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今回は晩秋のモノクロスナップです。 先ずはススキの穂。今日は曇りがちの1日でしたが時折さす日差しにちょうどタイミングが合いました。 神社の灯籠ともみじの紅葉(モノクロですが)。 クモの巣に桜の葉が引っかかり宙に浮いているようでした。 色鮮やかな写真が続いているのでモノクロスナップを公開しました。ぜひ色を想像してお楽しみください。
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モノクロ写真館
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1月11日の滋賀県マキノ以来の久々のモノクロ写真です。 今回のモノクロ画像は京都の高台寺石塀小路の画像です。 石塀小路が出来たのは比較的最近のことで、大正時代の初期の頃です。石塀小路が出来た頃には現在のように旅館や飲み屋さんはありませんでしたが、東山を舞台とした映画ロケが盛んにされた頃から、映画関係者を目当てとした旅館や飲食店などが建ち並び、現在のような姿になりました。 現在のような姿に完成したのは、昭和になって京都から市電が廃止されるようになって、市電に使われていた石畳をここに敷いたことからのようです。 前回の記事にも書いたようにここでも桜の葉は紅葉を始めていましたが、もみじはまだやっと色付き初めでした。 |
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滋賀県高島市マキノ町で見た雪景色最後のスナップはモノトーンの画像たちです。 先ずはマキノ高原の冬山のスナップ。3連休とあって、きっとスキー場はにぎわっていたのでしょうね。 そしてメタセコイヤの並木もモノトーンで楽しんでみました。 最後は木の枝の雪解けの雫。雫の中に枝が写り込んでいるのが印象的でした。 |
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新年2本目の記事はモノクロのお正月の風景です。 ここは、桂離宮に通じる道中の垣根です。桂離宮は京都の中心街から少し離れた、桂川の西に面した場所にあります。総面積は付属地も含めると約6万9千m²になり、東京ドームのおよそ1.5倍の広さで宮内庁が管理する、京都御所、京都大宮御所、仙洞御所、修学院離宮のなかでも、特に人気があり多くの人が訪れる場所になっています。 2枚目の画像は「輪違屋」。現在も営業されている京都の花街、嶋原の置屋兼お茶屋。かつては芸妓、舞妓さんも所属されていましたが、現在は太夫のみで、太夫の教育の場であり、また、宴席の場として営業されていますが、いわゆる「一見さんおことわり」の店です。建物は昭和59年(1984年)に京都市の指定・登録文化財となっています。 最後は桂離宮の西側に在る下桂・御霊神社。村社として小さな神社ですが,本殿前には能舞台もあり, 昔から時代祭のミニチュア版のような稚児行列や御輿も出たりと立派なお祭りが今でも5月に行われています。 |

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昨年に続き、今年もモノクロームの祇園祭を掲載します。 この画像は蟷螻山(とうろうやま)。カラクリ仕掛けで動くカマキリで有名な山です。今年の巡行では感動のエピソードがこの山にありました。というのも何と500年ぶりにこのカマキリを考案された方の子孫が、山の引き手として参加されていたそうです。蟷螻山保存会の資料によると、カマキリを考案した陳さんは中国から渡来した父の医術を引き継ぎ京都に移住。当時の朝廷に重用され、歌舞伎の演目にもなった「透頂香」や「ういろう菓子」等を作った方だそうです。ういろうが京都発祥だとは初めて知りました。話は戻りますが、その陳さんの子孫が、家業の営みの都合で京都を離れ、関係は途絶えたそうですが、時を隔てて陳氏の父から数えて25代目に当たる外朗氏が社史の執筆を歴史小説家の方に依頼され、祇園祭との縁を知り今回の山鉾巡行参加へと繋がったそうです。今回初めて参加された外朗氏、蟷螻山が末永く続いて行くように力を尽くしたいと、巡行後話されたそうです。 鉾の先頭を行くのぼり。モノクロームで見ると一層歴史を感じさせますね。 最後は、僕も販売を少し手伝ったスイカに浅漬のきゅうり(一番最初に売り切れました)。夏祭りの画像に屋台の風景やはり絵になります。 |





