■生命尊重に関する「言葉」を紹介します。■<原点を忘れない有志>

「殺す者は殺され」「生かす者は生かされる」世の中に一人の不幸もありませんように。

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  (お願い)一人でも多くの赤ちゃんを救うために、
       この歴史的資料をコピーして
        大事な方にお渡しください。(A4/2枚)
 

 
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 100万人の
   赤ちゃんの
    いのちを救え。
    ( 谷口雅春師の御遺言 ) 


  愛の反対は
    憎しみでなく
      「無関心」です。
      (マザーテレサの言葉)


 
    マザーテレサの言葉
 
 
マザーテレサの言葉 
「自分の問題を解決するために、
中絶によって母親は自分の
子どもをさえ殺してしまうのです。

そして、中絶によって父親は
自分がこの世にもたらした
子どもでありながら
全く何の責任もとらないのです。

そのような父親は、他の女性にも
同じような苦しみを押しつける
傾向があります。
ですから、中絶は中絶を招くのです。

中絶を認めている国は、
人々に愛することを教えずに
欲しいもののためなら
暴力を使ってもいいと教えている
ようなものです。

こういうわけで、
愛と平和の最大の
破壊者は中絶である
と言えるのです。」
人工妊娠中絶は、子宮内殺人です。
未婚の男女にとって純潔は
尊重されるべきであり、堕胎は
このうえない悪です。もし子供を
求めないなら、私に与えてください」
 
(1982年6月ハーバード大学卒業式)


 
 
  マザーテレサの言葉
 
  あなたが本当に人間として
    後悔しない幸せな人生を
     歩むためにここに語ります。   
 
  マザーテレサからあなたへ
    全身全霊でお伝えします。
            
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    マザー・テレサ
 
(1910年8月26日 -1997年9月5日)はカトリック教会の修道女にして修道会「神の愛の宣教者会」の創立者である。インドの「カルカッタ」で始まったテレサの貧しい人々のための活動は、後進の修道女たちによって全世界に広められている。中絶は「世界平和の破壊」であり「胎内殺人である」と明言。日本の堕胎状況に「日本は貧しい国です」と語り多くの人に衝撃を与えた。その活動は高く評価され、今も受け継がれている。1979年のノーベル平和賞者。
 

 
谷口雅春師の御遺言             
「赤ちゃんを守れ」 
 

 
 
谷口雅春師 ( 1893年11月22日 - 1985年6月17日)は、昭和の初期から「胎児(児童)」を救う運動を提唱されており。世界最大の「光明思想団体」(300万人)を率いて、各界に「胎児は人間である」「受精した時点で尊い命である」「いのちの選別は生命への冒涜である」事を呼び掛けた。特にブラジルでの影響が大きく、日本では昭和20年代〜50年代までは、多くの「生命尊重団体」と連携、政治的な「生命尊重」<優生保護法反対(いのちに線引きする思想)>を掲げて「いのちを守る会」(政治連盟)を結成したが、「哲学」「思想」は多くの弟子や慕う文化人、学者、宗教者に受け継がれているものの、その後の大きな「生命尊重運動」の活動は中断されている。「神命の書」を発表され、昭和60年に帰幽された。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
      ※上記をクリックすると歴史的
         御文章を読むことができます。
 
 


    「根本は生命尊重である」
           谷口 雅春師


 
宗教の根本はその道徳性にあるのである。
近代の用語で謂えばモラルである。モラルの中心になるものは“生命の尊重”と云うことである。
 
 だからモーセの十戒の第一にあげられているのは“殺す勿れ”と云うことである。釈尊が挙げられた十善の徳目の第一も“不殺生”ということである。
 
 白鳩会が第一にとりあげている“人命尊重運動”堕胎防止運動は、この“生命尊重”“殺すなかれ”“不殺生”の実践である。 
 
 これを邪教だとか邪義だなどと言うものが若しありとするならば、彼等自身が邪教であると告白しつつあるものである。
 
 生命(せいめい)の尊重が何故、須要なるモラルの徳目になっているかと言うと、自己に“生命(いのち)”が宿っており、自己の“生命(いのち)”の尊さを、何人も身をもって体験しているのであり、生命(いのち)を限りなく尊くいとおしく思うことは、もはや理屈ではなく、生命(せいめい)それ自身の自己尊重であり、公理的事実であるのである。 
 
 そして自己の生命を尊重するものは、おのずから他の生命(せいめい)をも尊重せずにはいられないのである。 
 
 自殺・他殺ともに重大な罪悪である。罪とは“包み”であり“生命の隠蔽・抑圧”又は“生命の表現能力”を包み殺すことの一切を謂うのである。

 “生命(いのち)”そのものの尊さを知るとき、“生命(いのち)”の本源に対して礼拝と感謝の念を起さずにはいられないのである。 
 
 それは自然に神に対しては宗教的感情となり、先祖及び親に対しては孝となり、国家社会に対しては奉仕活動となり、師に対しては智恩の道となる。
 
 師が尊いのは、自己及び一切の生命(せいめい)の
尊さを目覚めしめて下さったからである。
 
     ( 「白鳩」誌  昭和37年 2月号  ) 
 


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