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どんどん、過激になるyorozuyaの発言これはもしや、ちびくろサンボの再来か!!
以前にも吠えたのですが・・・ 写真は、今回のものですので・・・怒りとは別です。 勘違いしないでください。 花を添えないと怒りが、解消できませんから このお祭りにも政治的背景が!! 日本の文化は、海外の圧力によって替えられたヽ(`Д´)ノ まずは、歴史と由来について知っていただきたい。遺風を見出すことはできないので。 もともとは、放生会(収穫祭・感謝祭)から来ているとされています。 慶応4年の神仏判然例 により、「ほうじょい」は廃れてしまった。 「随兵」は、 加藤清正が文禄・慶長、大坂から無事帰還できたことを神前に感謝し、みずから随兵頭となって兵100名を引き連れて藤崎宮の神幸式に供奉(ぐぶ)したのが起こりと伝えられています。 ずいひょう【随兵】 とは 武装して主君や大将に随従し,その警固にあたる武士一般を指す場合もあるが,ふつうは鎌倉・室町両幕府にあって,将軍の拝賀参内や寺社参詣等の行列に,甲冑をつけ,弓矢を帯し,騎馬にて随行する将軍の身辺警固のための武士をいいます。 今は、その名残はございませんが、名残があるはずがないのは当然です。 そこには、辛い過去が・・・しかし、江戸時代からあるこの祭りが、偏見と馬鹿な考えを持つ連中で変えられてきたのです。 あの国は、日本の歴史までそして文化まで変えようとしているのです。 「飾り馬」は本来、供奉神職の乗馬であり、神職と同数の12頭が奉納されていた。細川藩政期には家老格の家から馬を出していた。 かつて藤崎宮が鎮座していた藤崎台(現在は県営野球場がある)からは御旅所までの距離が短く、神職は乗馬せずに馬を曳いて供奉した。そのため不用の鞍上に飾りを施したものが次第に大きくなり、今日のような紅白あるいは青白の太輪の飾りになったといいます。 動物愛護団体の皆さん歴史認識なさすぎ・・・ ただ、百年以上続いていますのでそこには、いろいろなことがあるのは、当然です。 貧困の時代もあったと思われます。 ただ、祭りに口を出すのは筋違い あなたがたが、考えているほどおかしなことでは、ないのかもしれませんよ 無益??それこそ、放生会(収穫祭・感謝祭)の精神から外れているからです。 馬上の飾りは「陽陰(ひのかげ)」と呼ばれ男女の性器を模った作りになっており、安藤流と小堀流の様式があったが、現在見受けられる型は安藤流のみとなっています。 家臣団の奉仕によるものであった飾り馬は、明治維新後、町方の手に移り、その奉納馬の数は時流の影響を受けて増減をみせてきたが、ここ数年は60頭以上の飾り馬が奉納されています。 時流って、変化して当然・・・当たり前です。 可愛いでしょ・・・思い思いに綺麗になって もし、時流の変化なくこの祭りが執り行われていたら・・・ただ、厳かに歩くだけの一団ですから?? 異様な祭りになっていたかも、当然男ばかりの軍団です。(今は、華やか〜〜〜平等??) ここにも、政治的背景が隠されているような・・・でも、華やかだし許しちゃいます。(ここにも時流が) しかし、時流だけでは・・・文化は、守れません。 ただ、終戦直後は一時GHQの指令で祭りは中止に・・・占領下で当然、全国の祭りは中止せざる負えなかったでしょう?? 歴史的にわかっていただいたでしょうか?? さて、終戦直後日本が高度成長を続けてきたのですが さらに、妬み的ないちゃもん軍団が ここからが、本題に入ってくるのです。 yorozuyaの個人的見解も交えてブログ記載です。 見たくない人は、見ないでください。 yorozuyaの発言は多少右よりかもしれませんがご了承ください。 写真は、今年の楽しい祭り風景です。 |

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