寝入り。
レストランから徒歩のホテル「南林飯店」へ。
<続く> |




