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分かち合いは毎月第4土曜日です
会場の都合で変更になる場合もあります ご確認ください
5月は27日(土)です

4月22日の分かち合い
3時からのはじまりとなりました
2時になっても参加される方が来られず えーどうなってるんだろう
来られていなかったわけではありませんが 今までてかってなかった状況でした 2時半ぐらいこられたかたから 京阪の橋本駅で1時半ごろ人身事故があったそうでした 3時ぐらいに4名のかたがこられ分かち合いをはじめさせていただけました
毎回1期Ⅰ会の出会いでありますので 緊張と期待といりまじった思いで2時のときを迎えておりますが 今回のわかちあいのハプニングであらためていつも まさか のこころを忘れてはいけないとの思いを新たにしたわかちあいでありました 11名の参加でした 初めての方2名息子さんを亡くされたお母様と妹さんでした 亡くなられたのは20代の息子さんでいた 今までも20代前後でなくなられたかたが多く来られております まじめで純粋で あるいは何らかの障害人間関係が苦手とか自分を表現するのが苦手とかなんらかの生きににくさを抱えておられると思います 障害を抱え生きにくさを抱えていても生き抜くものもいれば挫折してしまうものもいます その区別違いなどつけようがありません たまたま悪い条件が重なってしまったとしかいいようがないと12年目の私の思いでではあります もしかしたらあの時助けることができたかもしれない もしかしたらあのとき思いとどまったかもしれないでもできなかった でも逝ってしまいました
 心のバリヤーフリーとかようやくとりあげられはじめておりますが 心優しい傷つきやすいこどもたちがそのままでいいんだようで生きていけるようになりますように
そうしてその過程の途中で死に逝ってしまったわたしたちの子どもたちが救われますように あーいまさらどのように救われるのか。。。
ご主人を亡くされた若いお母様が何回か参加されておられますが 今回とても力つよい発言をされてうれしいことでした 今回もいろいろ教えられ考えさせられるわかちあいでした



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68歳になりました

68歳の自分を想像できなくて生きてきました 68年も生きてしまった生き抜いてきたことをしみじみ振り返る1日となりました 子どもより長生きしてしまっているうしろめたさにごめんなさいと今日あらためて大地にこえかけしましたが届くのでしょうか
思春期のころから別に親を恨んでいたわけではありません 私の親は当時としては普通の親だと思っております けれども生まれてこなければ良かった なぜ生まれてきたんだろうとの思いがずーとつきまとっており 死ぬために生まれてきた意味がわからなかったからです そんな私が子を生んだのが間違いの元だったんだろうか 68になったいまもわかりません 生きるということは生きるということだけで意味などないないということなんでしょうね 違う価値観で生きておられる方もおられるでしょう 
 生はあやうく、したたかさですね 大地の心にもっともっとこころをかたむけ彼の心に寄り添ったらよかったのにと そうです私の親も思春期のわたしの心に寄り添ってはくれませんでした 同じ過ちをくりかえすまいとおもっていたのに同じ過ちを繰り返してしまいました 私の親よりもっとひどい結果です でもひどいとかひどくないとか結論づけるのも私の傲慢さかなーと でもでもかなしい 申し訳ない 。。。。何度誤っても。。。。。あなたはかえってはこない

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職場の近くに公園があります 行き返りに通過するささやかな公園 近所の子どもたちが遊び はとやすずめが餌をついばみ 公衆電話ボックスがまだ生き残っております ここの電話ボックスには思い出があります 大地との思い出が 大地と厳しいやり取りの日々ここの電話ボックスから誰へ向けてだかもう記憶に乏しくなってきておりますが 大地のぐちをあれこれだれかれとなく愚痴っていた日々を思い起こします もう今日のようにたまにしか思い起こすこともなくなりました 一番つらく苦しかったのは大地だったのに 自分のしんどさばかりに浸り彼の思いを受け止める余裕もなかった自分をおもいます 私には親きょうだいがおりません 親きょうだいが頼りになるとも限りませんし 逆の場合も多いようですけど ないものねだりですね 大地の父親がもっとしっかりしていてくれていたらとか 自分の至らなさの言い訳をあれこれしてしてしまいます 12年目を迎えております 24時間へばりついていた大地への思いもじょじょにうすらいでいっております 雨の公園を通り過ぎながら あのころの私は確かにこの電話ボックスにまとわりついていたのに 。。。。あのころの私も大地もいません。。時は流れていきます とどめようもなく

山本という大臣がまた本音をうっかり発言して非難を浴びておりますが 福島原発自主避難民を自己責任といったり 記者会見の場で気に入らない記者に出ていけといったり 安部政権の本音を発言しておられるようです トランプさんもそうですよね
自分の意見考えしか認めない 民主主義とはなんなんだろうかなーと 正確な定義などわかりませんが 多様な考えを議論しあって妥協点を時間をかけてみいだしていくのが民主主義だと私は思い込んでいるのですが 少数者のマイノリテイの意見も排除せず多数が正義とはしないやりかただとおもうのですが 
災難は忘れたころにやってくる 自然災害だけではなく人間の行いにもいえるのでしょうね たかが70年近く生きただけですが 
でも多様な生き方を認めていく動きも確実にありますよね これからどのような社会になっていくのでしょうか などという思い煩いともさようならして大地もおおそらをゆらゆらと漂っているようです かあちゃんまだ人生にあがいているねばかだねー とささやいているよう
先日 ララランドみてきました よかったです
 

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山田池の探鳥会

団地の掃除が終わってから山田池の探鳥会へ参加しました そんなものというかそんな会があるなどということは全然知りもしませんでした 全然関心がなかったからです 関心がないと自殺も我がこととは関係がないことなんですということをまたまた再認識しています たかが鳥のことではありますが こどももいなくなりシマリス君もいなくなりわが身をもてあますにはもう少し余裕があるからでしょう
有名なかわせみを今日はじめてチラッと拝見できました カラスやすずめといった地味な色の鳥しか身近にはいないと思い込んでいました関心もありませんでした それともう1つには白内障の手術のおかげで視野のかなりの狭窄はありますがありますが視力がいまだかってないほどよく見えるようになったからと思われます いつまで見えるかわからないので見える今を楽しもうと思うのです
山田池公園は大地が逝ってしまった公園です 今日も公園の浮見堂を見下ろす丘の上で昼食 あそこで息子が死んだのですとかなり以前なら口走っていたかも私のことだから口走らなくなったから口走ることも諦めたから参加できるようになったんだろうな 大地くん君が生きていたら一緒に鳥見に来ていたかな ふとよぎりましたが 想いは風とともに流れていってしまいました 10歳ぐらいの孫娘とともに参加されている方もおりました ふとうらやましいおもいも流れておりました 先行き頼もしい女子だなー。。。。。どんな大人になるんだろうな 鳥たちも日々刻々を生きています のんびりしているように見えますが すべて餌をさがしたり 餌にならない戦いを生きているんですよね 私たちものんびり生きているように思い込んでいますが 明日があると思い込んでおりますが あすは来ないかもしれない でもあすが来ると思い込まないと生きてはいけませんよね

遺された時を自死とどう向き合っていったらいいのかなーと 12年目の春です
 

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自死させてはいけない死です そう他の死と同じですよね 交通事故で死なせたくはない 犯罪に巻き込まれて死なせたくない 病死は仕方ないのかなー
大切な家族との大切な人との別れはいつかくる 

昨日お世話になっているある新聞社の記者の方とお忙しいなかおつきあいいただきました Aさんとしましょう Aさんとはじめてお会いしたのは7,8年前今で表現されているLGBTのかたとの関係ではじめておめにかかりました 2回目は自死の問題を記事にしていただきました 今回3回目におめにかかりました 自殺はしてはいけないことなのか というテーマをいただきました 自死遺族がつらいの苦しいのは自殺から派生することでなぜ愛する家族の死という別れ以上に別れだけではない強烈な自責感を私たち遺された家族はいだくのかが問題ですと指摘していただいたような 今日もあれこれ日曜茶飯事をこなしながら考えておりました なぜ自死は特別死されるのだろう 
学校事故事件を語る会の山田優美子さんに去年10月のホーラムでパネリストとして話していただきました 山田優美子さんの息子恭平君は野球部の顧問の態度発言で悩まれ16歳で自死されました いわゆる指導死というのだそうですが 自死されてから遺された兄弟のお嬢さんの高校で命を大切にというテーマで自殺についての作文することになったそうです 自殺するのは命を大切にしていないという前提のテーマにお嬢さんは悩まれ恭平君は命を大切にせず死に逝ったのか 恭平君は恭平君なりに死のときまで一生懸命生きてきたのではないのかと悩まれたそうです 
自死も死にようの1つですよね 

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