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砂の祈り
TVニュースに 映る砂の嵐
いとしい人の 姿さがす
身を切るような 不安と哀しみを
誰が分かち合えるのだろう
あなたの 名前も行方も
知らない人達
今日も街を行き交う
血の味で 目覚めた夜の静寂(しじま)
くちびる 噛みしめ 朝を待ってる
あなたのいない この部屋のどこに
空しくひとり 座ればいい?
ささやかな日々 視界の向こうに
さらわれてく 砂と共に
あなたの 誕生日には
家族と 友達が 集まり
あなたのことを話した
―抹の 砂と共に今夜
訪ねて来て笑顔で 夢の中へ
何気ない 小さな出来事
山茶花 咲いては 涙こぼれて落ちる
いつの日か
この世のすべてが
等しく 平和で あるように
地平に 揺れる 陽炎
あなたの 無事を
祈ってる
奄美大島出身の我那覇美奈と言う女性ボーカルのカヴァー曲もお聴き下さい。女性の声質もこの曲にはマッチしていると思います。
イラク戦争中に所謂人道復興支援活動に派遣された方々の家族の思いを歌った浜田省吾の抗議メッセージソングですが……大震災後のこの時期に聴くとまた違った、趣の深い曲だと思います。それは、放射能汚染の不安と怖れの中でも命の繋がりを信じて原発災害拡大防止・復興支援に派遣され果敢に挑む消防署始め各機関の方々とその家族、ボランテア支援活動に携わっている方々とその家族、そして未曾有の震災で愛する人を喪った方々、地震とそれに連動する津波に愛する人をさらわれて、プッッリと途絶えた消息を不安の中で待ち続ける被災地の方々の想いに寄り添う曲だと思いこの曲を紹介します。
原爆の悲惨な経験を身を持って知っている広島県に縁の深い人間には心の深いところで現代科学の暴走・思い上がり・傲慢さに対する疑念の気持ちを抱いています。そして世界が等しく平和であるようにとの願いを希求する心が在ります。広島市の隣の呉市出身の浜田省吾もその様なアーチストです。 私自身の出身は北海道札幌ですが、元々は東北地方の南部から開拓移民として北海道に移り住んだ家系に生を受けた人間です。アイルランド魂を持った南部人を自任する私は青春期の17年間暮らした広島への想いと父祖の地の東北への想いは強いのです。
『いつの日かこの世のすべてが等しく 平和で あるように』『この美しい青い地球環境を傲慢な人間達の欲望の浅知恵から護りたい』 との願いを込めてこの記事の構成をしています。
永遠のともだち
いつも観てた地球
暗闇の中 浮かんでいた 青い船 あこがれだった地球 すごくきれいで 夢見ていた 降り立つのを どうすれば あの地球(ほし)を愛せるのかも かつて皆 知っていたんだ その魂 生まれ落ちた瞬間に すべてが光となった 僕は言葉を忘れ ただの子供に戻る (僕らは無力で、いつまでも泣いてた) ママの温もりを感じ それでも何もできずに 窓の外 蜃気楼 ゆらゆらと 揺れていた いつかの夢叶い 大地を踏みしめて 草原を 駆け抜けた でもその大地には チリが積もって 汚れていた 傷ついてた 人間達が 何度もおかわりをしつづけたまま 居座って 暴れていたよ 欲のままに 空は煙に汚れ 鳥は住処をなくし 動物はレジスタンス 人と人 殺し合う 壊れたビルのすきまで 花は命をうばわれ (青空は遠くへ、沈んでく 闇へと) 弱い立場のものから つぎつぎと消えてゆく どうすれば この地球を いやせるのかも すべて皆 知っていたんだ この魂 真新しいランドセル 背負って門をくぐった 6年前のあの春 桜が風に舞ってた (僕らは無力で、いつだって泣いてる) はじめて仲間に出会い 一緒に机をならべ この星をどうすべきか すこしずつ 思い出す みんなで給食わけて たまにはケンカをしたり はじめて誰か恋して 大人の世界にふれた (いとおしい、水の惑星) でもいつまでも忘れない この星は青い星 (永遠のともだち)
僕らは使命を果たす そのためにここにいる 浜田省吾が盟友の水谷公生とユニットFair Life を結成した時の曲が「砂の祈り」でした。
このユニットの準メムバーとして浜田省吾とは広島繋がりでユニットに参加しているポルノグラフィティの岡野昭仁とのコラボ曲の「永遠のともだち」「旅せよ若人」という曲も聴いて下さい。
因みにポルノグラフィティは広島県尾道市の近くの因島出身です。
つまりこの記事は私も含めての広島からのメッセージと言う訳ですね〜(~ )(o~ )(~o~)( ~o)( ~)。
旅せよ若人
旅立て 若人よ 君の体が 燃え盡き 灰になる前 出かけよう 知らない町 名もなき土地 旅せよ いらないもの 全部捨てて 鍵もIDカ一ドも車も全部捨てて ほんの一握りの サバイバル 知恵を 詰め込んで 飛び出せ 青い星へ 荒れた大地を 耕せ 腹が減ったら 食えるものみんな どんな物も食べて生きよ 狩人 命と命がぶつかる 生き残るために必要なものって何? この目で 今確かめたい 鳥の羽ばたきを どうして 人は 生まれた? この星の上 どうして 人に 生まれた? 時空の風の中 追いかけてくる何かを がむしゃらに振り払いながらも 前に進む それでも 拭えない何かを ここで受け止める ここに受け入れる 道は 果てしなく続いてく 旅は 果てしなく続いてく
道は 果てしなく続いてく 旅せよ若人。
冬の精神を持ち続けよ!!
「いまが困難な冬の時代だからこそ、厳しい冬の精神を持たなければならない」
上記のエドワード・サイードの言葉を贈ります。
不屈の魂が人間を人間たらしめるのだと私は信じています。 |
転載記事
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今回の記事は私の記事としては稀な記事です。 この曲を,ただ、聞いて下さい。 このたびの原発事故への私からのメッセージに代えて10数分間 この曲を聴いて欲しいのです。 この曲は私の葬儀には必ずかけて欲しいと家族、特に娘には 生前に言っている曲です。 この星が何処へ行こうとしてるのか 君を守りたい 昨日の絵具で破れたキャンバスに 君を守りたい ただひとりの 「週末に僕は彼女とドライブに出かけた いつか子供達に この時代を伝えたい 君を守りたい ただひとりの 君を守りたい ただひとつの |
生活保護の扶養義務 運用厳格化を危惧 申請抑制、餓死・孤立死招く 高所得のお笑いタレントが民法の扶養義務を果たさず、母親が生活保護を受給していると指摘された問題を受け、厚生労働省は、扶養が困難な理由を証明する義務を親族に課すなど、運用を厳格化する方針を打ち出した。当事者や支援者らからは「生活保護から住民を遠ざけ、餓死や孤立死を増やしかねない」と懸念の声が上がっている。 (稲田雅文)
「悪いイメージで報道されるたびに、受給者への差別や偏見が広がらないかと不安を感じます」。精神疾患があって働けず、生活保護を受給する千葉県の三十代女性は、制度への逆風に眉をひそめる。
病気の悪化で仕事を辞めた。次の仕事が見つからないまま貯金が尽き、自治体の福祉事務所に駆け込んだ。職員は状況を詳しく聞いた後「若いから仕事はある。頑張って」と言うだけで、申請手続きをしてくれなかった。支援団体に相談し、後日、同行してもらうとすんなり申請できた。
扶養できる親族がいる場合、生活保護よりも扶養が優先される。申請時に親族のことを詳しく聞かれた女性は、親族との関係が悪いことを説明した上で生活保護を認められた。女性は「いろいろな家族のかたちがある。連絡を取りたくない人もいる」と訴える。
生活保護を申請しようとしても女性のように断られるケースは多い。反貧困ネットワーク事務局長の湯浅誠さんは「扶養義務の運用が強化されると、申請を抑制する動きが強くなる恐れがある」と懸念する。
湯浅さんは、暴力団関係者による生活保護の不正受給事件が表面化し、旧厚生省から支給を適正に決定するよう求める通知が出た一九八一年と、今の状況が「非常に似ている」と指摘。「行政が申請を受け付けなくなり、八七年には、札幌市白石区で生活保護の相談をしていた母子家庭の母親が餓死した事件が起きている」と警鐘を鳴らす。
市民団体の笹島診療所(名古屋市)で生活保護申請の支援をしている藤井克彦さんは「現在でも、生活保護の申請時に扶養できる親族がいないか十分照会をしているはず」と厚労省の方針に疑問を投げかけ、「必要なのはケースワーカーの増員ではないか」と語る。
受給者に家庭訪問などをして生活状況をチェックする自治体のケースワーカーは一人で八十世帯を担当するのが適正。実際には受給者増で、政令指定都市を中心に百世帯以上を担当するところも多く、収入の確認や就労支援などきめ細かな対応ができていない。
弁護士らでつくる生活保護問題対策全国会議は緊急声明を発表。厚労省による厳格化の方針は、DV被害者や虐待経験者も少なくない生活困窮者に申請の抑制を招くとし「生活保護制度が置かれている客観的な状況、受給者の実態に目を向け、冷静に議論すべきだ」と呼び掛けた。 ・・・・・・・・・以上転載終わり
強調はこのブログで行いました。
先日来、生活保護の件で
不正受給者を徹底的に取り締まれ。とか
在日特権で外国人は無審査受給。とか
生活保護は現物支給にしろ。とか
正直者(受給していない人)が馬鹿ををみる(損をする)社会反対。とか
子が親の面倒をみる事は当たり前。とか
とんでもない意見が飛び交っている。
が
自民党はすでに3月に生活保護に関するプロジェクトチームを作って
(1)給付水準の10%引き下げ
(2)食費や住宅扶助の現物支給
(3)自立促進・就労支援
(4)過剰診療防止による医療費扶助抑制
(5)自治体の調査権限強化
と言っているので今、芸能人を叩け!片山さつき万歳!とか言っている人たちの意見は
自民党の改悪案とそんなに違わないところがとても怖い。
ネトウヨと呼ばれる人々には政治集会への動員があると聞けばさもありなんではある。
本来対立するかと思われる現政権民主党の厚生労働大臣小宮山洋子の素早い対応も怖い。
芸能人・有名人のプライバシーは随分と前から洋の東西を問わず民衆の娯楽となっているが
今回は娯楽じゃすまない。
芸能人叩きから受給者叩きへ変容しているのは少し検索すればゾロゾロ出てくる記事やコメントから明らか。
頭に血が上っている人は深呼吸して考えましょう。
生活保護制度はなんの為にあるのでしょう。
趣旨はこう。
「生活保護制度は、生活に困窮する方に対し、その困窮の程度に応じて必要な保護を行い、健康で文化的な最低限度の生活を保障するとともに、自立を助長することを目的としています。」
生活保護費の引き下げを声高に叫ぶのは何故でしょう。
平均年収が(年収ラボ統計元:国税庁 平成22年 民間給与実態統計調査結果から)
男性300万円台女性100万円台がトップです。
もう、低所得は本人の自己責任とは言えない事態が社会で起きている。
社会の仕組みがワーキングプアをせっせと生み出す形に変化してしまった。
そんな働いてもいつも生活が苦しい状況下での弱い物イジメを自の不平不満のはけ口にしているのです。
外国人排斥も同じです。
見ず知らずの誰かを攻撃しているのですから心の痛みは感じません。
こんなツイートを見つけました。
最近の生活保護バッシングとか、その他もろもろの出来事って、根底には「あるべき」個人や家族にみなが合わせろ、そうすれば「よい社会」ができる、という思想がある。それに合わない奴は「非国民」だと。そうした風潮が同調圧力を生む。まさしく、優生学的発想による人間の多様性の抹殺である。
戦時中みたいです。隣組で見張りあって、政府・軍の押しつけにそぐわない者は「非国民」。
「優生学的発想による人間の多様性の抹殺」って一番わかりやすいのはナチスだと思う。
もっともだからネトウヨと呼ばれる人々が群がるのかも。
生保受給者を叩く事も国の歴史を正視しない事も民族に優劣をつけたがる事も気に入らなければズルい、損だと叫ぶ事も
自分の心にちゃんと訊いてみればいい。本当にそう思うのか?って。
私たちだけが知っている本当の真実!って言うのもネットで充分調べたって言うのも
よくよく思い返したら、同じ考えの人の提供したものばかりだったり、要するに自分たちに都合の良い情報だけを調べたのじゃないかな。
紙が上等、ネットが下等とは言わないけれど図書館でも行って調べなおした方がいいと思う。
話題がそれ気味なので戻します。
扶養義務の厳格化は受給するべき人の申請を抑制し今以上に餓死やホームレス、行き倒れを増やす。
そして真面目に働く親思いの優しい子供の生活を圧迫する(半分嫌味)
尊属殺人なども増えるかもしれない。
親兄弟に自分の居場所を知られたくない人には死ねと言ってるのと同じ。
虐待から逃げた子。DVから逃れた妻。妻子を捨てて家を出た夫。。。いくらでも思い浮かぶでしょ。
鬱憤晴らしや面白がりで扶養義務の厳格化や支給金額の減額など求めてはいけない。
国会議員のセンセ方は真面目な顔して自分たちは関係ないからって上記のような法案を考えてはいけない。
まして実行にうつすべく議会に提出などしてはいけない!
生保受給金額が10%減らされて私たち庶民の生活は楽にならない。
私たちの税負担は軽くならない。
年収3000万だの5000万だのの人って沢山税金払ってると思うよ。
止まらない位に怒っていて、もっといろいろ書きたいけれど
滅茶苦茶になってしまうので止める。
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Y先生へのメール
先生はよくご存知でしょう。
わたしの故郷の山口県の上関を。
まだ建設もされていませんが上関には中国電力の原子力発電所の建設工事が計画され強行着手されようとしています。
原発は日本各地の風光明媚な海辺の町をその美しい海の景観を悪魔と取引して不気味な風景に一変させてまた今も瀬戸内海の美しい海辺の土地を破壊させようとしています。 上関原発は被爆地広島の電力供給に貢献する意図で建設計画されようとしている原発です。
いや、平和を希求する広島の願いを踏みにじる施設です。
山口県には下関があり、上関もあります。
では、中関は?
実は防府市の三田尻が中関なのだそうです。
長州、周防に跨る山口県は風光明媚な風土です。
上関は1974年の朝のNHKドラマの鳩子の海の舞台となった町です。
広島の原爆被爆体験で記憶喪失になった孤児の少女鳩子が様々な人生経験を経て大人になって行く主人公鳩子の生い立ちの謎解きと数奇な運命の放浪記がこのドラマの概要でした。
鳩子を育んだ原風景はピカの広島なのか、それとも鳩子の愛した上関の海なのか?
物語はある意味彼女の記憶の糸を辿る様にして展開されました。
その美しい故郷に忌まわしい原発。その美しい景観を愛する人間として、Mさんにメッセージを彼女のブログゲストブックに書きました。わたしの想いを書きました。
Mさんへのコメント
……………………
わたしは左翼党派は、体制選択、、スローガン、階級意識の押し付け等のイデオロギー過剰の或る意味での画一的思想統制を目指す集団で、違和感を感じています。わたしは多様な生き方を尊重する社会が好きです。金が好きな連中はその分配の仕方を巡って争っています。金の分配を巡っての争いが体制選択の問題に連結して、それがスローガンとなりご大層なイデオロギーになります。Mさん、わたしの故郷の山口においでませ!
祝島の干したタコ、干したヒジキ等の干物とビワ茶を頂きながら、古民家でノンビリ景色を含めた海からの恵みにひたる時に人は何を一番大切にすべきかが直ぐに分かります。わたしの好きな祝島のおばちゃんに教えられました。
祝島の真向かいの対岸に建設計画されているのが上関原発なのです。
鳩子の海のあらすじ
広島の原爆など悲惨な戦争体験から記憶を失い、瀬戸内海の港町で育てられた鳩子の放浪の軌跡を追いながら、人間にとっての住むべきところ、故郷とは何かを問う。
最初の物語の舞台は山口県。
物語は米軍機の機銃掃射から脱走兵の天兵が少女鳩子の命を救ったことから始まります。
記憶喪失の少女鳩子が自分の出生の秘密を探るため日本各地を放浪する物語です。
鳩子と一緒に天兵の実家のある柳井へ着いたのですが、彼は脱走兵で実家には手配の手が及んでいました。
結局天兵は憲兵の追っ手から逃れるため、鳩子と2人で室津へ落ちのびていくことになります。
朝ドラなのにサスペンスドラマですね。
二人は逃亡者なのです。
室津から四国に逃げようと企てた二人でしたが、運悪く憲兵の追っ手が迫り、たった一人で船をこぎ出すことになってしまった鳩子は、四国に流れ着きます。
そのような展開があった後に舞台は周防灘の海辺の町上関に移ります。
上関国民学校の代用教員をしていた東京出身の国行誠二は終戦の日8月15日に上関にたどり着いた
記憶喪失の少女に「鳩子」と名前をつけました。
鳩子が成長するまでに彼女の心を育んだ海辺の町が上関なのです。
大人になった鳩子は、音楽の勉強をするため東京へ上京します。
ここからは東京が舞台になります。
昭和36年、鳩子は東海村原子力研究所に勤める榊原と結婚します。
しかし、結婚5年目の41年夏、まじめすぎる榊原との結婚生活にくたびれた鳩子は家出をします。
昭和41年、家出をした鳩子が訪れた場所、そこが結城紬の里、結城市でした。
鳩子は紬問屋「高正」で働き始めます。 その頃、鳩子は別れた夫との間にできた子供、鷲太郎を出産します。 その後、鳩子は機織りの修行に没頭しますが、鳩子の子供の頃の防空頭巾ともんぺは結城紬であることが分かって、出生の秘密の手掛かりが見つかりましたがしかし、それ以上の具体的な手がかりはなかったのです。 その後、鳩子は「高正」の東京店へ移りました。
そして、昭和49年、やっと鳩子の出生の秘密がわかります。 鳩子は京都室町の呉服問屋の次男の一人娘、仮名子という名でした。 彼女は疎開するトラックに揺られ、広島中心部を通った際、丁度原爆に遭遇したのです。 奇跡的に大きな被爆の被害を免れた彼女は西へと歩き続けますが、この時のショックで記憶を失ったのでした。 ぜんそくの持病を抱えるわが子鷲太郎の健康回復のために鳩子は子供時代の自分を育んで
くれた土地上関へもどります。
広島大学の助教授に任命されていた鳩子の夫であった榊原は、上関を訪ね、
鳩子と鷲太郎に再会します。
「時々逢いたい」という榊原に、鳩子は「いいわ」と答えます。
自分の出生の秘密を知り、本当の名を突き止めた彼女でしたが、これからも「鳩子」として
強く生きることを誓うのでした。
このドラマの狙いは何処にあるのでしょうね。
既に38年前のドラマなので当時12才の人でも現在50才になっているのです。
わたしも幼い頃からの周囲の人たちの思い出話を通しての聴き伝えなのです。
そして、上関の原子力発電所の建設計画が表面化するのが1982年のこと。
ドラマから8年近く経過した時期だったと思います。
原爆、原発を絡めた展開といい、前年の1973年の第一次オイルショック後の1974年当時の世情から推察してみると、おそらくは、原子力の平和利用という名目での啓蒙ドラマの側面も否定できないのですが…………人が安心して生きられる場所を記憶喪失の少女鳩子は探し求めて、それは生みの土地の京都ではなくて心を育んでくれた育ちの海の景色が美しい上関だと気づくエピローグから判断して、(40年近くの時の流れの後で原発神話が虚構だったと今更ながら確信した現在では)決して失ってはいけないものとは何かを考えることが本当の狙いのようにわたしには思われるのです。
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午前中明日からの出勤に備えてウロウロ。。 昼過ぎにパソをあけてメールチェックしてたら・・ 書道家『金澤翔子さん』のお母様からのメールがあった 『書が展示されている関西医大枚方病院に行きます。 できればお逢いしたい・・』 そういう内容のメール!! 発信時間は今朝ぢゃん! 電話番号も書いていただいてあって沙羅、大慌て!!^^; とりあえず電話をするコトに ちょうど関西医大枚方病院にいらっしゃるので今から逢いましょうか?とのこと 沙羅、歓喜&動転!!(いやぁ〜〜ん、まぢ?嬉しいケド超きんちょ〜!!) ケド、こんな機会はまずない!行かなくちゃ!!! 病院の展望レストラン・・・到着 ドキドキドキドキ・・・・ お世話役の方に案内されて翔子さんと、お母様にお目にかかる ひょぇぇ・・・(とは言わなかったケド・・) あの威風堂々というか、ダイナミックな書を書いたヒトとは思えないくらいに・・ めっさ、小柄・・・かぁいい・・(失礼かな・・^^;) まぢ、ちっちゃな、ちっちゃな手・・・ この手が、あのダイナミックな書を生むんだ。。。。 もぉ、感動してしまった沙羅でした 1時間余りかな?翔子さんとお母様とイロイロお話をしてあっと言う間に経過 名残おしいなか、おいとまをする・・ 今日、お目にかかれてよかったぁ・・ 明日からの新しい仕事に不安がある中で 翔子さんからパワーをもらった沙羅でした 金澤翔子さんのスペシャルスマイルに癒され、励まされ うんうん・・もぉさいこ〜の日になった!! 写真はお二人の許可を得て掲載しました 弓矢ぢゃなく、筆を持つ地上に舞い降りた天使に逢えた日・・ (詳細は『沙羅ってナニ者?!』の書庫に書こうと思います) 翔子さんと逢わせてくれたnoritakeさんに感謝!! |

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