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雪の日に
悲しみは雪のように 浜田省吾
君の肩に悲しみが 雪の日に 吉野 弘 ――誠実でありたい。 実はあの浜田省吾の有名なヒット曲『 悲しみは雪のように』は吉野弘さんの詩を読んだ浜田省吾が感動して作った歌、つまり、吉野弘へのオマージュだそうです。
吉野弘さんの詩の題は雪の日にです。
「誠実でありたい」と願うことに対する雪が降り続けている日の気付きの想いを綴っています。
誠実であり続ることを思索した時の誠実で有り続けることの永劫回帰的な反復性の
気付きの詩ではないかと私は思います。
永劫回帰的な問いかけの反復性とは「誠実が 誠実をどうしたら欺かないでいることが出来るか」
と言うことを反復して問い続けることの意味の気付きです。
永劫(EVERLASTING)にこの反復する
問いかけを
不断に
持続する事への気付きの詩だと思います。
自分は誠実で在ると思いながらも、ふと日常の雑事にかまけて誠実な心を忘れる。
忙しいとは文字通り心を亡くすと書きます。
悲しいようですが、降り続く雪の中で涙が枯れることなく流れ続ける。
誠実は積み重ね続ける心の営みと感じた涙は悲しみの涙のようでありながらも、実は決意、覚悟、確信の静かで穏やかな諦念・悟りの涙ではないでしょうか。
浜田省吾も、発表前の吉野弘宛の手紙に彼なりの想いを書き綴ったと言われています。 あの歌がテレビドラマのテーマ曲となり大流行する前の秘話です。
悲しみは雪のようにとは真心を亡くすこと無く生きるとの覚悟だと思います。
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7年前15歳、支援学校進学時の娘の覚書より
自ら考えて知ることだけが、「知る」ということの本当の意味だ。 「存在する」ということは、奇跡だ。存在するあらゆることが奇跡であり、したがって謎なのだという絶対の真理を手放さないのであれば、君は、これからの人生、この世の中で、いろんなことがあるけれども、悩まずに考えてゆくことができるはずだ。
『14歳からの哲学』(池田晶子)より
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明けましておめでとうございます♪(*'-^)-☆今年もよろしくお願いします(^^♪
今年は、子育てに一区切りを付けて、私に対して与えられた使命・役割を果たすべき始まりの年なのだと改めて深く心に銘じています。
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2011年兎年の最後の、投稿です。
来年もよろしくお願いします(∩´∀`@)⊃
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黒板というソフトで描いた娘の作品
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