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私の生まれ育った街の最も身近で一番古い記憶の風景は当時の家から道路を隔てて向かい側に展開される北海道庁の池と赤れんがの道庁の建物なのです。他の景観はすっかり変わっても札幌市北4条西6丁目から道庁の池を望む景観は変わっていませんでした。 それと今回昭和29年にそこを引っ越してからも何回も周辺に行っても意識的に街の景色を眺める機会がなかったので景色を写真に撮ったのは初めてでした。旅人の目で生誕の街の写真撮影をしました。
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私の生まれ育った街の最も身近で一番古い記憶の風景は当時の家から道路を隔てて向かい側に展開される北海道庁の池と赤れんがの道庁の建物なのです。他の景観はすっかり変わっても札幌市北4条西6丁目から道庁の池を望む景観は変わっていませんでした。 それと今回昭和29年にそこを引っ越してからも何回も周辺に行っても意識的に街の景色を眺める機会がなかったので景色を写真に撮ったのは初めてでした。旅人の目で生誕の街の写真撮影をしました。
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先程、CX(フジテレビ)8チャンネルのテレビ番組を見ていると先日亡くなった俳優の児玉清さんのことを特集していました。児玉さんは普段は控えめな方ですが、本の話になると、博識で、的確な書評を展開する人物だと思っていました。番組の中で読書家の児玉さんらしい文章が紹介されたので、書き留めて置きました。これは、東日本大震災以前からも児玉さんが度々述べている論議なのですが…今回は全く同感です…私自身の感想でも現代の日本をリードしている菅直人と同じ戦後生まれの世代の人間として恥ずかしい想いでした。私たちの世代は、非常に人数の多い世代で、何事にも直ぐに徒党を組み、従わない人間を排除する、付和雷同に終始する殆ど大半の団塊世代の人間は企業戦士として高度経済成長の日本を下支えしてきた世代なのですが…一方では逸れ者(ハグレモノ)の存在も顕著に多い世代なのです。指導力がありかつ胆力のある、物事の本質を見据えている人物が若いうちから、反体制を唱え、既成の枠組み、体制に絶望して自発的にドロップアウト・離脱して、音楽・文学・読書・冒険・旅行・哲学・文学などの己の傾倒する好きな趣味の世界の深い森に棲みつき生きる人生を追求している所謂ディレッタント的人間が多い世代でもあるのです。卒業直前に大学を中退してわざわざ高卒の資格で市の清掃局に入り定年までの人生を清掃員として全うした人間もいます。いつも、音楽と難しい本を読んでいる生活も続けています。議論していてもその博識ぶりは今も健在です。又、一貫して反原発の科学者で下積みの京大助教という身分に己を規定し続ける政治不信・政治嫌いの小出裕章さんのような人物も存在しています。児玉さんは私たちの上の世代のディレッタント人間の先駆者なのです。彼らの影響を受けて私たちの世代は読書量の多いディレッタント人間が多く生まれたのです。政治の季節に絶望した人間は趣味・嗜好・信念の森の中に棲み続けているのです。その一方、菅・仙谷の様な日和見主義の世渡りの計算に長けた精神性が幼稚な人間が社会の上層部に何等の誇りも恥じも無く居座っているのです…しかし、私にしても長い間この様なニヒリスト・ディレッタントの友人と付和雷同に終始する友人を批判して生きて来たのですが…現在のこの様な状況に於いては児玉氏に返す言葉も有りません。1972年の春の総括と言う名の内部抗争・内ゲバの不毛な殺戮に絶望した私たちの世代の脆さ・弱さが批判されているように感じました。この国の危機管理のお粗末さに日々唖然としている。予測不能な自然災害は当然起こり得ることだ。たしかに今回は国内史上最高のマグニチュードであった。未曾有の地震であることはわかるが、問題はその後の対応だ。 政府並びに関係各省庁の対応の至らなさは歯がゆいばかりだ。総理大臣も”決死で頑張る”とか精神論を披露するだけ、まるで昔の旧軍人総理となんら変わらない幼稚さだ。そんなことは当たり前ことで、それは当人が、そう決心してことに当たることで、具体的にどのような手段で、今、そこにあるこの国家的な危機を乗り越えるために何をするか、またできるかが急務なのだ。 TVの現地報告で刻々と訴えてくる窮状に対して何故即刻手を打てないのか。灯油、ガソリン、食料に水。ピンポイントで一刻の猶予を許さぬ地域へヘリコプターで落下傘投下するとか、方法はいくらもあるはずだ。 世界を震撼させた原発問題も同じ。東電のエリート集団の後手後手にまわった慌てぶりを含め、まさに日本は完全に幼稚化した人間たちがリーダーシップを握っていることを露呈した。その命令下で働く人間達こそ最悪だ。そして国民も。 知恵と想像力と決断力のある大人のリーダーを今こそ日本は求めている。 |
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イスラムと合衆国の衝突は核戦争に至るか?
ムスリム諸国での合衆国への怒りが今日ほど高まったことはなかった。 アブグレイブとグアンタナモでの拷問と囚人への虐待、コーランへの冒涜の実例は、従来からの憤懣 --- ことに、イスラエルがアラブの土地を占有していることへの合衆国のあからさまな支持への憤り --- をさらに高めることになった。 復讐を実行するために原子爆弾がほしいと思うのは --- それが、完璧に非倫理的で、愚かで、自滅的な考えであろうと --- 過激論者たちだけではないのだ。 イスラムの原爆という着想は、かつてないほどに人気を得つつある。 イスラムの原爆という考えは、911 よりもずっと前からあった。 パキスタンの核計画の立案者ズルフィカル・アリ・ブットーは、1977 年に、ラワルピンジ刑務所の死刑囚監房から彼の親族に宛てて次のように書いている。 「イスラエルと南アフリカが完全な核の力をもっていることを、われわれは知っている。 キリスト教文明、ユダヤ人の文明、そしてヒンドゥー教文明がこの力をもっているのだ。 共産主義勢力も、これをもっている。 イスラム文明だけがこれをもっていなかったわけだが、その立場はまさに変わろうとしていた。」 イスラム世界全体に属するような原爆の必要性を強調したムスリムのリーダーは、他にもいる。 1992 年にテヘランで開かれたイスラムの会議において、イランの副大統領サイエド・ アヤトラ・モハジェラニは、「イスラエルが核兵器を保有し続ける以上、核拡散を阻止しようという国連の取り組みがあろうと、われわれムスリムは協力して原子爆弾を製造しなくてはならない」と演説した。 1998 年の核実験に続く祝賀行事の一環として、ジャマーアテ・イスラミー(イスラム原理主義政党)は、パキスタンのいくつかの都市の通りを、原爆とミサイルの複製をのせた車でパレードした。 彼らは、原爆の中に、運命の転キの確たる兆候と、イスラムの黄金期の終焉以来ムスリムを悩ませてきた病の特効薬を見ていたのである。 2000 年に、私は、マルアナ・カリ・ウル・ラーマンやマルアナ・サミ・ウル・ハクをはじめとした、パキスタンのいくつかのジハード主義の右派政党の指導者たちがイスラムの原爆の必要性を説くのをビデオに収録した。 にもかかわらず、合衆国やイスラエルから「ウンマ(イスラム共同体)」を防衛するための「イスラムの原爆」をもっていると宣言するイスラム国家がでてくるとはとうてい想像できない。 (しかし、このような、いわゆる「拡大抑止」は、キューバ危機のあいだを含めて、冷戦下で二つの超大国がきわめて積極的に実践してきたものであることを思い出しておくべきだろう。) パキスタンが、危機に瀕したアラブ諸国に「核の傘」を差し出すのではないかという推測が、しばしば報道されている。 しかし、パキスタンの歴史のなかで、この国が汎イスラムの大義に本格的に肩入れした事例はみあたらない。 今のところムスリムで唯一の核保有国であるパキスタンが、中東で用いる核兵器を提供することで、イスラエルや合衆国から手ひどい報復を受ける危険をあえておかすことはありそうにない。 パキスタンとイランの核開発での秘密の協力 --- 公式には、アブダル・カディール・カーン博士と彼のネットワークの茶番劇ということになっているのだが ---- は、十年前に終わりを迎えている。 その後のリビアとの同じような取引は、2003 年にネットワークの存在が発覚するまで、継続した。 ネットワーク発覚に続いて、カーンは 2004 年初頭に公然と罪を認めることになる。 私の意見では、核による戦闘の危機は、ムスリム諸国家からではなく、これらの国々の中の急進的な個々人からもたらされる。 9 月 11 日の後、パキスタン軍事政権はイスラムの過激派組織が彼らの核兵器を乗っ取る危険性はまったくないと力説していたが、それは運を天に任せての主張ではなかった。 いくつかの武器は、北部の山岳地帯ギルギトなど、国内のより安全で孤立した場所に空輸されたと伝えられている。 このように神経質なやり方をする意味は実際にあったのだ。 ムシャラフ大将の近しい朋友であった、極めてイスラム主義的な二人のパキスタン軍の将軍が、ちょうど解雇されたばかりだったのである。 軍の内部には、パキスタンがタリバンを裏切ったことへの強い不満があった(そして、今もある)。 アメリカからの強烈な圧力の下、パキスタン政府は、ほぼ一夜にして、自らが生み出した組織と縁を切り、彼らを殲滅するための戦争を遂行することを約束したのである。 パキスタンの核への恐怖は、その後、地位の高い核技術者シード・バシルディン・マフムッドと材料の専門家チャウドリー・マジードが 2000 年に何度かアフガニスタンを旅行していたことが暴露されたことによって、よりいっそう高まることになった。 この二人の科学者は急進的なイスラム主義を信奉していることで有名だったのだ。 マフムッドは、オサマ・ビンラディンといっしょに写真におさまってさえいる。 終末の日を避ける 今日、合衆国は、正しくも、自らが創り出した原爆に怯えながら過ごしている。 なぜなら、手にはいるときが訪れれば原爆を使おうという決断がすでになされているからだ。 しかし、今回はビジネス・スーツの人はみあたらない。 髭をたくわえた敬虔(けいけん)な男たちが、いつ、アメリカの地のどこで原爆を使うかを決めるのだ。 狂信的な憎悪に駆り立てられた影のようなグループが、核分裂性物質を求めて地球の上を走りまわっている。 彼らは急いではいない。 彼らには時間があるのだ。 彼らは、いつの日かアメリカという要塞を打ち破ることを疑うことなく信じているのだ。 その日は今世紀の終わりまでにやってくるのだろうか? それとも、もっと早く? 核攻撃の可能性は、核保有国の兵器庫から盗み出された、いわゆるスーツケース爆弾だけに限られるわけではない。 実際、はるかに簡単なやり方は、爆破してしまうその場所に、高濃縮ウランを使って即席で据え付けの核兵器を作り、そのまま爆発させてしまうことだ。 より可能性が高いのは、無防備な核反応炉や使用済み核燃料貯蔵庫への攻撃だろう。 何人かの核兵器の専門家(その名前を明かすことはできないのだが)は、問題は、核攻撃はおこりうるか否かでなく、核攻撃がいつおこるかだと個人的に信じている。 これはあまりに悲観的に過ぎるだろうが、核物質および核兵器についての知識の厳重な警戒と監視をおこなうこと(そして、核物質の貯蔵量を急激に削減すること)が第一歩であるのは確実だ。 これは微塵の遅れもなく実行に移さなくてはならない。 しかし、これだけでは十分というにはほど遠い。 核兵器保有国が、核兵器は抑止あるいは戦争のための合法的な道具であると認めつづけるなら、地球規模での --- 他の国家または非国家主体への --- 核の拡散は、どんなにうまくいっても、減速できるだけだ。 強制的な核不拡散は、核への要求を駆り立てるだけである。 合衆国がその核兵器格納庫を維持し改良していくことに躍起になっているかぎり、協力と合意による核不拡散は成功しえない --- いったいどんなまっとうな理屈で、他の人たちに、核兵器を放棄するように、あるいは、獲得しないように説得できるというのか? 宗教的狂信者たちが核攻撃を計画しており、いずれ彼らは成功するだろうと認めるとすると、いったい、その先に何があるのか? 世界は、報復と再報復のくり返しの、底知れぬ奈落にまっさかさまに落ちていくであろう --- その奈落のおそろしさは人間の理性には理解しえないものだ。 合衆国は誰に対して報復をおこなうのだろうか? メッカを核攻撃するのか? それともムスリム諸国の首都を? 国民がさらなる攻撃を恐れるようになると、合衆国とその同盟国は何をするだろう? 合衆国やヨーロッパからムスリムを追放するのか、それとも、第二次大戦中に日系アメリカ人たちにしたように、彼らを収容所に集めるのか? ヒロシマは、アメリカだけでなく、人類そのものの失敗の徴(しるし)であった。 技術の進歩はわれわれがそれを賢明に使いこなす能力をはるかに凌駕(りょうが)してしまった。 まるでダイナマイトで武装した諍(いさかい)いあう猿の集団が、水漏れしている船に乗り合わせているかのように、われわれは今、不確かな航海に乗り出している。 人類が生き残るための最良の道は、生物兵器や化学兵器については既にあるようなタブーを核兵器についてもつくり出し、核兵器の世界的な廃絶に向けて早急に行動することにある。 われわれは、残忍な共食いの世界に生きるわけにはいかない。 そうではなく、われわれは、普遍的で、慈悲深く、人間的で、非宗教的な価値観にもとづいた未来 を強く夢見て、その実現にむけて早急に動かなくてはならない。 そのためには、文明世界は、アメリカ帝国主義とイスラム急進主義という双子の鬼を退治しなくてはならないのだ。 |
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帝国アメリカが動く
世界中に散らばる十二の航空母艦の艦隊と何百もの軍事基地を有し、合衆国は 2005 年には 4550 億ドルを軍事費に使おうとしており、加えてイラクとアフガニスタンとの戦争に 820 億ドルを使うことになっている。 これは、つづく上位三十二ヵ国で使われている総額よりも多く、世界全体の軍事支出の 50 パーセントに近い。 合衆国の軍事ドクトリンは、抑止という考えから、先制攻撃、一方的な軍事的介入、国外でいくつかの局地戦を同時におこなうことへと、大きく移り変わった。 アメリカ軍は、大量破壊兵器を開発している敵意ある国家 --- とくに、イランと北朝鮮 --- に攻撃を加えられる態勢をとるようにとの、ドナルド・ラムズフェルドによる 2004 年の「臨時全世界攻撃警戒命令 (Interim Global Strike Alert Order)」を打ち出した。 軍は、そのような攻撃は「半日かそれ以下」で実行可能であり、その目的のため核兵器を用いると表明している 。 兵器を宇宙空間に設置したいという要求が、合衆国空軍から専門家にだされている。 前空軍長官は「われわれは、宇宙空間から機銃掃射したり爆撃したりという段階には達していない・・・それでも、われわれはそういった可能性を考えている」と説明した。 陸、海、空、そして宇宙空間における全面的な優位が、惑星全体をコントロールするというゴールの達成に必要なのである。 冷戦後の合衆国の外交政策は、1997 年に創設されたワシントンを拠点とするネオコンのシンクタンク「アメリカ新世紀プロジェクト (PNAC)」に多くを負っている。 合衆国が世界を支配しなくてはならないということについて、PNAC の態度ははっきりしていた。 「[新しい世界秩序の] ゆるぎない基盤は、合衆国の軍事力が疑問の余地なく傑出していることによらなくてはならない。 ・・・ 転換のプロセスは長いものになるだろう --- 新たな真珠湾のような、破滅的で物事を大きく変えるような事件がなければ。」 期せずして、まさしく真珠湾のような出来事が 2001 年 9 月 11 日におこったのである。 911 の後、アメリカ帝国はスポークスマンに事欠くことはなかった。 アフガニスタンに反ソ連のジハードを創設したズビグニュー・ブレジンスキーは、臆面もない帝国主義的な調子で、合衆国は「従属国どうしの共謀を阻止し、彼らの互いの依存関係を維持する。 属国を従順に保ち、保護下におく。 そうやって、野蛮人たちが結託しないよう」つとめるべきだと書いている。 「野蛮人たち」を封じ込めておくべく、ペンタゴンの計画立案者たちは、この惑星の至るところでアメリカの統制を確固たるものにするという任務をゆだねられている。 情報担当参謀次長室において将来の戦争のあり方を考える役を担っているラルフ・ピーターズ少佐は、なぜ彼の国が闘わねばならないのかという点については明解である。 わたしたちは、絶えることのない衝突の時代を迎えた。 わたしたちは、新しいアメリカの世紀を迎えようとしている --- わたしたちは、より豊かになり、文化的にもより強力になり、そしてはるかに強大になるのだ。 わたしたちは、前例のないほどに、憎しみを燃え上がらせるだろう。 平和などないだろう。 わたしたちの人生のこれから先、いかなる時でも、この地球のどこかで様々な形での複数の衝突が起きているだろう。 合衆国の軍事力の事実上の役割は、世界がわれわれの経済活動にとって安全で、われわれの文化的な挑戦に対して開放的であるように維持することになる。 そのために、われわれは、それなりの規模の殺戮も犯すであろう。 さて、合理的にいって、合衆国は、気化爆弾、通常の爆破兵器、砲弾などを使って、十分に「それなりの規模の殺戮」をおこなうことができる。 それだから、なぜ合衆国が、所有しているすべての武器に加えて、核兵器に強くこだわらなくてはならないのかは理解しがたい。 なぜ合衆国は、他の国々もが核を切望するようにし向けたがるのか? そして、核を保有しない敵国をも必要に応じて攻撃すると宣言することで、合衆国は何を達成しようとしているのか? 答は明白だ。 それは、帝国のおごり、暴走した軍国主義、権力の傲慢だ。 ジョージ W. ブッシュのもとでの改められた合衆国の観点では、核兵器は戦争で用いるための武器とみなされる。 核兵器が第一撃に用いられる可能性もある。 もはや核は最終手段とは考えられてないのだ。 だが、これにはマイナスの側面もある。 核の独占が崩壊しつつある以上、長い目で見た帰結は、合衆国に有利にはならないだろう。 マンハッタン計画の時代に比べれば、核兵器 --- とくに、いい加減もの --- の製造は圧倒的に簡単になった。 基本的な知識は、世界中の専門の図書館で自由に得られるし、単にネット上を探すだけで、誰でもびっくりするほどの量の詳しい知識を手に入れることができる。 専門の教科書には、ほどほどに有能な科学者とエンジニアなら「速くて、いい加減な」核爆発物の設計ができるくらいの詳細が書かれている。 核爆発の物理学は、大学院生にごく簡単に教えることができる。 分解の予定になっている何千という旧ソ連の原爆の中にある核分裂性の物質を、あるいは、世界中の実験炉や貯蔵庫にある膨大な量の高濃縮ウランや分離プルトニウムのほんの一部を盗みだしてくれば、ウランの濃縮やプルトニウムの再処理といった複雑な過程を実行する必要もないのである。 |
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先日のアメリカの主権国家パキスタンの領土内でのパキスタンの国家主権の侵害行為となる国家犯罪のビンラディン殺害の報道を受けて、抗議の意味でこのパルヴェーズ・フッドボーイ氏の論文を掲載します。先日の記事「マイケル・サンデルの正義の話を巡って」でも述べていますが欧米の文化での正義の概念のいかがわしさに疑念と違和感を感じざるを得ないのです。被爆国家日本の国民として何を為すべきかを考えて行こうと思っています。私はアメリカの掲げる正義の本質こそはファシズムに他ならないと考えています。1910年代後半からの20世紀のファシズムの潮流は実はアメリカから始まって、イタリア・ドイツ・日本へと伝播していったのです。何故ならこの1910年代後半〜30年代前半の時期のアメリカ国内では貧富の格差・失業問題・人種差別・障害者差別が頂点に達して社会不安による集団ヒステリー・パニックを市民社会に生み出していたのです。ファシズムは社会的公衆衛生・社会防衛意識・社会的弱者・障害者差別を土壌として蔓延して行くのです。また、1880年代から始まり1907年に頂点に達し(この年に日系移民の入国制限)、1920年代に終末を迎える(識字・知能テスト導入による差別、日本・中国系などのアジア人入国禁止)イタリア・スラブ・ユダヤ・アジア系のアメリカ新移民の大量移住による社会的な基盤の変化も相俟って1919年〜1933年までの禁酒法施行時代で闇社会に君臨するアル・カポネなどのギャングが取り仕切る混乱の社会だったのです。更に1929年には世界恐慌が社会不安をさらに一層煽っていたのです。禁酒法が廃止になった1933年にドイツでナチスのヒトラーが政権を掌握しているのが何か象徴的な出来事だと思います。この時に、ファシズムの中心がナチスドイツにに移り変わったのです。
パルヴェーズ・フッドボーイ氏は、パキスタン、イスラマバードのカイデ・アザム大学の原子核物理学の教授であり QCD (量子色力学:クォークとグルオンの場の量子論)などの研究している理論物理学者です。 摂動的 QCD を用いてハドロンの構造に関していくつも重要な仕事をされているそうです。 本業の物理学の他に、核兵器問題、イスラムと科学、女性問題、教育問題などさまざまな社会問題について、長年にわたって執筆・講演活動を続けています。 彼は 1999 年の原水爆禁止世界大会に招待されて来日しています。 ビンラディンとヒロシマ パルヴェーズ・フッドボーイ 広島と長崎を焼き尽くそうという決断は、怒りから出たものではなかった。 灰色のビジネススーツや軍服に身をつつんだ白人たちが、討議を重ねた末、合衆国は「日本人にはいかなる警告も与えられない。 民間地域を集中攻撃目標にすることはできない。 しかし、できる限り多くの住民に深い心理的な影響を与えることを目指すべきであり・・・そのためにもっとも望ましい標的は、多くの労働者を雇っていて彼らの家に囲まれているような基幹軍需工場である」と決断したのである。 核の魔神を解き放つことは、アメリカ人の命を守るために安くつくと彼らは論じた。 加えて、これは、ソビエトの指導者ヨシフ・スターリンに見せつけるには格好の出し物だった。 「ジャップの街は消えた (Jap City No More)」といった見出しが、歓びにあふれた国に、このニュースを伝えた。 群衆がタイムズスクエアに集って祝った --- もう敵はあまり残っていないのだ。 勝者が良心の呵責に悩まされることなどほとんどない。 大統領ハリー・トルーマンは、こう宣した。「獣を相手にしなくてはならないときは、そいつを獣としてあつかうしかない。 これはもっとも悲しむべきことだが、しかし、真実なのだ。」 六十年の後、進歩的なアメリカ人でさえ、日本の二つの都市を核攻撃したことの倫理性について、今なお相反する気持ちを持っているのは、驚くべきことではない。 ノーベル物理学賞受賞者であり、マンハッタン計画の名士であり、軍備管理の代表的な唱道者であった故ハンス・ベーテは「原子爆弾は、われわれが日本人に与えることのできた最良の贈り物だった」とはっきり述べている。 合衆国がその手の汚れを払い落として先へ進んでいこうと、別のところでは、死んだ都市の放射能をおびた瓦礫が、恐怖の念ばかりでなく、核兵器を求める取り憑かれたような欲望をも生み出していた。 シャルル・ドゴールが「核攻撃力(force de frappe )」を着想する一方で、スターリンは彼の計画によってこの競争をリードしていた。 毛沢東は、核爆弾を「張り子の虎」と馬鹿にしていたものの、やはり自分も核爆弾を持つべきだと秘かに決断した。 新たに独立したイスラエルでは、首相ダヴィド・ベングリオンは、明らかに「イスラエルが大量破壊兵器を持つ必要性について何の躊躇も持たなかった」とイスラエルの核爆弾の歴史家であるアヴネル・コーエンは書いている。 ベングリオンは、諜報員に命じて「大量の人々を殺傷する力、あるいは、大量の人々を治療する力を、高めることのできる」東欧のユダヤ人科学者を捜させたのである。 風が吹き、畏怖と羨望という有毒の雲を、他の第三世界の国々にまで運んでいった。 1948 年に、インドの核エネルギー省を創設するための議論のなかで、ジャワハルラル・ネルー首相は議会に対して「われわれは [核科学を] 平和目的のために開発しなくてはならない」と述べた。 しかし、彼はこう付け加えた。 「もちろん、われわれが国家としてそれを他の目的に使うよう強いられることがあれば、われわれの敬虔(けいけん)な心情は、国家がそれをそのように使うことを止めないだろう。」 広島と長崎からたった三年の後、その「他の目的」が何かはあまりに明白であった。 1998 年 5 月のパキスタンの核実験の後、日本がパキスタンの外務大臣を広島の平和記念資料館を訪れるように招待した。 大規模な破壊のおぞましい痕跡を目にしたあと、大臣は見るからに動揺していた。 そして、彼の反応:まさしくこういうことが、パキスタンには決しておきないよう、われわれは核をつくったのだ。 ビンラディンと彼の同族たちがヒロシマから何を学んだかは気にかかるところだ。 ニューヨーク・タイムズは、ビンラディンがアメリカに向けた「ヒロシマ」を計画しているというアルカイダのメッセージを、合衆国が 9 月 11 日以前に傍受していたと報じた 。 合衆国のアフガニスタン侵攻の直前に発表されたビデオのメッセージの中で、ビンラディンは日本への爆撃の記憶を呼び起こさせ、こう述べた。「地球の反対側の日本で、何十万人もが、幼い者も年寄りも、殺されたとき、それは戦争犯罪とはみなされなかった --- それは、正当化できる何かだったのだ。 イラクの何百万人もの子供たちも、正当化できる何かなのだ。」 ビンラディンの重要な支持者の一人は、これについて彼がどう感じたかを実に明確に表明した。 私自身と、イスラム主義の影響力のあるリーダーであり、この国の統合情報部 (ISI) の前長官ハミード・グル大将の討論が、最近、テレビで全国的に放映され、多くの人々が視聴した。 その討論の中で、わが論敵は私に歯を向いた。「おまえのご主人様(つまり、アメリカ人たち)は、ヒロシマに核爆弾を落としたのとちょうど同じように、われわれムスリムに核爆弾を落とすぞ。 おまえのような連中は、世界をむさぼり食おうとしている獰猛な獣の目の前で、われわれを非核化して無力にしたがっているのだ。」 そして、グルは、パキスタンの核爆弾に反対する --- 私のような --- 連中は、アメリカの代理人であり、背信者であり、イスラムとパキスタン国家の敵であると怒りをぶちまけるのだった。 この過激論者の将軍に対する私の返答をわざわざ読んでいただこうとは思わない。 しかし、彼の論点は、倫理的な観点から核兵器に反対しているすべての人々に対する抗弁として、地球全体で言い尽くされてきたものであった。 合衆国は 1948 年以来、二十一の国を爆撃し、最近では、イラクで大量破壊兵器を探すという口実で何万人もの人々を殺した。 合衆国は自らを民主主義と「法の支配」のための力であると称するが、合衆国には、もっとも血にまみれた独裁者たちを支え、国際刑事裁判所を拒み続けた長い歴史があるのだ。 そして、今や合衆国は、その敵対者たち --- 核保有国も非保有国も --- を核兵器で脅かすのである。 ジョージ・ブッシュの「2002 年核戦略見直し報告 (Nuclear Posture Review 2002)」はありうる標的として中国、北朝鮮、イラク、イラン、シリア、リビアを挙げている。 この報告では、核爆弾製造のための新しい施設、バンカーバスター(地下施設破壊爆弾)の研究、2020 年の新しい ICBM をはじめとした多くの計画が推奨されている。 |
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