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総統府前までタクシーで。見学は正面でなく、裏から。
セキュリティーチェックが厳しく行われる。娘が帽子をかぶっていたのだが、とるように言われ、とって見せたら、日本語で「はい。おっけーで〜す」と。その物言いが軽々しかった。
勝手に見学をしてはならず、十数人集まってから、ガイドに付いていく。ここで待っているとき、私は先頭だった。ガイドが私に中国語で「どこから来たの?」と聞くので、一瞬迷ったが、「北京」と答えた。だって、ナニジンって聞かれたんじゃないよね。嘘は言ってない。
台湾の人は日本人には優しいけど、大陸の人には冷たいと住んでいる人に聞いた。それもわかった上で「北京」と。↓これ入る前。
入って、中庭を望む。
ガイドは歴史を話すときに、「どこから来た?」とみなに聞く。私のグループは香港、台湾、北京(私以外に数人いた)。クイズみたいなのを出して、つまり台湾人なら当然知っているだろうとか。初めはそんな話だった。
ところが民主化のあたりで、「大陸と台湾は何が違う?」と一番前にいた北京から来た人に聞いて、相手が困っていると、「言論の自由があるかないか」。
そりゃーないなと思った。いや、あるんだけど、中国人にそれを言ってもしょうがない。場合によっては喧嘩になるよ。喧嘩をふっかけているようにも見える。もちろんガイドはそういうつもりじゃなくて、自由があるという優越感から話していると思うけど。
ここからタクシーで松山文創園区へ。 |
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朝ゆっくり起きてチェックアウト。トランクを預けて、まずは文房四宝店「勝大荘」へ。忠孝西路一段25號。
この後、いろいろなところへ行って、午後の「薫風堂」(和平東路一段123號)へ。台湾師範大学の向かい。
入口の感じが日本の書道用品店だ。大陸だとなんなんだろう。埃かぶりすぎな感じ。
黄土色。日本の二玄社の本。 春節前だから赤い紙がたくさん売っていた。ここで買ったら安心できるなと思った。だってきれい。
北京で買うときは中を見た方がいいと思った。今年は(もう去年か)さんざんだった。家で袋を開くと、中が切れていたり、龍の顔が一部印刷されていなかったり。
この通りは書道用品店が多い。
「薫風堂」は二軒あって、こっちは書籍。
台北の他の店も台南もそうだったけど、日本からの輸入書が多い。出版社見なくても、「あ、二玄社だ」とわかる。法帖が置いてあるのは理解できるが、理論書も結構あるのは、日本語がわかる人が多いということ?
私のように北京にいて、日本にも一時帰国する日本人は台湾で買う書道の本はないな。法帖なら日本より北京で安いのがカラーで買える。
北京のほうが書道用品店は多いが、台湾のようにまとまって軒数が少なくて十分事足りる。篆刻の印材(石)もいろいろあった。北京だと作品がデカいから、書道用品も軒並みデカい。作品に捺す印材も自ずと大きくなり、私のように小さい印材を探したい人は、探すの大変。
文鎮だって、北京では今でこそ日本のようなの小さいのを売るようになったが、以前はすべて一対(つまり二個)で、とても大きく、数百元のしかなかった。
大陸だと硯が欲しくても、ちょうどいいのが本当にない。サイズが大きい。無駄に彫刻が多い。高い。値段を書いてない店だと、ふっかけられているのかわからないし。そういう心配があるのが問題。
結局台湾で何も買わなかった。でもどんな感じか気になっていたので、いろいろわかってよかった。 最終日は別の案内人におつきあいいただいた。書道に興味もないだろうに、付き合わせてしまったが、真面目に売っている本を見ていた。それは台湾人書家の作品集で、ピンインを漢字のように書いていた。 <続く。70話は避けられそうだ>
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中山駅まで戻る。ホテルの近くに「寧夏夜市」がある。
鍋にして持って帰るようだ。座る席はない。
寧夏夜市。 繁体字を見ただけで、旅行来た感ムンムン。
売ってるものも南だなーと思う。
ルンビーって日本語として定着しているのか?っつーか、潤餅がいまだにどういう物体かわからない。
支付宝あった。使わなかったけど。
エリンギ焼くだけなら、うちでやるわ。
東京の日暮里に「愛玉」あるよね。私は日暮里の一回しか行ったことないけど、好きではない。
結局、飲み物しか買わなかった。お腹減ってたら食べ歩きしたかったけど。ここのほうが「士林夜市」よりいいと思う。「百貨」というスーパーを見る体力もなく、すぐ近くのホテルへ。すぐ寝た。
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台南から台北までバスという選択もあり、4時間かかるという。いや、電車で!19時半に台北駅に着いた。ずっーーと案内していただいたニッポン人とお別れ。我真不知道怎么感谢他才好。
予定に「泉質がすんすんすんばらしい北投温泉にて湯治」があったが、それは無しにして、ホテルへ。これは余裕があったらコースに入れたらいいんだと思う。娘はまったく希望を言っていなかったのだが、ここで「夜市行きたい!」。行くならこの三日目の夜が最後のチャンス。
案内人には「みどりさんは士林夜市は満足しない」と言われたが、行ってみた。
台北駅からタクシーに乗って、1泊目のホテルに預けてあったトランク取って、この日の宿「玩味旅舎」へ。ここらへんという交差点で降りて迷う。「永田町」は見つけた(いらないっちゅに)。
ホテルのことは後日まとめて書く。チェックインして、20時半くらいだったので、ご飯を食べに台北最大の士林夜市へ。中山駅まで歩き、地下鉄に乗って、劍潭駅下車(士林という駅があるが、そこよりこっちのほうが近い)。
ここはアメ横だなと思った。お腹が空いているはずだが、食欲はそんなにない。この通りは食べ物屋が少なかった。
そんな中、娘が「牛肉食べたい!」。これ量がわからなかった。300元。たくさん焼いている分の半分しか盛ってくれなかったし、横にすでに焼いてあるのがあって、それを途中で混ぜた。文句は言わなかった。だって怖い人かもしれないし。
埼玉県川越で焼き鳥じゃなくて、焼き牛を食べたことがあって、一串800円だったかな。高かったけど、柔らかくて、まああれと比べちゃいけないんだけど、こっちは硬かった。味は良かったけど。2人でそれ食べたらもう何もいらない。でも、まだ何か食べようと歩く。
豚食べてないよ。エリンギを焼いている店に行列ができていた。
本当に何食べていいかわからない。というより、食べたいものがない。遊べる部分もあった。
途中、無人のところを通過。
にぎやかなところに出る。
私のいる国の首席の写真あり。この夜市で初めて「微信」の文字を見た感じ。そのくらい普及していない。日本が「歓迎微信」なのは消費してほしいからだよね。ここは中国人の消費を歓迎しない?
地下だったと思うが、ここは食べるところが多かった。でもあまり美味しそうに見えなかった。体がかなり疲れていたのもあると思う。牛肉以外何も食べないで、夜市を去った。
えび釣りなんて生まれて初めて見た。
えーびーしーまーと。北京にはないな。
じゃぱんめでぃかると書いてある。こういう店も北京にない。
私がここに満足しないという意味がわかった。娘は洋服も見たいと行ったくらいだったが、確かにでかいだけだったな。私にとっては。
ホテルのほうに戻る。
<続く> |
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自転車でわれら3人は「知事官邸」へ。途中、ガチャガチャを見る。遠くから見ただけ。
1900年に建てられた、元台南県知事官邸で、日本の皇族が外出したときの「御泊所」でもあった、知事官邸到着。実際、1923年に裕仁皇太子(後の昭和天皇)が宿泊された。公式サイトの日本語はここへ。これまた日本人がチェックしてないパターン?
この建物の手前、左手に今も残っているが、平屋の家がある。以前はこんな家がたくさんあって、ごちゃごちゃしていたらしい。
後ろには知事官邸のようなマンション。似せた?
中に入る。明治33年って書いてある。
上を見る。
入って来たドアを振り返る。一階は林百貨で売っている雑貨を含めて、かわいい商品の店とカフェ。
二階へ上がると、家具等が売っている。
奥は皇太子がお使いになった部屋を公開している。
二階からガラス越しに外を望む。林百貨を2014年にリニューアルオープンさせた「高青開發」という会社が2015年にここも手がけたという。
自転車で書道用品店「宝源荘」へ。
筆墨紙硯なんでもあった。印材(篆刻用の石)もいろいろあった。でも、特に欲しいと思うものはなかった。
台南駅がとても近い。昔の上野駅っぽいな。
ホームへ。 電車から自動車教習所を望む。
台南終わり。
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