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27日、28日は土日なのに、「出」だったの。その分国慶節の連休を長くしてあげますよという、いいんだか悪いんだかわからない国務院の規定による。27日、小学校は半日だった。1週間また24時間子どもたちと一緒に過ごすことになるわけよ。ひえー!自分の時間がなくなるじゃないの!それで、私が26日に慌てて行ったところはどこでしょう? 答え:瑠璃厰。ここはかつて故宮の瓦を焼く工房だったが、今は工芸美術品、文房四宝等が売っている。私にとっては本や筆を買いに行くところ。私、今はほとんど書道をやってないけど、一応書道留学していたでしょ。だから北京に来た当初からよく足を運んでいた。でも、たとえばの話、瑠璃厰へ着いたら、財布をすられていることに気付き、じゃあお金を貸してくれるところは?というと、私には戴月軒しかない。私が顔見知りなのはここだけ。 1916年創業。湖洲産の湖筆の専門店。創立者「戴月」という名を店名にしている。「斉白石がここの筆を愛用していたとして有名」っていうけど、昔から今日に至るまで北京に筆の専門店はここしかないんだから。まあ50年くらいたったら「みどりが愛用していたことで有名」ってどっかのサイトに載るかな(それ、おまえのブログだろってねえ)。 久しぶりに行ったら、お店が広くなっていた。「裏の土地をちょっと買ったんだ」って言ってた。筆を作る過程は以前も見ることができたが、その作業場が後ろに移って広くなっていた。 この左端の筆、馬のしっぽの毛。3万元也。 中国人の客がここへ入ろうとしたら、ダメダメって。もし見たかったら外国人であることを強調しよう。 店内こんな感じ。 10年以上前、日本から書道用品店の社長(今では故人)が筆を大量注文してあったのを取りに来たとき、通訳したことがあった。筆って軸が普通はまっすぐなんだよ。でもまじめに作らないから曲がって反っているのがたくさんある。筆をテーブルに置くでしょう。そこでコロコロ転がすの。軸が曲がってると、うねうねするわけよ。それがそのとき顕著だった。
さて、老舗「栄宝斎」では水印版画の工房が見学できるって丁未堂さんの記事に書いてある。10年以上前、駐在員の奥様対象に1人100元で見学できますわよツアーがあって、誘われたが、「あっ、ちょっとその日は用があって」と断り、心で「100元あったら、マンション買えるわ!ざけんな、コラ!」と思ったものだ。10年前の100元と今の100元、違いすぎるからね(マンションは買えないけど、ダンナが91年に大学を出て、当時は国で仕事を分けられていたんだけど、国営企業で働き始めたときの初任給は90元余りだった。参考までに)。 瑠璃厰は日本から書家が来たらご一緒したりするけど、路上で「要瓷器嗎?」(陶磁器は要らないか)って声をかけられるの。胡散臭いので、ひたすら無視し続けるけど、私1人で歩いてると声をかけられないな。それ、どーゆーこと? おととい本屋をまわって、買ったのはこの一冊。 林散之。この表紙の字、上手なのわかる?素人にはわからないだろうなあ。私、うっとり。 私ね、今、日本料理店の看板を頼まれてるの。もう書かざるを得ない。芸術の秋だし、筆を持ちますよ、今度こそ。
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y書道・絵
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書く末弱、ちょっとぉ!一発で漢字変換できないじゃないの!私が「かくまつじゃく」という人名を知ったのは書家としてが先で、後に政治家でもあり、文学者、詩人、作家、歴史家でもあると知って、その多才ぶりにビックリした。日本に留学したことがあるんだから、日本語ができるのは知っていたが、先週初めて「郭沫若故居」へ行って、英語の翻訳本をも出していたと知り、ふっふっふ。私、こういうヒト、目指そうかな(誰か、この勘違いな女に歯止めをかけて)。 郭沫若故居,是一座庭院式的四合院建築,建築面積有2279平方米,占地面積約7000平方米。全国重点文物保護単位。7000平米。うちのアトリエ、負けてんじゃんか!――って国務院副総理だったヒトを相手にナニ張り合おうとしてんねん。 いやあ、見事な四合院だ。でも建築よりも私は書作品に魅了された。 上手い!無駄がない! 寝室に「于立群」の書作品があった。この名前、“眼熟”(見覚えがある)。説明に「郭沫若夫人」とあって、奥さんであることを思い出した。書家ってことになってるけど、ダンナの方が字は格段上手いな。于立群の書斎↓ 書道の展示なんて一部だからね。書道以外の展示も充実。 1972年、田中角栄の故宮参観に付き添う郭沫若。 一部屋、特別展だと思われるが、「跨着東海 郭沫若与中日文化交流」(「東シナ海」の中国語は「東海」)という展示があって、日本関係の写真等が見られる。 増田渉から郭沫若へ/林芙美子から郭沫若へ/郭沫若から内山完造へ。郭沫若は中日友好協会名誉会長でもあった。 私、まじめに書道をやることにした。最近ね、きっかけが4つもあったの。一つ目はこの郭沫若の真筆を見たこと。 二つ目は「やきあじ」。私、怒り爆発。これ中国人が書いたと思う。日本人ならね、「き」の横画をもっと短くするはず。あと、「あ」の終筆が短いのも外国人の書く下手な特徴。
書道ね、コツコツ始めるわ。 |
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明日閉幕の展覧会を今日紹介するのは、ちょっと申し訳ない気もするが、見た感想が「ものすごくいい!絶対お薦め」じゃないので、まあいっか。 鉄道博物館の近く。環鉄国際芸術城という、798が小さくなったような「画廊、アトリエ密集エリア」がある。798からタクシーで11元(3km弱)。その中の「KU ART CENTER」で開催されている漢字ビエンナーレを観てきた。 開放/中国(四方のどこから見ても「中国」。「でも国構えの中の点がないね」by私の連れ) 香港人の「蛙王」/筆で書かれているのは小広告にあるような内容。「ニセの証明書作ります」とか。 山(日本人の作品)/「太」と「大」 毛沢東 なんかね、面白いことは面白いんだけど、芸術的に深い意味はないように思えた。うちのダンナが来たら、たぶん「没意思」(つまらない)って言うと思う。 でも明日最終日。行きたい人は見に行ってちょーだい。17時から芸術賞授賞式と書いてあるので、遅く行ってもやっているでしょう。 ほかの展覧会も(常設かな)やっている。写真撮ってこのブログに載せたらアク禁になりそうな18禁の作品もあった。説明するのもヤだ。 ・展覧会の公式サイト←この「我們」の展示はなし。見たかったな。 ・画廊の公式サイト ・外国人の作品。一番上の「門」という字の黒い部分は人間の頭をかたどっていて、コワかった。 ・中国人の作品。 ↑ネット上の作品がすべて展示されているわけではない。 おまけ:外にはこんな展示も。
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今回の題材はキュレターが選んだ。「今の人たちに欠けている精神だ。この詩はとてもいい」と宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を強く希望。その気持ちはわかる。でも私自身はこの詩に全く同意できない。だって「デクノボー」って呼ばれたら、ヤだよ。私、欲や勘定、思いっきり重視してるもんね。絶対軽視できない。自分のやっていることを評価してほしい。「嫁姑問題で苦労してますね」と、同情してほしい。 「雨にも負けず」は本来「雨ニモマケズ」と書くべき。でもね、カタカナって画数が少なくて、縦横直線が多く、線の表情をヒジョ〜に出しにくい。ややもすると棒が並んでいるだけになってしまう。だからカタカナでうまく書けたらそれは一番いいことなんだけど、私は観念してひらがなにした。 この詩の場合、冒頭に「負」、「にも」がいくつも出てくるでしょ。これをまったく同じ調子で書いてはダメ。それぞれ字に変化を持たせる――って私は修行が足りないんだけど。 この作品は構成を深く考えず、結構速いスピードで勢いよく書いた。 素人にはわからないかと思うけど、今回はただ書いただけ。もっとビジュアル的に墨の濃淡、字の大小に変化があるとか、形が面白い字にするとか、いろいろ課題はある。でも今回の絵画作品のほうは非常に伝統的で真面目。それに加えて、私が長年ちゃんと筆を持っていないので、急に芸術的な作品書けって言ったって無理。 展覧会場では見に来たヒトがメッセージを残せるように、作品の横にノートを置いておいた。「力強いですね」と書いてくれたヒトがたくさんいて、うれしかった。私がちゃんと書道をやり始めたのは大学に入ってからだが、いつも師匠に「力ない字」と言われた。「紙に書くんじゃなくて、その下の下敷きに書くつもりで書きなさい」と言われた。それは筆で字を書くときずっと意識してきた。 あっ、反省点1つ。キュレターはこの中国語訳も筆で書いてほしいと言った。でも間に合わなかった。展覧会には日本語のわからない中国人も来たから、プリントアウトした活字でいいから中国語訳を置くべきだった。 自分に喝を入れるつもりで宣言!「書道書庫に記事を増やしたい」。えっ?望まない?ここは私のブログだ!
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今回の展覧会の中国人の作品を紹介していなかった。中国人は計18人だったが、一部を。 彭さん「海之歌」 金さん「風景系列」 翟さん「午後時光」 王さん「母子」 蘇さん「水月観音」 展覧会が始まってから知ったんだけど、中国人のほとんどの作品は「岩彩画」(岩絵の具)だった。私、絵のことは全くわからないが、日本画は普通この「岩絵の具」を使うんだって。絵の具の濃さによって日本画のように淡くもでき、油絵のように濃くもできると。 この4枚目の作品の王さんという人が日本の多摩美術大学へ留学したときに、加山又造の講義で、「現在、中国の画家のほとんどは、チューブ入りの絵の具を使っている。あれは『文化のインスタント食品』であり…(略)…こんなにすばらしい鉱物顔料が途絶えてしまったのは、実に惜しい」と聞いて、ショックを受けたと。 それで自ら鉱物顔料の開発を始めて(ということは中国各地で鉱石を採集して)、研究所まで興した。そこらへんの詳しいことは人民中国の記事へ。 パンフレットを展覧会場でもらったから、手に入りにくい岩絵の具を自ら研究・製造・販売しているとは知っていたが、そんな加山又造の影響物語なんて今ネットで知ったよ(おいおい)。初日に一緒にお昼を食べたのに、世間話しかしなかった。 最終日に搬出のため中国人作家が数人やってきて、少しお話ができた。でも少しだった。今回は更なる交流に展開していくための、知り合うきっかけだったんだと思いたい。 そもそも私の知るアーティストってダンナの関係から、みんなコンテンポラリーアートの、見かけからしていかにもアーティストだし、中味も尖っている。今回の展覧会ではコンテンポラリーアートを断ったらしい。それほど、伝統的なまじめな絵の(人間もまじめな――と思われる)数々だった。 今回の出品者は一部を除いて、職業は画家。画家一本で食べていくってどの国でも大変よ。当たり前なんだけど、今まさにバブルの現代アートじゃなくて、こういう人たちが存在するのかって思った。 会場には作家の作品集が置いてあった。その中のプロフィールも長い。普通さあ、どこの美大を出ましたとか、どこで展覧会をやりましたとか、うちのダンナだって、1ページあればいい。でもある作家は「0歳○○で生まれた」はいいとして、
そろそろ私の作品をアップしないとなあ。次回!
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