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☆ 「プロ野球史上最強のチームは?」と聴かれると皆さんはいつの時代のどのチームを思い浮かべますか?
長嶋・王選手のON全盛時代の讀賣?、バックスクリーン三連発で驚異的打撃陣が光った阪神?、緻密な管理野球で一世を風靡した広岡西武? 人によって様々な時代のチームが心に焼き付いていることでしょう。
かつて137試合のリーグ戦を98勝35敗4分の成績で優勝したチームがありました。
勝率は実に.737、単純計算で10試合で3試合しか負けないことになります、昨年のセリーグ覇者、讀賣巨人の勝率が.559ですから、いかに驚異的な成績だったのかが分かりますね。
【ロビン】=スズメ目ツグミ科の属す体長14〜5センチの小鳥、色彩、形ともに、こまどりに似る・・
一見、可愛らしいこの名前を球団名にして話題になったチームこそが「松竹ロビンス」です。
球団創始者である田村駒次郎オーナーの「駒鳥」から引用された名前とか・・
しかしながら、そのネーミングとは裏腹にチーム内の選手は「いかつい」人物が揃っていたようです。
チームのエース、真田重蔵投手は先発、中継ぎと所と場所を選ばずに61試合に登板、投球回は395イニング3分の2のタフネスぶりを発揮しました(2007年の最多投球回はグラインシンガー(ヤクルト)の209イニング)
成績に関しても39勝をマーク、この記録は現在においてもセリーグの1シーズン最多勝記録として破られていません。
他にも、プロ入り一年目の新人、大島信雄投手が防御率2.03でトップで20勝を挙げ、二番手投手の江田貢一投手も24勝を挙げる活躍、実に三人だけで83勝の記録、昨年のベイの勝利数が71勝ですから・・この三人が投げてもお釣りがくる勘定になるんですね(笑)
凄いのは投手陣だけではありません、打撃陣においても主砲、小鶴誠選手が3割5分5厘、51本塁打の驚異的な打撃成績、尚且つ打点161は現在でも一シーズン最多打点記録となっています、他にも10試合連続打点をあげたりと大暴れのシーズンとなりました。
その圧倒的な打力は大岡虎男選手が34本塁打、岩本義行選手が39本塁打を放ち、三選手の本塁打数が当時のセリーグ球団、国鉄スワローズの年間本塁打数の2倍だったことから分かるようにハチャメチャな強さと形容されるのもうなづける気がしますね・・。
また隠れた記録では、15試合連続二桁安打を放つなど相手も手がつけられないほどの「暴れん坊」ぶりを発揮したりしていました。
投打に渡り圧倒的強さをみせつけた松竹ロビンス・・・六月初旬に首位に立つと一回も陥落することなくそのままリーグを制覇。
しかし、本当に野球が面白いところは、これだけの実績がありながら日本シリーズ(当時の名称は日本ワールドシリーズ)にパリーグ優勝チームの毎日オリオンズに2勝4敗で敗れていることです。
戦前の下馬評はほぼ全ての新聞社が松竹有利との見方だっただけに、田村オーナーの怒りは凄まじかったそうです。
そしてシリーズ敗戦の責任を取って松竹ロビンスの小西得郎監督は辞任、日本球界において優勝監督辞任の第一号となってしまいました。
この松竹球団は京都を本拠地としていた球団でしたが、球場自体がかなりの奥地にあった事や大阪や東京に比べ野球熱がそれほど高くなかったことなど・・様々な要因が重なり、単独での球団運営を断念、4年後に大洋ホエールズと合併、合併条件とした「ロビンス」の名を残す事を遵守する意味で「大洋松竹ロビンス」(野球史では洋竹ロビンスを称されることが多い)が誕生しました。
二年後・・本来の映画産業に力を入れるべく松竹が野球事業から完全撤退し再び「大洋ホエールズ」にチーム名を変更、「最強ロビンス」と呼ばれた栄光のチーム名は歴史の幕を閉じたのでした・・。
その後、大洋球団は智将、三原脩監督を招聘・・前年最下位から翌年優勝という離れ技をみせつけてくれることになりますが、それはまだ先のことになります、そしてチームは横浜大洋を経て現在のベイスターズに引き継がれています。
どうやら現在のベイまでの流れをみると、このチームは「サプライズ」な勝ち方が似合うようで・・
今年もひょっとして、ひょっとする・・・そんな予感を感じさせてくれる一年となりそうですね。
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