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吉野弘「生命は」の詩。光をまとって飛ぶのは華やかな蝶ではなく虻であることの意味を深く考えてみては如何でしょうか。

宮澤賢治研究

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私の趣味の一つである、宮澤賢治の詩作・童話評論を展開していきますが内容は障害児・者教育・支援にリンクするものを中心にします。最近記事をUPしたところ、結構な訪問数になって、反響に驚いています。乞うご期待の程。またコメントも残して頂ければ幸いです。

宮澤賢治研究

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困った顔

「ニュースサイトの転載」はサービス終了になりました。

心にポッカリと穴の開く思いで彼女の訃報を知りました。俳優の長岡輝子さんの訃報です。私に賢治の作品を岩手・花巻の言葉で読むことを教えてくれた存在でした。岩手・花巻の訛りで賢治の作品を読むと心が賢治と通底してくるのです。『春と修羅』をこの方法で何度も何度も読み返しました。賢治の妹としの臨終の際の作品『永訣の朝』を岩手・花巻地域の訛りで読んで下さい。

おまへはひとりどこへ行かうとするのだ

(おら おかないふうしてらべ)
何といふあきらめたやうな悲痛なわらひやうをしながら
またわたくしのどんなちひさな表情も
けつして見遁さないやうにしながら
おまへはけなげに母に訊くのだ
(うんにや ずいぶん立派だぢやい けふはほんとに立派だぢやい)
ほんたうにさうだ
髪だつていつそうくろいし
まるでこどものりんごの頬だ
どうかきれいな頬をして
あたらしく天にうまれてくれ
(それでもからだくさえがべ)
(うんにや いつかう)



長岡輝子さん。享年102歳の大往生でした。合掌。


女性演出家の先駆けでテレビドラマ「おしん」の大奥様役など幅広く活躍した俳優の長岡輝子(ながおか・てるこ、本名篠原輝子=しのはら・てるこ)さんが18日死去した。102歳だった。
 岩手県生まれ。パリで演劇を学んだ後の1931年、金杉惇郎らと共に劇団テアトル・コメディを結成、36年に解散するまでフランス喜劇の演出、出演を手掛け、新劇界に新風を吹き込んだ。
 39年、文学座入団。芥川比呂志らとの麦の会を経て71年に文学座を退団、座友となった。三島由紀夫作品を積極的に取り上げたほか、主な演出作品に「シラノ・ド・ベルジュラック」(51年)、「大麦入りのチキンスープ」(64年)などがある。
 映画、テレビ番組にも盛んに出演。小津安二郎、成瀬巳喜男監督作品などのわき役で光を放った。テレビでは、NHK「おしん」の大奥様役で人気を呼んだ。
 64年に芸術祭賞、03年には菊池寛賞を受賞。晩年は、岩手弁による宮沢賢治の童話や詩の朗読に力を入れていた。(.asahi.com)
この記事はわたしと翔との間で交わされた往復書簡を基にして主に命を戴く意味について考える

形式の記事で投稿いたします。

テーマは宮澤賢治の不食・ベジタリアンとしての願いと等身大の賢治の現実を巡っての

手紙のやり取りをしながら命を戴く意味を考えていきます。

その、手紙のやり取りの間に、或る動物愛護者Rさん(かなり観念的な動物愛誤者・動物カルト

の疑いすら抱かせる自称ベジタリアンで実はかなりの肉好きグルメの女性)のブログ・掲示板での

不祥事の話題にも触れながら話が展開されます。


★私の翔さん宛ての手紙★

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★	
	

『翔さん風邪の具合如何でしょうか?』

今日は、お休みとか聞き及びました。

翔さんと少し話してみたいと、思い訪問しました。

森達也さんの本*「いのちの食べ方」*の最後に書いてある、伝説の屠場職人のお話は、

我々日本人の忘れかけている、心の優しさを物語るお話ですね。

若い頃に捌き方が未熟で、1匹の山羊を必要以上に苦しめて、血だらけにして、不本意な屠殺を

余儀なくされた,悔いを50年も忘れずに、名人の屠場職人になった後も罪の意識に悩まされていた。

屠場の捌きの名人が死ぬまで抱える苦しみ、そして、その心を癒す言葉とはと考えた時に、

「肉を作るお父さんの仕事はとても大切です。だから、お父さんが大好きです」

の子供の単純な言葉なのでしょうね。

Rさんも宮沢賢治に影響を受けているようですが……彼女は、よだかの不食の願いを観念的に

受け入れてしまった。

この場合には仏門に入り、出家するしか、道はないのに、仲間を求め、不食に少しだけ近い、

べジタリア二ズムに活路を見出し、理性と科学を切り札に出きると考えたのでしょう。

伝説の捌き人の足下にも、遠く及ばない、姑息で、短絡的な半可通の浅知恵ですね。

賢治は、そんなことを書いていないのです。

よだかは悩みます、涙を溜めて必死に空高く空高く、飛翔し続けて、確かに星に成りました。

宇宙の彼方に飛翔し続けながら、涙を流し、更に飛翔を止めない心は、眼を叛けずに己の修羅性を

真正面から問い続ける意識です。

賢治は己の中の修羅を真正面から見続けた人です。

でも、人一倍、グルメでした。

修羅である自分を曝け出す、試みが詩集「春と修羅メンタルスケッチモデファイド」で、

童話創作は、【子供の素朴な言葉以上の癒しは無い】から童話創作をし続けたのだと思います。

賢治は己の存在に組み込まれた修羅を生涯問い続けた人で、手本にされるべき、不食、ベジタリアン

の先駆者ではありません。

賢治の精神性をべジタリア二ズムの精神性と誤読したことからRさんの歪みが露呈した

のでしょうね。

彼女の行く着く先は出家しかないのです。

在家では修羅の意識をずっと問い続けて、子供の単純な言葉の次元まで辿り着くまで、修羅と

無邪気さの間を何億万カルパ(註)飛翔し続けるよだかの心を忘れずに生きることなのだと、

私は思います。

つまり、星になったよだかは、常に星になるその途上の私たちなのではないでしょうか?』

註:カルパ【漢訳仏典では「劫(こう)」。1カルパ(43億2000万年)と呼ばれ、ブラフマー神が起きてい昼間の半日に当たる。ブラフマー神の一昼夜に当たる86億4000万年が100年分繰り返されると(311兆400億年)、ブラフマー神の寿命が尽き、ブラフマー神を含めて宇宙は消滅する。
しかし、それもヴィシュヌ神の一昼夜に過ぎない。】 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★	


★翔さんからの手紙★
おはようございますYOSHさん、丁寧で考えさせられる御手紙をありがとうございました。
森達也さんの『いのちのたべ方』に登場した伝説の職人さんの話は、私も色々と考えさせ
られました。

きっとこの方にとっては『自分は地獄に行くしかないんだ』と思う程の、そしてどこかで
その意識が付き纏い続ける程の重い重い、けれど、それを忘れてしまったら、その苦しみに
『慣れて』しまったら、もう自分は其処で働く価値も、いや、自分自身でいる価値もなくなる、
そういう記憶だったのだと思います。

私にもこの仕事をしていて、沢山思い当たる節はあります。
(吐き出す呟きの形で、このブログにも幾度か書いた事はありますが)

哀しい記憶です、辛い記憶です。自分の無力をまざまざと思い出させる記憶です。
でも忘れてしまったら、その子達の死は自分にとって何だったのかと思う、捕まったら
永遠に足を止められてしまいそうな、けれど忘れたら決して前には進めない、そんな記憶です。

少し前の記事『そもそも』で愚痴った様に、そしてたんぽぽさんがお話して下さった打ち明け話
の様に、忘れない様に、けれど立ち止まる事のない様に切り替えて、自分を立ち上がらせて、
私は此処まで歩いてきたのだと思います。

未熟な私などとは比べるのもおこがましいのかも知れませんが、きっとその職人さんもそうだった
のだと思います。

けれど、その立ち上がるきっかけは自分の中で何の力も借りる事なくすっくと涌いたというもの
ではなく、YOSHさんが書かれたお子さんの……例えその場の事や葛藤は詳しくは何も知らなくとも、
でもそのお父さんの心や誇りを真っ直ぐに見て『大好き』と言う子の心からの言葉の様な純粋さや、
或いは初めて子豚を殺した私が目にした小さな虫が丸まった触覚を直す仕草や、生き残った
子豚達のその頑是無い(がんぜない)、ただただ『命』であるその姿や、このブログにおいて
私のどこに投げたとも(自分でさえ)つかない愚痴に対して、様々な事を考えられた上で、
ただ静かに言葉をかけて下さった人達がこちらに向けて起こしてくれた漣があって、
こうして歩いているのだと思います。
問題のRさんはよく『ビヂテリアン大祭』を引き合いに出しておられますが、作中で『私』が訴える
言葉『無限の間には無限の組合せが可能である。
だから我々のまわりの生物はみな永い間の親子兄弟である。異教の諸氏はこの考をあまり真剣で
恐ろしいと思うだろう。
恐ろしいまでこの世界は真剣な世界なのだ。』という台詞を、また最後の一文である
『私はあんまりこのあっけなさにぼんやりしてしまいました。
あんまりぼんやりしましたので愉快なビヂテリアン大祭の幻想はもうこわれました。
どうかあとの所はみなさんで活動写真のおしまいのありふれた舞踏か何かを使ってご勝手に
ご完成をねがうしだいであります。』という先の訴えに反してあまりにも醒めた締めくくりの
言葉を書かれている事をどう思われているのだろうと考えます。
賢治はブドリの様になりたかったのでは、と思わせる『グスコーブドリの伝記』の結末の温かさや、
YOSHさんの上げられる『よだかの星』、或いは『なめとこ山の熊』の安らかさに比べて、
私はこの終わり方はあまりにもその場を突き放している(『猫の事務所』にも似ていて)気がしました。
『これは自分の求める答えではない』と言っている気すらしました。
賢治がグルメであったというのは知らなかった事ですが、作品を読んでいて『ああ』と思い当たる
節は確かにあります。
『オツベルと象』の『6寸ほどあるビフテキ』だの『雑巾ほどのオムレツ』だのを指して
『ほくほくしたの』を食べるという描写は実際美味しそうですし、『セロ弾きのゴーシュ』を読むと
狸の料理法にも詳しいみたいですし、その他作品でも御飯の描写は本当に美味しそうですから
言われてじっくり読み返すと『御飯食べるの好きだったのかな』とも思えます^^。
しかし、それでも『命』を食べる、或いは家業である質屋が『貧しい人の苦しみの上にある』という
深い『業』の意識が、この人の中には常に付き纏っていたのだと思います。
それが『よだかの星』の甲虫の今際を飲み込んだ慟哭や、『なめとこ山の熊』において
『お前は何が欲しくて俺を殺すのだ』と問われた小十郎の答えとなり『ビヂテリアン大祭』において
その『愉快なビヂテリアン大祭の幻想(……なのですよね、あくまで)』の中への意識の安住を赦さない様な、あの終わり方なのではないかと、そう考えます。
賢治は父親と宗派において決裂するほどに法華宗に傾倒しつつも、出家はしていないのですよね。
出家をして護られた『寺』の中に逃げ込むのを良しとしなかったのかも知れません。
無論、当時そして今現在においても現実に出家なすった方もまた、様々な苦労苦難を背負って
『業』と対峙しておられるのだと思います。
けれども、賢治はそれとは違う、現世において一俗人、一農業人として己の『業』『修羅』と
対峙する道を選択したのでしょう。

転じてRさんですが、此度の御手紙を頂き、こうして一連の作品を読み返すに当たって、
よだかの不食の願いを観念的に受け取る=『愉快なビヂテリアン大祭の幻想』の中に逃げ込んで、
どっぷりと浸かっている人なのではないかと思いました。
『私』の切実なる訴えを、『わあ凄い』と手を叩いて賞賛するだけで受け流し、それによって肉食をする者を打ち負かせた『結果』だけを見て『自分は正しいのだ』と賑やかしの道化だけを見て喜んでいる様な。
其処には、先の職人さんや賢治がこの世に生きるにおいて背負い続け、感じ続けた『命』に対する
『業』の苦しみ、痛み、衝突しあう悲しみやそうとしか生きられない事への慟哭はなく、
その『幻想』を出て先を歩こうという意思もない、生ぬるい意識しかない。
Rさんのブログは、そして私が嫌悪する動物権を全面に押し出す愛護団体の主張は正に
『愉快なビヂテリアン大祭の幻想』そのものなのではないかと感じます。

そして、よだかです。
僕は何も悪い事はしていないと嘆いていた彼は、きっとそれまでは虫を食べて生きている事に対しては
無自覚だったのではと思います。
私は図鑑でしか見た事はないのですが、ヨダカの捕食方法というのは作中でもある様に大口を開けて
飛び其処に飛び込む虫を食べるという、一言で言い表すと『問答無用』としか言い様のない餌の取り方をします。
他の鳥達の様に獲物と対峙する事なく、掃除機の如くに吸い込んで口に入れば見もしない……そういう食べ方です。
けれど、そこに飲み込み切れぬ様な甲虫が引っかかり、問答無用で振り返らぬまま羽虫を飲み込んでいた彼に『自分は生きているのだ』と叫びもがき苦しんで苦しんで、死んでいく。
生きているのだと、死にたくなどないのだ、自分もまた一つしかない命なのだと最期の断末魔で
よだかに伝えて。
……ちょうど、職人さんが殺した山羊の様に。或いは私が殺してきた、そして直接は手にかけずとも
出荷という形で命を奪ってきた豚達の様に。
よだかが己の悲運ではなく、今まで見もしなかった虫たちの命に泣き、星になろうと決めた瞬間は、
読んでいて胸が痛くなりました。
子豚を殺す瞬間を思い出して、辛く感じました。
(修羅とグルメと不食の間(2)に続く)


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


イメージ 1

修羅とグルメと不食の間(1)の続き
今回、この御返事を書く為に再読して、今まで読んでいた時とは違う感想を抱いた箇所があります。
よだかが最後に飛び立つ折に高く高く叫んだ声は、私はそれまでこの世界への死出の旅路の別れ
だと思っていました。
YOSHさんの御手紙を頂いてから読んで、死出の旅路の別れではないのではないかと感じました。
天空という想像を絶する世界に立ち向かう事で、星となる途上を目指す事で『生きよう』とした叫びなのではないかと思いました。
それは『ゆかいなビヂテリアン大祭の幻想』に逃げ込む逃避と似て、全く非なるものと感じました。
よだかの呼吸を奪う苦しさや剣の様に突き刺す寒さや霜、そして見上げても見上げても近付く事のない星や帰る事も出来ないほどに遠くなった地上を見る思いは、きっとよだかが殺してきた虫達の痛みや苦しみ、悲しみだったのだと思います。
それでもよだかが飛ぶのは、その苦痛を全て引き受けて忘れない為、星になろうとしたのはその苦痛から逃げるのではなく、その痛みを光として前に進む存在――『星』であろうと望んだからではないかと思います。
星は何千年も何万年も生き続ける存在です。そうして生きる限り、よだかは己が知った業と痛みを忘れずに、それでもその全てを安らかに包む青い火として燃え続けていくのだと思います。
私はまだ星になる事は出来ません。死んでもそんな境地に行く事は出来ないかも知れません。
山羊を殺した職人さんもまた、まだ星にはなれずにいるのだと思います。
それでも、『ゆかいなビヂテリアン大祭の幻想』の中に逃げ込みたくはありません。
星になろうと足掻きもがき、痛い苦しいと泣きながらそれでも立ち上がって歩く道に、差し出される言葉や心、そして此度頂いた手紙はその幻想の内ではなく現実に歩くからこそ得られたもの、気が付けたものと思うから。
今回もまた、深く己の立場について考える機会を頂けて嬉しく思います。
私の言葉は拙く、また纏まりないものですが、YOSHさんより『話を』と御機会をいただける事を心より光栄に感じます。
どうもありがとうございました。

私からの返信
翔さん
よだかは星になったのですが、星にも命がありますよ。
賢治が出家せずに、在家を選んだのは、法華経の信仰のあり方がこの世・社会に生きることを勧める宗派だった影響は有るのですが…やはり修羅を見つめて、行き続ける願いは幾万年カルパの年月が掛かるとの思いが作品の中ではよだかを星にさせたのだと思います。
星になって、悟った訳でも、崇高な存在に成った訳でもないのです。
皆に木偶の坊と呼ばれる、あり方は、崇高の真反対です。
日照りの時におろおろ歩く姿は超然としていません。
私たちの既成の思い込みの価値観で諮ると賢治は幾らでも、誤読可能な作家です。
Rさんはまさに誤読しています。
賢治は最小限の動物性食材を食べるセミベジタリアンの道を選びますが…果たして正しい選択だったのか、死後の偉人賢治を崇める視点は賢治には相応しくないと思います。
賢治は生涯ずうっと失意の人なのですから。
『ビヂテリアン大祭』の読み方の誤読の果てが今のRさんの憐れさなのでしょうね。
賢治は自分の修羅性に対する懊悩を臨終の最後の期に父親に初めて褒められた言葉に安らぎを覚えたと言います。
確固とした信念の選択なのか、実験なのかの答えは彼の若すぎる死でお分かりでしょう。

ビヂテリアン大祭についての詳細の検討は無駄でしょう。今回の私達の周囲での馬鹿騒ぎを何十年も前に予言的に芝居仕立てで書き表している天才のなせる業で説明され尽くしています。Rおばさんが女性である事を隠して男性に固執したのも、賢治の引力圏に囚われたからでしょうね。賢治は恐らく頭の中の思考実験でビヂテリアン、つまりベジタリアンを巡る論争の詳細を予言したわけです。
それを、なぞる事は賢治の本意ではないでしょう。

>>私はあんまりこのあっけなさにぼんやりしてしまいました。あんまりぼんやりしましたので愉快なビジテリアン大祭の幻想(げんそう)はもうこわれました。どうかあとの所はみなさんで活動写真のおしまいのありふれた舞踏(ぶとう)か何かを使ってご勝手にご完成をねがうしだいであります。>>

お話の終わり方・エピローグは、1918年以来15年の菜食主義の精神性に生きた賢治らしい、べジ肯定の様ですが…1918年賢治22歳の時に友人に「自分の命もあと15年はあるまい」と述べた予言どおりに亡くなったのですから。15年しか生きられない自分を知り尽くしていたわけだからでしょう。私は天才の天才ゆえの人生実験だったと思います。結論は出ているのでしょう。ビジテリアン大祭の幻想(げんそう)はもうこわれました。ベジタリアンの見果てぬ夢は現実に負けていたのです。だから、それは、よだかと同じ様に劫年(カルパ)の年月を経て、魂の上での(観念の上での)成就の形しか取れない事の悟り、諦観の上での>>ご勝手にご完成をねがうしだいであります。>>の結語になったと私は読みました。15年も形式的にベジタリアンでは有りましたが、盛岡は蕎麦の名産地です。現実にサイダーに海老天蕎麦を教え子と食べる賢治はベジタリアンの鑑ではないのです。それに、モダンボーイ・グルメなのです。
PS.
読み返すと、また、誤字だらけの文章で後で推敲・修正いたします。誰かが以前入試に賢治の文章を出題する学校は程度が知れていると述べたのですが…
この発言が賢治をきちんと理解しているかのリトマス試験紙のようなものです。
発言主は賢治を愛してやまない人です、Rさんはきっと怒るでしょうね。
賢治の童話は、大人になって読むと読み方が変わるのです。前に述べた、捌き人のお子さんの作文の稚拙さが逆にお父さんを癒したような力は大人の文章にはないのです。知識は使い方・深さが中途半端な場合には人を不幸にします。人の絆を切るのです。Rさんの憐れさは全て此処に尽きるでしょうね。
賢治の真反対に立っていたわけですから。
賢治が童話を書いた本当の理由は恐らく子供の稚拙さの持つ力に魅せられたからでしょう。
此れは、私の推測に過ぎません。単なるおしゃべりでした。

翔さんからの返信
YOSHさん、いつも丁寧な返信をありがとうございます。
飲んでいた薬が効いてきたのか、病中といえど食事に変化がなかったせいか、余計に体力を失う事もなく、身体の方は快方に向かっております。
来週には予定通りに仕事に復帰出来そうですが……豚達に顔を忘れられていないか、心配です。

星にも命がある……その通りですよね。星にも誕生があって老いがあり、死がある。
物凄くスパンが長いだけで『普通の生き物』なんですよね……考えてみたら。
木偶の坊。星も地上から見れば決して不動の存在じゃない。
雨が降れば隠れるし、より強い光が現れれば消えてしまうし、嵐の中では存在すら見えない。
ある意味、それは日照りや旱魃の中で枯れていく作物を立ち尽くして見るしかない人の立場そのもの
なのかも知れません。
何にも出来ない、見ているしか出来ない、どんなに技術を伸ばしてもより強いものが――災害とか、地震とかそうでなくとも例えばほんの少し上がり下がりする気温とか――少し動けば己の光と思ったものさえ掻き消されて、何もかもなくなった跡に、やっぱり立ち尽くして見ているしか出来ない。
そう考えると、木偶の坊かも知れないと思います。
例えばうちの豚達、或いはうちで飼っているウサギ(或いは畑の作物達)の立場にとっては、私達人間は生殺与奪をがっちり握って、運命を動かす、「よだかの星』の作品に出てきた揺ぎ無く、何事にも心を動かさない『星』なのかも知れません。
でも結局、その本質は此度のインフルエンザの様に、病を前にして半狂乱に走り回り、骸を前にして立ち尽くして、埋めた後には何が出来たと己の無力に身体を折り曲げて泣くしかない木偶の坊です。

『星』になったとしても、ただ見詰めるものの立ち位置が地上から空に変わっただけの話で、結局は変わらないのかも知れません。(そういえば、ヨダカが星になりたいと懇願した相手の一人であった鷲の星は、『金と身分』を引き合いに出して突っぱねていました。
ある意味、貧しい人達にとっては金持は(立場の上で)そういう『星』と言えたのかも知れません。
Rさんの言動は、そういう意味では『星』の言動ですね。立ち位置が変わっただけ、たまたま裕福な先進国の、命を断つ現場にいる事のない人間であるだけなのに、自らと異なる場所にいる人達の意見は『野蛮』と一切を突っぱねる事が。
賢治は己の出自も含めて、そういう事を酷く嫌悪していたと思うのですが……)
私には……賢治は手の届かない場所にいる『偉人』ではなく、自分にとっては一人の、いうなれば『稲と(私の場合は豚ですが)仲良くお話』する方法(心の受け取り様)を教えて欲しいと願う、ちょっと遠くに住んでいる『先生』という感じです。
別に偉くなくても、悩みを抱えておろおろしてても、ぴしっとしていなくてもいいし、豚の名医でなくてもいい。
生徒達に対して『おれはおまへをもう見ない』と別れ際に厳しい言葉を告げた『先生』が、ちょっとだけ振り返って育てた豚の頭をぽんぽんと撫でて『しっかりやるんだよ』と言って貰える様になればいいと思っている感じです。
YOSHさんとのお話は、そういう風に感じられるので、いつも身が引き締まり、励まされる思いがします。賢治はYOSHさんの仰る通りのグルメであり(生徒さんを連れて『ブッシュに行こう』と蕎麦屋さんに行っていたエピソードは有名でした)、
些か栄養学については無知な、いわゆる『金持ちのぼんぼん』であり、ある意味何処までもそれでしかなかったったのは間違いないと思います(さっきと言っている事が逆な気もしますが)。
畑山博さんの本にでしたか、賢治が教職にいた頃、生徒が朝礼で倒れて吐いたものが大根しかなかったというエピソードと、この天ぷら蕎麦の話は明暗の対比というにも哀しすぎるものがあります。
教職を辞した時も羅須地人会を開いた時も、『金持の息子だから本当には貧しい者の思いや立場など判らないのだ』という思いを周囲の視線は元より、誰よりも自分自身の中から聞こえる自責の声(懊悩、というか)に常に付き纏われ続けていたのだろうと思います。
己を修羅と呼び、自分で自分を赦す事の出来ない人生の行程の中での実験が、ベジタリアンという『夢』だったというのはとても切なく感じます。
だからこそ、父親が最期に認めて褒めてくれた言葉、そういう試行錯誤に失敗を重ねてばかりの(偉人、といいますけど何一つ『成功』はしていないんですよね、この人は)人生をも丸ごと『お前も大した偉いものだ』と褒めたそれは、本当に深い安らぎになったのだと思います。
それこそ修羅の道行きを歩み傷付くよだかの身体を安らかに包む青い火の様な、温かさで。

よだかの涙

【よだかはとても醜い鳥でした。夜に飛んで行動して、たくさんの羽虫を飛びながら食べるで、

他の鳥に差別され、嘲笑されて生きていました。

デモ、よだかは心優しい鳥で、生きるためにたくさんの虫の命を食べざるを得ない自分の命に

疑問を感じている鳥でした。】

はちすずめやかわせみの兄でありながら、醜さゆえに鳥の仲間から嫌われ、鷹からも改名を強要されてしまったよだか。彼はついに生きることに絶望し、太陽や星にその願いを叶えてもらおうとするが、相手にされない。居場所を失い、ただ夜空を飛び続けたよだかは、最期に悲鳴をあげて、青白く燃え上がり「よだかの星」となる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/よだかの星 より抜粋




これは、養豚業の翔さんに宛てた、私、還暦のメールを記事にしたものです。


翔さん風邪の具合どうでしょうか?

今日は、お休みとか聞き及びました。

翔さんと少し話してみたいと、思い訪問しました。

森達也さんの本「いのちの食べ方」の最後に書いてある、伝説の屠場職人のお話は、

我々日本人の忘れかけている、心の優しさを物語るお話ですね。

若い頃に捌き方が未熟で、1匹の山羊を必要以上に苦しめて、血だらけにして、不本意な屠殺を

余儀なくされた,悔いを50年も忘れずに、名人の屠場職人になった後も罪の意識に悩まされていた。

屠場の捌きの名人が死ぬまで抱える苦しみ、そして、その心を癒す言葉とはと考えた時に、

「肉を作るお父さんの仕事はとても大切です。だから、お父さんが大好きです」

の子供の単純な言葉なのでしょうね。

Rさんも宮沢賢治に影響を受けているようですが……彼女は、ヨタカの不食の願いを観念的に

受け入れてしまつた。

この場合には仏門に入り、出家するしか、道はないのに、仲間を求め、不食に少しだけ近い、

べジタリア二ズムに活路を見出し、理性と科学を切り札に出きると考えたのでしょう。

伝説の捌き人の足下にも、遠く及ばない、姑息で、短絡的ナ半可通の浅知恵ですね。

賢治は、そんなことを書いていないのです。

ヨダカは悩みます、涙を溜めて必死に空高く空高く、飛翔し続けて、確かに星に成りました。

宇宙の彼方に飛翔し続けながら、涙を流し、更に飛翔を止めない心は、眼を叛けずに己の修羅性を

真正面から問い続ける意識です。

賢治は己の中の修羅を真正面から見続けた人です。

でも、人一倍、グルメでした。

修羅である自分を曝け出す、試みが詩集「春と修羅メンタルスケッチモデファイド」で、

童話創作は、【子供の素朴な言葉以上の癒しは無い】から童話創作をし続けたのだと思います。

賢治は己の存在に組み込まれた修羅を生涯問い続けた人で、手本にされるべき、不食、

ベジタリアンの先駆者ではありません。

賢治の精神性をべジタリア二ズムの精神性と誤読したことからRさんの歪みが露呈したのでしょうね。

彼女の行く先は出家しかないのです。

在家では修羅の意識をずっと問い続けて、子供の単純な言葉の次元まで辿り着くまで、

修羅と無邪気さの間を何億万カルパ飛翔し続けるヨダカの心を忘れずに生きることなのだと、

私は思います。

つまり、星になったヨダカは、常に星になるその途上の私たちなのではないでしょうか?

翔さんのブログ 豚と革の日々

*註*カルパの意味

【漢訳仏典では「劫(こう)」1カルパ(43億2000万年)と呼ばれブラフマー神が起きて
いる昼間の半日に当たる。
ブラフマー神の一昼夜に当たる86億4000万年が100年分繰り返されると
(311兆400億年)、ブラフマー神の寿命が尽き、ブラフマー神を含めて宇宙は消滅する。
しかし、それもヴィシュヌ神の一昼夜に過ぎない。】
今回は、宮沢賢治「虔十公園林」の前半部のハイライト部分を長文ですが掲載します。

共感力とは何か、物を知るとは何かの本質を深く考えて見たいとの意図です。

虔十は何時も、「あはあは」笑い、鷹が青空高く飛翔したり、

風がどうと吹いてぶなの葉がチラチラ光る様子にも「あはあは」笑う

今で言う知的障害者です。

本当は、手を叩いては、ぴょんぴょん跳ね上がって喜びを伝えたいのですが、子供たちに

馬鹿にされるので、憚って、無理に口を大きくあけて、はあはあ息だけついてごまかしています

健常者が知的障害児・者に対するときに、このような虔十の気の回しようを評価して、

他人の心が理解できる共感力がついて来たと思っています。

でも、この場合には共感力が欠如しているのは寧ろ健常者ではないでしょうか。

嬉しい時にはぴょんぴょん跳ね上がって思い切り,腹の底から笑えれば、

ストレスなんて吹き飛んで幸せな気持ちになれるのに、周囲の規範・常識に合わせることを

心の成熟、共感力の具備と思い込んでいます。

共感とはお互いがお互いの心に通い合う通路を見出しその途上で出会うことです。

他方にこちら側への帰属を促し、強いることではないと思います。


虔十は、或る日何を思ったのか裏の休耕地に、杉の苗を700本植えることを思い立ちました。

多分、杉の林が風をどどうと受け、揺らぐ光景を想像して、心が浮き立ったのだと

私は思っています。

「風の又三郎」に通底する賢治の好きな光景です。

虔十が短い一生涯通じてした唯一の親へのおねだりでした。

しかし、植えた杉は中々育ちません。

子供たちにも、近隣の大人たちにも

「あんな処に杉など育つものでもない、底は硬い粘土なんだ、やっぱり馬鹿は馬鹿だ」

と思われていました。

ある時、近所のお百姓が、冗談半分、からかい半分で、杉の枝打ちを薦めました。

虔十は枝打ちを知らなかったのです。

枝打ちとは、樹木の枝を幹から切り落とす作業のこと。

林業における保育作業の一つです。

近所のお百姓はからかって、通常ならば杉の木がもう少し成長してからする枝打ちを、

それでなくても成長の悪い杉をからかう意味で冗談めかせて言ったのでしょう。

案の定、枝打ちの結果、杉の林は、明るくがらんとした空間になりました。

最近では、スギやヒノキについては枝打ちが花粉症対策に効果があるものとして、

必要な森林整備の一つとして重要視されるようになっています。

また、間伐と同じく林床の下層植生の成育を通じて土壌流出にも効果があることから、

劣悪な状態の保安林などにおいては公共事業としても実施されています。

つまり、育てた苗が木になり成長する際にそのままでは養分がバランス良く行き渡らずに

無駄に葉の部分に取られて成長が機能しないのです。

だから、適当な下の枝を切り落とすのです。

切り落とされた枝、葉が地面に落ちて土に帰り、杉の養分になるのです。

いや、杉だけではなくて、下草の整備にも繋がり、林の土壌を改善して行くのです。

近所のお百姓は冗談半分でからかったつもりでしょうが、はからずも

虔十は命の仕組みを知りました。

知るといっても、教室や教科書で習って理屈を理解して知識が頭の中に蓄積されるのではなくて、

経験、感性で、身体に刻み付ける知なのです。

「風がどうと吹いてぶなの葉がチラチラ光る」時に「あはは」と笑う際に何かを感じ取る知です。

「鷹が青空高く飛翔した」時に感動した分だけ、その時何かを学ぶ知です。

最初、虔十は枝打ちをして余分な枝を伐り落としてしまって大切な杉に悪いことをした

罪の意識と、林の空間があまりにもがらんとしてしまつた後悔で気持ちが悪くて

胸が痛いやうに思っていました。

虔十の兄は虔十の良き理解者です。

畑から帰って来て明るくがらんとした林を見て思はず笑いました。

馬鹿にした笑いではなくて虔十の生き方を支える肯定と理解の笑いです。
  
  
  
  そしてぼんやり立ってゐる虔十にきげんよく云ひました。
  「おう、枝集めべ、いゝ焚(た)ぎものうんと出来だ。林も立派になったな。」
  そこで虔十もやっと安心して兄さんと一緒に杉の木の下にくぐって落した枝を
  すっかり集めました。
  下草はみじかくて奇麗でまるで仙人たちが碁(ご)でもうつ処のやうに見えました。


虔十は、兄に励まされてもまだ釈然としない気持ちでしたが、しかし、それを、一変する、

知の転換が虔十の身体に染み渡る事態が起こりました。

枝打ちの結果、杉の林に明るくがらんとした空間をもたらしたことで子供たちが集まる遊び場を

提供するという思わぬ、展開をもたらすのです。

虔十のような知的障害者の知の構造を見事に表している、文脈なので私の文章ではなく、

賢治の文章を抜粋します。

なお、「虔十公園林」の全文は下記のリンクより
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 濃い緑いろの枝はいちめんに下草を埋めその小さな林はあかるくがらんとなってしまひました。
 虔十は一ぺんにあんまりがらんとなったのでなんだか気持ちが悪くて胸が痛いやうに思ひました。
 そこへ丁度虔十の兄さんが畑から帰ってやって来ましたが林を見て思はず笑ひました。
そしてぼんやり立ってゐる虔十にきげんよく云ひました。
 「おう、枝集めべ、いゝ焚(た)ぎものうんと出来だ。林も立派になったな。」
 そこで虔十もやっと安心して兄さんと一緒に杉の木の下にくぐって落した枝をすっかり集めました。
 下草はみじかくて奇麗でまるで仙人たちが碁(ご)でもうつ処のやうに見えました。
 ところが次の日虔十は納屋で虫喰ひ大豆(まめ)を拾ってゐましたら林の方で
それはそれは大さわぎが聞えました。
 あっちでもこっちでも号令をかける声ラッパのまね、足ぶみの音それからまるでそこら中の
鳥も飛びあがるやうなどっと起るわらひ声、虔十はびっくりしてそっちへ行って見ました。
 すると愕(おどろいたことは学校帰りの子供らが五十人も集って一列になって歩調を
そろへてその杉の木の間を行進してゐるのでした。
 全く杉の列はどこを通っても並木道のやうでした。それに青い服を着たやうな杉の木の方も
列を組んであるいてゐるやうに見えるのですから子供らのよろこび加減と云ったら
とてもありません、みんな顔をまっ赤にしてもずのやうに叫んで杉の列の間を歩いてゐるのでした。
 その杉の列には東京街道ロシヤ街道それから西洋街道といふやうにずんずん名前が
ついて行きました。
 虔十もよろこんで杉のこっちにかくれながら口を大きくあいてはあはあ笑ひました。
 それからはもう毎日毎日子供らが集まりました。
 たゞ子供らの来ないのは雨の日でした。
 その日はまっ白なやはらかな空からあめのさらさらと降る中で虔十がたゞ一人からだ中ずぶぬれになっ て林の外に立ってゐました。
 「虔十さん。今日も林の立番だなす。」
 簑(みの)を着て通りかゝる人が笑って云ひました。その杉には鳶(とび)色の実がなり立派な緑の枝 さきからはすきと ほったつめたい雨のしづくがポタリポタリと垂れました。
 虔十は口を大きくあけてはあはあ息をつきからだからは雨の中に湯気を立てながら
 いつまでもいつまでもそこに立ってゐるのでした。
 ところがある霧のふかい朝でした。
 虔十は萱場(かやば)で平二といきなり行き会ひました。
 平二はまはりをよく見まはしてからまるで狼のやうないやな顔をしてどなりました。
 「虔十、貴さんどごの杉伐(き)れ。」
 「何(な)してな。」
 「おらの畑ぁ日かげにならな。」
 虔十はだまって下を向きました。
 平二の畑が日かげになると云ったって杉の影がたかで五寸もはひってはゐなかったのです。
 おまけに杉はとにかく南から来る強い風を防いでゐるのでした。
 「伐れ、伐れ。伐らなぃが。」
 「伐らなぃ。」虔十が顔をあげて少し怖さうに云ひました。
 その唇はいまにも泣き出しさうにひきつってゐました。
 実にこれが虔十の一生の間のたった一つの人に対する逆らひの言(ことば)だったのです。
 ところが平二は人のいゝ虔十などにばかにされたと思ったので急に怒り出して肩を張ったと
 思ふといきなり虔十の頬をなぐりつけました。
 どしりどしりとなぐりつけました。
 虔十は手を頬にあてながら黙ってなぐられてゐましたがたうとう
 まはりがみんなまっ青に見えてよろよろしてしまひました。
 すると平二も少し気味が悪くなったと見えて急いで腕を組んでのしりのしりと霧の中へ
 歩いて行ってしまひました。
 さて虔十はその秋チブスにかかって死にました。
 平二も丁度その十日ばかり前にやっぱりその病気で死んでゐました。
 ところがそんなことには一向構はず林にはやはり毎日毎日子供らが集まりました。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

子供たちと虔十の間に、何かが萌芽した件(くだり)でした。

虔十の心に知に支えられた、人と人を繋ぐ絆、大切なものを守るプライド、自尊心が

芽生えていました。

杉並木を快く思わない平二に「伐れ、伐れ。伐らなぃが。」と脅されながら、

虔十は、自らの手で育てた杉並木をこの上なく愛してくれる子供たちの為に杉並木を守ろうと

「伐らなぃ。」と虔十は顔をあげて少し怖さうに拒否したのです。

 その唇はいまにも泣き出しさうにひきつってゐました。
 実にこれが虔十の一生の間のたった一つの人に対する逆らひの言(ことば)だったのです。

虔十の心にはっきりと意識された愛するものを守る絆の言葉でした。

この時も、虔十の死の際も、子供たちの側には虔十に対する共感の感情は意識されずに、

時を経ることで、やがて共感の心が確認されるのですが…

ところがそんなことには一向構はず林にはやはり毎日毎日子供らが集まりました。
 

実に子供らしい素直な心です。

虔十は子供たちからの感謝の言葉よりも、杉並木での子供たちの歓声と夢中で遊ぶ姿を

守ることに共感の意味を見出したのですから

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