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乗り鉄目的ではありませんが結果的に片道だけ乗り鉄しましたのでその時の報告です。
一昨日の土曜日高知空港から羽田まで乗り空しました、日航の787です。
こちらが到着した787、折り返し便にのります。
強風でふらつきながらの着地です。
出発準備が整いいよいよ搭乗、ふらつきながら飛び立ちました。
用事を済ませ日帰りでいよいよ乗り鉄です。
岡山にて、瀬戸と出雲が分割されます、連結を見るのは数回有りましたが分割は初めて見ます。
そして坂出駅2番線に到着、ここでサンライズ瀬戸を見送ります。
同じホームの3番線に到着の特急しまんとです、2輌編成です、これに乗ります。
宇多津駅で先に到着していた特急南風と結合します、土讃線に3本しかない南風コラボしまんと列車です。
多度津駅構内にはDE10-1095が翌日からの仕業のために駐留しています。
そして高知駅に定時に到着、6輌編成になっていました。
特急南風は4輌、特急しまんとは2輌ですが特急しまんとの指定席は6号車、自由席は7号車です。
今日は5号車は編成から外れているようです、あと1輌南風に増結することが可能のようで、ゴールデンウィークでは7輌編成ですが指定席は同じ南風1、2号車と、しまんと6号車ですね。
これは指定席の予約号車が編成の増減で変わらないようにしているためでしょうか。
到着した南風コラボしまんと列車は回送列車になって高知運転所にいくようです。
記念に撮影した乗車券類です。
あすからまた香川県に行く予定です、年度末はいろんなことで忙しいですね。 |
乗り鉄日記
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岡山駅で15分後に出発する土讃線の特急南風9号に乗り換えます。
南風の基本3輌編成です、一号車は2000形2002番、半室グリーン指定席と普通指定席です。
2002番はTSEの2001番を除けば量産車で最初の番号です。
グリーン車は1列3席です、ゆったりしています。
三号車は2100形2102番、これも量産車では最初の番号です。
ちなみに二号車、中間車は2200形2213番で2202番でないのが残念。
定刻に発車した南風9号は高知に向かって走ります。
ここからは車窓からの撮影。
多度津駅にて、四国に3輌しかないクハ112-1、クハ111からの改造です。
多度津駅の自販機は「四国まんなか千年ものがたり」をあしらった模様です。
懐かしいレンガ作りの給水塔と跨線橋、まだあります。
跨線橋は現在通行できないようです。
土讃線に入り吉野川橋梁を渡ります、いつも案山子の背中越しに列車の撮影をしますが今回は車窓から、こんな風に見えるんですね。
大歩危駅で「四国まんなか千年ものがたり」と交換、これまた車窓からの眺めは初めてです。
列車は高知平野に入りました、ごめん駅の自販機はピカチューです。 そして終着高知駅に定刻に到着です。
折り返し上り特急南風20号になります、すでに上り側のヘッドライトが点いています。
高知駅には高知県観光キャラクターが迎えてくれます。 「ようこそ」じゃなくて「お帰りなさい」ですね。
高知駅で乗車券類は無くなりますので記念に撮影しました。 |
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約一週間のお江戸での滞在の後所用を終わらせ帰途につきました。
午前7時半、八王子で横浜線に、新横浜まで乗車、この時間帯には快速電車はりません。
こちらが新横浜まで乗車した横浜線各駅停車の電車です。
在来線の二階、新幹線のホームです、上りのぞみ号が到着しました。
少し待って下り博多行きのぞみ17号に乗車。
乗車したのは11号車12B、のぞみ号は11号車の12、13列の座席間隔が少し広いのです。
車いす利用者のために広くしているようです。
下り電車では13列の後ろにスーツケースを置くスペースが有ります。
そして11号車には多目的室と
多目的兼身障者用のトイレがあります、 内部は広いですね、これならゆったり用を足せます、おむつ交換もゆったりとできますね。 トイレはこことは別に通路の反対側にあってそちらは普通のトイレです。
車内の探検もそこそこに座席に戻ります。
特にすることもないので富士山を撮影、少し雲が有りましたが何とか雄姿を撮影することが出来ました。
約4時間の乗車の後乗換駅の岡山に到着、南風に乗り継ぎます。
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今回は帰りです、往路で乗ってきた二両編成に再度乗車します、先頭は変わってキハ213で比較的遅くに製作された車輛です。
窓枠が埋め込み式のユニットサッシに変っています。
車内は込み合ってません、ってガラガラですね。
養老渓谷駅を過ぎると広い圃場が広がっていますがここが後、一月すると菜の花で真っ黄色になります。
こちらは月崎駅、ホームは二つありますが実際に使っているのは1つだけ、こちらでは列車の交換はないようです。
こちらは里見駅、下りの29列車と交換します。
里見と言えば江戸時代に滝沢馬琴によって書かれた『南総里見八犬伝』が思い起こされますね。
戦国大名安房里見家5第当主里見義堯の娘種姫(伏姫のモデルとなった姫)が養老渓谷駅の近くにある法林寺で生涯を過ごしたという言い伝えがあるそうです。
小湊鉄道沿線は『南総里見八犬伝』の舞台でもあったようです。
こちらは馬立駅です、桜の季節には桜並木がさぞ綺麗でしょうね。
下り列車から下車した男の子が歩きスマホをしています、いい感じの添景になりました。
そして終点の五井駅に到着、夕日の中の五井機関区です。
これから総武線快速電車を待って帰りました。
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上総中野駅は小湊鉄道といすみ鉄道の接続駅になっています。
接続駅ですが無人駅です、管理はどちらの会社が行っているか承知していません。
ここでいすみ鉄道と小湊鉄道について
もともと民間会社の小湊鉄道は当初は内房線五井駅と外房線安房小湊駅を結ぶ計画でした。
大正2年11月26日、五井-安房小湊間の鉄道敷設免許が認可されました。
昭和3年5月16日に五井駅-上総中野駅が開通。
昭和11年10月18日に上総中野駅から安房小湊駅までの鉄道敷設免許が取り消され上総中野駅が終着駅になりました。
鉄道敷設免許取り消しの理由は開通までに時間がかかりすぎるため。
いすみ鉄道の前身の木原線は国鉄時代の外房線大原駅と上総亀山駅を経由して内房線木更津駅(上総亀山駅-木更津駅は現久留里線)を結ぶ路線として計画されました。
昭和5年4月1日大原駅-大多喜駅開通、昭和6年8月29日大多喜駅-総元駅開通、昭和9年8月26日総元駅-上総中野駅が開通し現在の姿になりました。
その後、木原線は国鉄諮問委員会により廃止対象路線になり(赤字路線)、上総中野駅が終着駅になりました。
従って先に出来た小湊鉄道が上総中野駅を作ったと思われます(当時駅舎が出来たかどうかわかりませんが)。
元々の計画では上総中野駅で木原線と小湊鉄道がクロスする計画だったのが諸般の事情により計画が頓挫し木原線と小湊鉄道が上総中野駅で結ばれたまま現在の状態になったと思われますね。
そして木原線は廃止になり第三セクターのいすみ鉄道が木原線を引き継いだのでしょう。
長々とスンマセン、自分で納得しないと済まない性分で。
で、こちらが上総中野駅です、駅名板に照明が点いてます、なかなか凝った駅名板ですね。
小湊鉄道(右側)は1面1線の単式ホーム、いすみ鉄道(左側)は1面1線の島式ホームです、両方とも行き止まりの路線ですね。
2番線に当たる線路が撤去されて完全に小湊といすみは分離されていますね。
いすみ鉄道のホームにはキハ20が止っています、正面は国鉄時代のキハ20そっくりですが最近新製したキハ20です。
正面は似せて作られていますが側面は一見して国鉄時代の物とは違っています。
いすみ鉄道の車両止めです、国鉄時代の車両止めが有り、その前に枕木が横たわっています。
一番左のレールが小湊鉄道といすみ鉄道を結ぶレールですが長く使われていないようで雑草が生い茂っているみたいです。
小湊鉄道の到着を待っていすみ鉄道のキハ20が出発していきました。
いすみ鉄道のホームにはサントリーの自販機があります、最近オリジナル塗装の自販機が増えています、こちらはいすみ鉄道のキハ52-125をモチーフにした塗装です。
ただ、現在キハ52-125は首都圏色の朱色5号に塗り替えられています。
側面を見たらウルトラマンを想像してしまった。
今回の乗り鉄はここまで、記念に1本買い求めました。
いすみ鉄道も乗りたかったのですが時間が許さず上総中野駅に9分滞在後折り返しの小湊鉄道で帰ることにしました。 |



