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昭和46年2月の画像、繁藤駅ですれ違うDF50牽引の客車列車です。
前面補強前の姿です、前面補強した姿を長く見た関係でのっぺりした感じに見えます。
当時何でもない画像ですが今となっては貴重ですね。
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国鉄(四国総局)
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SL終焉まじかい昭和40年代からJRに民営化されるまでの期間に撮りためた画像を少しづつ小出しに掲載します。
最初はモノクロから・・・
最初はモノクロから・・・
アダルトサイトからのトラックバックが多いので承認制にさせていただきました。
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連日寒い日が続きますね、撮影もままなりません。
で、またしても掘り鉄、今日も昭和50年代前半の画像です。
場所は土讃線新改駅と土佐山田駅の間、土佐山田町大法寺です。
トンネルと橋梁に挟まれたカーブを下るDF5065牽引の客レです。 埋没しているDF50も残り少なくなってきました。
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国道のライブカメラの画像をチェックしているが前日降った雪も消滅し降雪の様子も見られないので土讃線の撮影はお預け、やむなく掘り鉄での投稿です。
土讃線土佐大津駅と布師田駅の間を走る下り貨物列車です。
撮影時期は昭和50年代の前半、カラーフイルムからスキャンしたのですが変色が激しいです。
撮影当時は同じ色調のはずですが経年劣化で色調が変わっています。
一枚目、真っ青ですが昼間に撮影したものです。
二枚目、プチ流し撮りになってます。
今と違って当時は性能のいいズームレンズは無く中望遠の単焦点レンズで撮影、近すぎて一両しか入りませんでした。
先頭はDF5027ですが次位は不明です。 三枚目、後追いです。
青空が黄色に変色しています、右端の水色が当時の青空の名残ですね。
重連にしては貨物が10両と少なめ、重連のうち一両は回送でしょうか。 |
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埋もれていた画像を掘り出しました、埋蔵金ならいいのですが。
こちらは高知駅連続高架事業が始まる遥か前、昭和52年の入明駅です。
一枚目、入明駅のホームの先端、窪川側です。
キハ58系の上り急行あしずり号です、高知駅から西ですが6両編成です。
二枚目は同じ列車をバックから、ホームの左に線路が、続いて民家が沿って建っています。
高知駅連続高架事業が終わったこの辺りは随分変わっています。
今の画像、グーグルマップストリートビューです。
左端の家屋が同じだと思いますがいかがですか、50年近く経っていますが雰囲気は合っています。 こちらは別の急行あしずり号です。
こちらも後追いです。 多少角度か違いますが恐らく同じ家屋ですね。 線路とホームが歩道と側道になっています、50年の変化は激しいですね。
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こちらは土讃線の旭駅、四国の無煙化の立役者キハ20の下り列車が到着です。
四国では無煙化するのに気動車を集中的に配備し蒸気列車を駆逐しました。
当時、四国以外で見かける普通列車用気動車はキハ17系が多かったのですが四国ではあまり見かけることがなかったです。
新製のキハ20が多線区に先駆けて配備されたようです。
当時は一部を除いて駅員が配置されワンマン列車などは無かったですね。
今は特急停車駅でも無人化された所が有ります、合理化も行き着いた感があると感じているのは私だけでしょうか。
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