南モンゴル ダイチンさん 国連人種差別撤廃委員会 参加報告なでしこアクションより転載
September 2, 2018Uncategorized 国連ジュネーブで行われた人種差別撤廃委員会96期(8/6-30)の対中国審査会とNGO会合(8/10,13)に参加したオルホノド・ダイチンさんからの報告をご紹介します。
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2018年9月2日
オルホノド・ダイチン
南モンゴルクリルタイ(世界南モンゴル会議Southern Mongolia Congress) 国連人種差別撤廃委員会に参加して
「文書の提出」「直接参加」の意義を知りました
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モンゴル情報
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本日の街宣報告
本日 11:00AM-13:30PM
2時間半 ビラ配りを敢行
総配布数 350部(チベットビラ、ウイグルビラ、パンダカード配布)
湿度が低い故、日陰を出ても配布は苦痛ではない、いい日であるが残念ながら、
通行人が意外と少なかった。
ウイグル帽子を被っての配布が功を奏して
300部以上の配布となった。
ウイグル情報が日本マスコミでは少ない事、
アジアでは日本のみがウイグル人、チベット人、モンゴル人を支那から解放できる国であると、立ち止まってくれた人と話した。
(しかしながら
『チベットに行きました』、 『ウイグルに行きました』、『モンゴルに行きました』、という日本人たち、
なぜチベット人、ウイグル人、モンゴル人の
不幸を取り除こうとしないのであろうか?、
彼らが日本人に対して『支那人の悪政、虐待』を話している事は、日本人に その解放を託している事ではないのか?!!)
金持ちが海外に行けるーー>金持ちとは
自分の事しか考えないーー>日本も支那も
同様な状況かも!
今日の配布で 一人でも二人でも 支那で
おきている悲惨な状況を知ってもらえば、
儲けものである。
パンダ君が一緒にいます
どう見ても イスラム系アジア人の様相
(ハハハハ!)
このせいで 支那人観光客や、支那人生活者が「オドロオドロシイ」という目つきでにらみ、ビラを断るのが--- ビックリ
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支那共産党の 土地強奪は バブルが終わった沿岸部の都市から 目の届かない 少数民族の 土地の下に眠る 莫大な 鉱物の収奪に走り始めた。
ウイグル人、チベット人、モンゴル人の 生活の土地から 彼らを追い出すために伝統文化、文字を含む言語、宗教を根絶やしにして、 民族そのものを抹殺する
民族浄化(ジェノサイド)
を行っているのだ。 そして誰もいなくなった土地を掘り返して 資源を貪り食う支那人 これこそが 中華思想を持って 世界中を食い散らす、支那人の実態である。
ウイグル、モンゴル、チベットで 荒廃した大地は
①これらを源とする アジアの川の流れを変える イン
ド、パキスタン、バングラだけでなくインドシナの国々
②砂漠が進み、温度が上がることで ヒマラヤやチベッ
ト高層の地域で氷河の溶け出しが開始
③砂漠化と 氷河の減少が 気象を変えて、とくにチ
ベット高気圧の動きが変化し
東アジアの 四季や台風やモンスーンに関して 例
年変化が起き始めた
④政府は十分な調査を行わないが、品からの黄砂の量
は増加しており、黄砂に含まれる違法な
化学物質によって 西日本では 大きなアレルギー
症状が起きている模様である。
医者は笑ってごまかすが、京阪神、広島、福岡、沖
縄で 町中に マスクをしている人がたくさん見かけ
られるのは 異常ではないのか?
風邪ではないはずである。
南モンゴル人の活動家は、『トラ・ベンチ』拷問による尋問について、正式な不服申したてを提出
2017-06-22 RFAより転載
荒廃する草原は、2016年3月9日にUrad中央バナー(内モンゴル)に示されます。
地元の放牧家の写真提供 彼女が中国の警察によって15日の拘置の間、拷問され手錠をかけられたままで、収容されていたと、Yangjindolma(内モンゴルの中国の北部地域からの少数民族のモンゴルの女性)は地方自治に対する不満を申し出ました。 Yangjindolmaは、彼女がBayanhuaa郡区(2011年のXilingol連盟)で仲間のモンゴル民族の牧童係Murgenが殺された6回目の記念日前に日「違法な集会を先導して計画する」疑いで5月10日に逮捕されたと言いました。 鉱業会社によって牧場の破壊に抗議することが 牧童係と学生によって地域の全域で何週間にも及ぶ抗議を起こしているとき、murgenが石炭トラックの下敷きとなる死亡は、モンゴル民族の不安の象徴と支配する中国共産党に対する怒りになりました。 「私は、地域の首都 Hohhotで6月20日に嘆願書を提出しに行きました」と、Yangjindolmaは木曜日のRFAに話しました。「そこで、私の抗議への違法な逮捕が警察によってありました。」 彼女は、15日の逮捕拘置(裁判なしで認められたトラブルメーカーに最高15日の間警察によって行えることができる一種の罰)に対する公式回答をまだ望んでいると言いました。 「私に尋問する間、彼らは私をまっすぐに24時間<トラ・ベンチ>に繋いでおきました」と、彼女は言いました。「彼らは、おとなしくしなければ、私が夜の間手錠をつけるだろうと私に話しました。」 「尋問が終わっていたとき、彼らは私を解放しました、しかし、トラ・ベンチの上で拘留されたあと、まる1日を過ごしました」と、逮捕者の手が木のボードの上へ手錠をかけられる間、うまく始まり停止されるデバイスを参照して、彼らの足は掛かっているままにしておかれます。 虎椅子 法輪功ブログより参照 邪悪な警察は大法弟子の両手をそれぞれ双方のべットに手錠をはめて、セメント上に座らせ、両足は上げて、椅子の上で敷いて、更にひとつの椅子で両足のひざの上を押さえつける、凶悪に足で力を入れて椅子を踏んで、人が苦痛に絶えられないくらいに上から下まで踏んで動く
「解放されたあと、私が説明を彼らに期待していることを、私を拘留した警官に言いました」と、Yangjindolmaは言いました。「私は説明をまだもらっていません、公正を正すために、私はより高い当局にこれを要求します。」
中国は1988年に拷問に対して条約に批准した、しかし、中国の警察は供述書を引きだし、罰して、自尊心を傷つけるに権利活動家を拷問し続けたと、海外にベースの中国の人権擁護者(CHRD)ネットワークは木曜日にそのウェブサイトにての記述で述べていました。 「政府は効果的ステップをとらなかったか、誘因を変えなかったか、拷問を除くために必要なメカニズムを用意してきませんでした」と、グループは言いました。そして、中国の当局がそのような実行(「トラ・ベンチ」を含みます)に関する包括的なデータを提供することを拒否すると付け加えました。 「中国での拷問の犠牲者には 無効な請願書システム以外によって正義を追求すること以外は選択もありません。そして、それは報復に至ることがあります」と、CHRDは言いました。そして、拷問犠牲者への補償が珍しいと付け加えました、そして、被害者のリハビリテーション・サービスもほとんど存在しなかったです。 Grasslands protector 大草原プロテクター Yangjindolmaは5月11日に「Murgenの6回目の命日を祝うために活動」を予定していたので、彼女が逮捕されたと言いました。彼女は「大草原保護の日」と称される運動を要求しています。 彼女も、伝統的な放牧が鉱業に代わるのを防ぐための戦いにおいて郡などの行政区画のSiziwang旗を持ってHonggor村の牧畜家を支援したかったです。 「大きな鉱業搾取が過去2、3年に内モンゴル中にありました、そして、これは大草原に荒廃を加えました」と、Yangjindolmaは言いました。「大草原の破壊は群れる家畜の生命と伝統的な経済状態の崩壊につながりました。それはモンゴル民族の文化とアイデンティティの全部の基礎をゆさぶりました。」 しかし、彼女は、当局は牧畜コミュニティから最も小さな抗議の音さえ大目に見ないと言いました。 「彼らは人々を逮捕して、モンゴル人のユルト(ゲルと呼ばれる住居)を破壊して、地元の住民を威嚇して、その友人と親類まで追い詰めます」と、彼女は言いました。 「私は、彼らさえ出発する前に、牧畜コミュニティのための環境保護を支持する2、3のイベントが完全にシャットダウンされると決して思っていませんでした」と、彼女は言いました。ドイツに拠点を置く民族のモンゴルの権利活動家Xi Haimingは、彼がYangjindolmaのキャンペーンを支持すると言いました。 「Murgenは、大草原のために彼の人生を捧げました」と、Xiは木曜日に言いました。「Xilingol連盟の彼の仲間の村民全員は、彼を思い出し、彼がうけた中国共産党による激しい抑圧を覚えています これがモンゴル人に向けての顔です。」 「彼らの狙いは、土地の全てを少数民族のモンゴル人から取ることです。」 |
勝因は「神風」ではなかった? 「元寇」に新たな見方編集委員・宮代栄一
2017年1月8日11時35分 モンゴル帝国(元)の襲来を、鎌倉武士が2度にわたって食い止めた「元寇(げんこう)」。文永の役(1274年)、弘安の役(1281年)とも長年、暴風雨(神風)が勝因とされてきたが、近年、新たな見方が浮上している。
今まで「元寇」はおおむね次のような経緯だったとされてきた。
続く1281(弘安4)年、朝鮮発の東路軍と中国発の江南軍の4400隻、14万人が攻め寄せたが、日本側の防戦で一時撤退。さらに鷹島に停泊中の船団を暴風雨が襲ったため、退却(弘安の役)。その後、皇帝フビライは3度目の日本遠征を計画したが、亡くなったため、沙汰やみとなった。
危機に大風が吹き、異国の敵が追い払われたことから、2回にわたる暴風雨は「神風」といわれ、第2次世界大戦中には、神国日本を裏付ける材料として使われた。
だが、こうした見方は修正が必要らしい。くまもと文学・歴史館の服部英雄館長(日本中世史)は、文永の役について「モンゴル軍が日本に攻め寄せた夜に嵐が来て翌朝撤退したと書く本が多いが、そんな史料は存在しない」と主張する。
元になったと思われるのは『八幡愚童訓』という鎌倉時代の史料。だが、「夜中に神が出現し矢を射かけたため、蒙古はわれさきに逃げ出した」といった内容だ。さらに、西暦換算すると、モンゴル軍の襲来時期は11月で台風のシーズンではない。「寒冷前線通過に伴う嵐が来た可能性はある。でも、それで大量の軍船に被害が出たという記録はない」という。
では、なぜ撤退したのか。「攻略が思うようにいかない場合、冬の前に帰国する計画だったのでは。軍勢の数も900隻・4万人とされてきたが、これは搭載されたボートなどを含めた数字。実際は112隻、将兵は船頭を含めて1万2千人ほど」と服部館長。
続く弘安の役では、台風でモンゴルの軍船が一部被害を受けたと思われるが、「沈んだのは鷹島沖の老朽船だけ。本来なら大勢に影響はなかったが、食料などに不足をきたし、日本側の猛攻を受けたため撤退した」とみる。
一方、フビライが3度目の日本遠征をやめた理由はベトナム侵攻で敗北したからとの説が有力だ。
ハノイ国家大学人文社会科学大学のグエン・バン・キム副学長によると、モンゴル軍は1258年、85年とベトナムの陳朝を攻め、タンロンなどを攻略したが、1288年のバクダン川の戦いで大敗。多くの軍船を失った。同川では、軍船の足止めのために使われた木杭が出土している。「フビライにとってバクダン川の敗戦が膨張政策を見直す契機になったのは間違いない」とキム副学長。
服部館長によると、「鎌倉武士は戦の勝因を神風とは考えていなかった」らしい。「主張したのは敵国調伏の祈禱(きとう)をした社寺。武士はむしろ自らの戦績を誇った」
しかし、そのはるか後世、「神風」の記憶だけが歪曲(わいきょく)され、西欧列強の脅威に直面した明治期と、「神州不滅」が叫ばれた第2次世界大戦中の2度にわたり、「元寇」は日本人の国民意識の形成に大きな役割を果たすことになる。
対馬などにはモンゴル侵攻時に殺された日本の戦死者の墓が今も残る。だが、オーストラリア国立大学のナランゴア教授によれば、それらは歴史として受け入れられ、今では、現在の日本とモンゴルとの和解・友好の象徴になりつつあるという。時代と人々の意識によって、レガシー(遺産)の意味も大きく変わるということなのだろう。(編集委員・宮代栄一)
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■世界史的視野が必要
「元寇」という言葉が生まれたのは江戸時代。寇は「侵略」を意味する言葉だ。
モンゴル帝国の伸長に関しては一国にとどまらない世界史的視野での議論が欠かせないため、近年は元寇も、ヨーロッパや東南アジアなどを含めた「モンゴル襲来」「モンゴル・インパクト」の一環として論じられることが多い。先月も東京・昭和女子大学で国際シンポ「ユーラシアにおけるモンゴルのインパクト」が開催された。
《訪ねる》
長崎県松浦市の鷹島神崎遺跡(国史跡)にはモンゴルの軍船が沈む。市立鷹島歴史民俗資料館と鷹島埋蔵文化財センターでは引きあげられた船体などが見学可能。福岡市の元寇史料館(要予約)は貴重な蒙古関係資料を展示する。
《読む》
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本日午後より クリルタイ(世界南モンゴル会議)結成大会に参加してきました。
支那共産党に 侵略・迫害・弾圧されている少数民族 チベット人、ウイグル人、南モンゴル人 のうち 今まで一本化されていなかった モンゴル人が日本において大同団結して クリルタイとして 本日「のろし」を挙げたわけである。 おりしも 米国大統領も 支那共産党に対して譲歩を許さない トランプ氏が選ばれ、世界中大騒ぎのなかでの スタートです。 会長の挨拶と チベット仏教のお経が 参議院会館に響き、 111年前 孫文が 日本人の支援の下に 清王朝に起こした辛亥革命が今や 漢人がその時作った 中華という概念で 満州人だけではなく周りの 少数民族 チベット、ウイグル、モンゴル までを侵略、侵害し その解放に立ち上がった南モンゴル人が 日本の国会から立ち上がったわけである。 今回の参議院会館使用は 中山参議院議員の ご支援で会場にできたとのお話で、 長尾議員、山田議員 などが参加されていました。もう一人議員さんが参加されていましたがお名前を失念、中野議員の秘書さんも参加とのこと。 モンゴル人の活動家だけではなく、中国民主化運動家の中国人、香港、台湾、チベット、ウイグル などのそれぞれの民族解放運動家からの結成への祝いと決意が述べられた。 なお 結成のお祝いは明日以降の 行事が予定されている。 議員会館の中に お経が響きます
クリルタイ結成宣言
クリルタイ結成宣言
クリルタイの皆さま
(1) クリルタイ(世界南モンゴル会議)結成大会・記者会見 11月10日(木)13:00−15:00 参議院議員会館 102会議室 (2) クリルタイ応援レセプションパーティー 11月11日(金)19:00− Corus(コーラス) 港区赤坂3−4−4専修赤坂ビルB1 参加費 3,000円 (3) クリルタイ結成記念講演会〜クリルタイ結成と南モンゴル運動の今後〜 11月13日(日)14:30− TKPスター会議室四谷第一会議室 新宿区四谷1−8−6 講師:ジョブチョード・テムチルト氏(内モンゴル人民党 党首) 参加費 1,000円 http://freeasia2011.org/japan/archives/4899 |


