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【星の瞬き】近いうちに必ず☆

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       「菜月ちゃん。進藤さんたちも気づいてくれたみたいだよ」
 
        少年がそう言うと、少女はあらためて校舎の二階にある、本来ならば自分がいるべき辺

       りを見上げて目を凝らした。
 
        すると梅雨空の継ぎ目がほつれたように微かな薄日が校庭に差した。
 
        少女は額に手をあてがい眩しそうに黒い瞳を細めながら頷いた。

       「ほんとだね。進藤さん、こっちを見てる。まだ校長先生は来てないのかな」    
 
        おーい!そこにいる野澤家のふたり!純一くーん!菜月さーん!
 
        校庭の真ん中にいるふたりには一瞬何が起きたのか分からなかった。
 
        少年は慌てて声のする方に振り向いた。
   
       「え!どうしてみんないるのー!」

        少年の素っ頓狂な声に少女も振り返った。

        弥生中学は校庭から校舎を見るとちょうど左後方に体育館がある。その陰に隠れていた

       生徒たちが一斉に体育館の脇から飛び出してきた。みな1年C組の生徒だった。

        先頭を走ってくるのはとっくに母親と帰宅したはずの桑井俊治だった。彼は何度も転び

       そうになりながら、息を切らし、懸命に走っていた。すぐ後ろには抜きつ抜かれつ新田尚

       美と田尻ゆかりが競争するように続いた。宮本理江は進藤由真の取り巻きだった女子生徒

       の手を引いてふたりを追いかけていた。ちょうど末広がりのようにC組の生徒全員が連な

       っていた。列の中央には仲良く手を繋いだ村野智也と長山遥香の姿もあった。あのファミ

       レス会議のあとぐらいから、ふたりは付き合うようになっていたのだ。

       「菜月さん。さっきのことみんなに話したけど、いいよね?」
 
        よほどかけっこが堪えたのか、身体をかがめて背中で息をしている桑井俊治の後ろから

       新田尚美が快闊に言った。
 
        少女は頷くかわりに黒い瞳を輝かせて微笑んだ。
 
        何気に不満そうな少年を見るなり、田尻ゆかりはそっと近づいていった。

       「何よー文句あるの?うちら仲間じゃない」

        田尻ゆかりはそう言って嬉々と笑った。さっきの涙のあとは微塵もなかった。
 
        ようやく頭をもたげた桑井俊治が両手で少年の手を力強く握って言う。

       「野澤くん。新生C組と、生まれ変わった桑井俊治をよろしく」
 
        いつの間にか少年と少女を囲んでみんなの輪ができていた。
 
        少年はその言葉の意味が呑み込めずにみんなの顔を見回した。
 
        純一くん、今さら何とぼけてんの?うちらみんな生まれ変わったんじゃなかったっけ?

        そうだよ、菜月さんをひとりじめにするなんてずるいよー。そうそう、菜月さんはみん

        なのものだよ。ひとりだけ乗り遅れたひとがいまーす。あはははは―あはははは―

        みんなの大きな笑い声とともに少年の身体は輪の外に追いやられてしまった。
 
        少女は息をつくこともできないほどみんなに囲まれ、ひとり恥ずかしそうに俯いた。
 
        両手を腰に手をあてがえた新田尚美が少女の前に一歩近づいた。

       「うちら全員が秘密を知っちゃったんだから、いまさら手をこまねいて純一くんや進藤さ

       んだけに任せておくわけにはいかないよ。菜月さんの記憶探しは新生一年C組のテーマな

       んだからね。約束するよ。みんなで協力するって」
 
        少女は新田尚美の顔を眩しそうに見つめた。

       「うん、ありがとう新田さん」

        少女は頬を赤らめてかすかに微笑んだ。
 
        頼りない少女の笑顔を見ただけでみんなの心は和んでいった。ひとりひとりの心に自然

       とひとを思いやる気持ちが芽生えてくるような気がした。少女の微笑にはそんな不思議な

       力があった。
 
        菜月の笑顔に胸キュン!うしろの方で男子が声を上げた。
 
        おれも!ぼくも!俺だって負けないぞ!

        菜月さんに手を出したら許さないわよー!

        こぞって我こそは少女のファンだと言い出した男子たちに向かって、女子生徒たちが喚

       声を上げた。

       「っていうことで、菜月さんよろしくね」
 
        そう言ったあとで新田尚美は、でも純一くんは渡さないから―と少女だけに聞こえるよ

       うに囁いた。



       「外は何かすごいことになってるね。あいつらみんな帰らなかったんだ」
 
        進藤由真は窓の桟に肘をついて、校庭の真ん中で大騒ぎする同級生たちの輪を嬉しそう

       に見下ろしていた。

       「ああ。でも桑井のやつ、どうやってママを説得したんだろうな。おれには想像つかねぇ

       よ。なぁ進藤、クラス中の気持ちがひとつになっただけでも今回の籠城は成功だったんじ

       ゃないのか」
 
        成功だって?まだこれからじゃないのか―その言葉を呑み込んだ進藤由真は横目で柳田

       聖弥を見やった。
 
        窓辺にもたれた柳田聖弥は両手をポケットに突っ込んで微苦笑を浮かべていた。
 
        進藤由真はこれまで何があっても強気に振る舞っていた柳田聖弥が急に漏らした、ひと

       に諂うような言葉がひどく心に引っ掛かった。
 
        柳田聖弥は何かを攻撃することで心の平衡を取っていたのだ。それはもちろん彼自身に

       とって無意識のことだった。幼児期に母親から虐待をうけたトラウマなのかもしれない。

       彼にとって心の平衡とは常に不安定な状態を意味していた。つまりはじめから安定してい

       る状態がもっとも不安になるのだ。
 
        それがいつからか、バランスを崩し始めていた。心が静まり気持ちが落ち着くことをよ

       しと感じるようになっていた。いつからだろうか。それは彼自身にも分かっていた。あの

       ファミレス会議のとき、進藤由真と対峙した日からだった。
 
        そう、柳田聖弥は進藤由真というひとりの同級生に惹かれていたのだ。
 
       「たしかにそうかもしれないね……」

        校庭を見下ろしたまま進藤由真は左頬に笑窪をこしらえた。
 
        梅雨雲が風に流される度に薄日が差したり消えたり、まるで校庭全体がゆっくり明滅し

       ているようだった。お揃いのブレザーを着た人だかりが、まるで巨大な生き物の黒目のよ

       うに気まぐれに表情を変えていた。その黒目の中心にもっとも強い力を感じて進藤由真は

       はっとした。何ものかが自分に語りかけているような気がした。ふと彼女の脳裏に病室

       で聞いた少女の言葉がよぎった。

        わたしは飛べるような気がしたの。おかあさんのいるところまで飛んでいけるような気

       がしたの― 。
 
        あの時、記憶をなくしていた少女がとった行動の真意までは分かりようがなかった。そ

       れでもあの時、進藤由真は直感的に少女と自分がどこかで繋がっているような気がしたの

       だ。消えてしまった両親の記憶。そしてけっしてひとりでは抗うことのできない運命のう

       ねり。少女と一緒ならきっと立ち向かって行けるような気がした。あきらめていた自分の

       未来、定められていたはずの将来を変えられるような気がした。あたしは後悔なんかした

       くないから―進藤由真はそう信じて少女に近づいた。その気持ちは何よりも代えがたい友

       情になった。
 
        進藤さーん!柳田くーん!頼んだよー!うちらの分まで頑張ってよー!
 
        窓ガラスを通して届いたみんなの声に、ふたりははっとして刹那目線を交わした。
 
        目を凝らした眼下には大きく手を振る同級生たちの笑顔があった。校舎の二階と校庭と

       いう距離こそあったが、みんなの表情が手に取るように分かるような気がした。

       「柳田。待たせてすまなかったな」
 
        唐突に井田先生の声が背後から聞こえた。

                                          ―つづく―

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読んだよ♬
一番上の絵がなんか懐かしいなぁ笑

2008/1/17(木) 午後 6:13 ぅちぃ

そうだねえー懐かしいかもね、、
ぅちぃ、前のブログから読んでてくれてありがとうねっ☆

2008/1/17(木) 午後 6:32 yos*i8*94

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いいね^^毎回楽しく読ませてもらってるよ!!
次回も楽しみに待ってるよ!

2008/1/17(木) 午後 7:24 AYU

あゆみありがとうー☆
次回も頑張るよっ

2008/1/17(木) 午後 8:23 yos*i8*94


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