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骨董全般(陶器他)

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きゃ〜〜〜聞いたことないyorozuyaまだまだ勉強不足


肥後・八代『亀尾焼』・・・??
イメージ 1

先程、買い付けてきました。




買いたてのホヤホヤ




『昇典窯』典之作



どこの誰やねん???


なんとΣ(゚д゚lll)熊本の焼物ではないかいな・・・
イメージ 2


粉引茶碗



トロッとした味のある作です。



しかし、yorozuyaピント来ないのです。



栞が、入っていたので分かりました。


インターネットで調べたら・・・菊池の方になっているんですが??
イメージ 3



栞には、肥後・八代と明記




結構、調べては見たのですが・・・(;´Д`A




復興と考えてみてください。




亀尾焼:
古代社会の須恵器の生産は寺院とか役所に付属した陶工が生産したと考えられています。
坂本村今泉(現八代)の窯跡は、南阿蘇神社・八代妙見宮より2〜3kmほどの距離にあり、時代的に奈良時代  〜平安時代のもので当時のもので南限と考えられています。
窯跡より皿・壷・瓶などの陶片が出土しており、それらは叩き技法とロクロで形成され青灰色に堅く焼き締つて  おり中には灰釉ついたものである。
昭和58年1月に国立高専の佐藤伸二教授によって確認されています。


イメージ 4この茶碗は、一品製作ですので


同じものは、ないとのことです。



そこが、手作りのいいところ



大量生産では、味わえないです。


イメージ 5
いかがでしょうか?



この感じ・・・




八代の土を使っているので




鉄分が多いです。



熊本の焼き物コレクターさん、一点いかがですか?
イメージ 6


同じお宅から



お湯呑みも出てきましたので



超感激!!



yorozuyaの知識も倍増!!



古い物を、今度は発見したいです。\(//∇//)\

熊本に住んでいても・・・古い焼き物には、滅多にお目にかかれないのが現状


先人達が、荒らし回った結果です。  昔の熊本の骨董屋さん


すんごくエグイコトしてたみたいだから(^^;)


熊本には、多くのやきもの・・・窯が、点在しています。


今は、廃窯になった幻の窯も沢山あります。


それは、おいおい紹介しますね・・・現物が、手に入らないとなかなか説明出来ない物ですから


この前は、天草のやきもの『水平焼』を紹介しましたが、今回は『小代(小岱)焼』をご紹介します。

イメージ 1

チョットおとなしめの花器です。



一輪挿しにピッタリこん・・・



小代焼(しょうだいやき):
熊本県荒尾市、南関町、熊本市など県北部で焼かれる陶器です。
小岱焼とも表記ます。

寛永9年に豊前から転封された細川忠利が陶工の牝小路家初代源七、葛城家初代八左衛門を従え、藩主の命によって焼き物を焼かせたのが始まりです。


粗めの陶土に、茶褐色の鉄釉で覆い、その上に藁や笹の灰から採った白釉や黄色釉を、スポイトや柄杓を使って流し掛けする、大胆かつ奔放な風合いの作品が多いです。



明治維新後は有田や瀬戸といった磁器産地に押され廃窯となってしまったが、昭和になって近重治太郎、城島平次郎らの努力によって復興を遂げました。


2003年に経済産業省指定伝統的工芸品に指定。

イメージ 2


小代焼は小岱焼とも呼ばれ。
歴史的な呼び名は前者ですが、中興の祖の一人でもある城島氏が、荒尾の象徴でもある小岱山の「岱」の字を「代」から置き換えたため、今日では二通りの表記が通用します。



また、小代焼は五徳焼とも言われています。


これは小代焼は腐らない、臭いが移らない、湿気を防ぐ、毒消しの効果がある、延命長寿につながると五つの利点が見られたことに因み、装飾性と実用性を兼ね揃えた生活什器であったようです。


イメージ 3

これぞまさしくって感じです。


藁灰の釉薬がたっぷり雰囲気のある雲助瓶です。
前回・・・紹介しました


肥後天草の『水平焼・片口』 SOLD OUT


すぐに、お膝元天草に帰って行きました。


今回、またも旧家から出てきました。
イメージ 1
この二耳の花器です。


写真では、伝わりにくいのですが釉薬がトロッとした雰囲気のある花器です。



写真は、裏・表です。   独特の海鼠肌・・・


それにしても・・・このマーク『山梔子(くちなし)』の実です。


ウウンッ・・・考えています。イメージ 2


なぜクチナシなのか??


特別に注文したものか?


作者が、意図的に選んだのか??


山梔子を選んだのは、なぜなのか??


クチナシ
 (梔子、巵子、支子、学名:Gardenia jasminoides)は、アカネ科クチナシ属常緑低木です。
野生では森林の低木として自生するが、むしろ園芸用として栽培されることが多いようです。
果実が漢方薬の原料(山梔子)となることをはじめ、様々な利用があります。



果実が熟しても割れないため、「口無し」という和名の由来となっている説も・・・。


他にはクチナワナシ(クチナワ=ヘビ、ナシ=果実のなる木、つまりヘビくらいしか食べない果実をつける木という意味)からクチナシに変化したという説も・・・。


謎めいています。


お分かりの方、教えてください。

可愛い〜〜〜〜(๑≧౪≦)てへぺろ


Occupied Japan オキュパイド・ジャパン
イメージ 1



オキュパイドジャパンとは、
「占領下の日本」
と言う意味です。




第二次世界大戦後、
1945年〜1952年年間
日本はアメリカの占領下にありました。



そのうちの1947年~1952年、輸出品にはすべて

      「Made in Occupied」「Occupied Japan」と入れることが義務付けられていました。



当時の日本は、戦後貧しい時代でしたので、現在の中国や東南アジアのようにアメリカの土産品なども作っていたようです。

イメージ 2

製造期間がたった5年間でほとんどがアメリカ向けの製品と言うこともあり、


アメリカではコレクティブアイテムになっています。

イメージ 3
日本が貧しかった時代のお品ですので、製品の品質は必ずしもよいと言えませんけど


多くのメーカーは、品質の良いものが作れなかった時代なので自分の会社名を商品に入れることをしませんでした。


そのため、ノリタケなどのメーカーのものでも、会社名が入ってないのもが多かったようです。



デザインも会社が違っても同じモチーフを使っていたものが多く、同じモチーフのオキュパイドを集めるのも、オキュパイドコレクションの楽しみの一つでしょう・・・



イメージ 4
復興に向かって頑張っていた、当時の日本人の気持ちがこもっているようで力強い作品が多いです。 


フィギュリンという陶製のお人形が多いですが、生活に必要な生活雑貨・日用品も多くあったようです。



出来栄えも、初期と後期では全然違うので中には、ヨーロッパの物と思われる物が、あります。



これまた、ジャパニーズ・マイセンとして重宝されているようです。



技術的に優れていたのと日本人の勤勉さ器用さが生み出した賜物だと思います。


イメージ 5
ヨーロッパの陶器人形には、日本の人形型やデザインが使用されているのをご存知でしょうか??



今の、ヨーロッパメーカーの陶器の一部は、日本製が含まれていますから・・・



ヨーロッパに行かれて、買ってこられたのが日本製なんてことにならないよう



それこそ、里帰り・・・(^┰^;)ゞですね。

年の瀬ですか??その前に☆*::*:☆MerryXmas☆:*::*☆

街が、賑やかになってくるんですが・・・今年は、どうなんですか??

皆さんボーナスは??出ましたか??

yorozuyaも数十年前まではサラリーマンこの時期が、一番楽しみだったんですが・・・


骨董業になって楽しみよりも苦しみが多くて泣きそうです。゚(゚´Д`゚)゚


今の楽しみは、面白いもの、素敵なものに出会うことかな(#^.^#)



さて、久しぶりに熊本の焼物発見!!

イメージ 1
(@_@。なんの変哲もない・・・陶器??


これぞ肥後天草の陶器『水平焼』です。

そうです。天草ご存知ですか?? 風光明媚なところです。

天草四郎・隠れキリシタンで有名ですよ


Σ(゚д゚lll)隠れキリシタンと言えば・・・島原の乱でしょ

なんのなんの天草は、幾つもの島で構成され

奥に行けば、まだまだキリシタンの名残があるんです。

夏場は、海水浴で人気のスポット!!

水着姿のギャルが・・・目を楽しませんてくれます。

お〜〜〜っと!!話がそれた

『水平焼・・・どう読みますか??

みずひら』『みずだいら』『みずのだいら』『みずのひら』???

yorozuyaも随分悩みました。人によっても読み方が違うので・・・困ったものです( ´△`)


正解は、『みずのたいら』です。  ホンマかいな??


天草には、民陶の窯が点在していたようです。


熊本でもう一つの焼き物の産地といえば、天草です。そのことを知る人は多くはないが、実は、日本でも有数の歴史と、日本一の陶石の産出量を誇る、焼き物の郷です


天草最古の焼き物は、豊臣秀吉の朝鮮出兵で連れ帰った陶工に作らせたもの。
陶石の発見に伴い、1650年頃には近くで磁器が焼かれた記録が残っている。
その後、高浜焼、水の平焼など、現存する窯が築窯されていき。
その時代の一番の特徴は、天草自体が天領であったということ。そのため、他の産地のような藩の御用窯ではなく、村民が自活のために焼く磁器や陶器が主であった。

現在は、天領時代の流れを汲む11の窯元が、天草陶石を使用した透明感のある白磁や、島の土を使った味わいのある陶器を作っています。



明和年間(1764〜71)頃に開窯し、明治時代に水平焼となりました。

『水平焼

高浜焼寿芳窯についで古い窯で、海鼠釉(なまこゆう)の元祖と言われている。

その歴史は遡ること7代。明和2年(1764年)、岡部常兵衛が築窯し、地名にあやかり、水の平焼と命名した。3代目の弥四郎が、象眼焼きで一躍その名を全国に知らしめたが、4代が夭折したために、象眼焼きの伝統は途絶えてしまう。

しかし、5代目が釉薬の研究に励み、いわゆる海鼠釉といわれる、あでやかに曜変する釉の配合を生みだし、水の平焼きが確立した。木灰と藁灰の2種を混ぜて厚くかけることで、あの、独特の艶やかな風合が出てくるのだという。
伝統的には青みが強いものが主だったが、5代目が研究の末、赤く発色する釉薬も開発。結果、青海鼠と赤海鼠との対比が、水の平焼の際立った特徴となった。

イメージ 2


これが、赤海鼠の片口です。



窯印もございます。



この、窯印もいろいろ有るみたいです。専門家によると


青海鼠も雰囲気あるんですが・・・


赤海鼠が最高ですヨ!!


高級感があるんです。

今回紹介したのは、雰囲気のある片口です。


結構、年代もあるし・・・ホレ
イメージ 3


この雰囲気


写真じゃ伝わってこないでしょうが・・・


味があるんです。


イメージ 4ほんまにいいぜ〜〜


今、新店舗に飾っています。


新店舗と言ってもまだ、開店前ですが


雑貨の中に・・・熊本の焼物たちを並べたいのがyorozuyaの願いです。


今まで、熊本の焼物が出たら専門の方に譲っていましたけど今度から我が家に(^^♪

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