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私が高校生時代にバンジョーの音に魅了され、大学に入ってからは個人の趣味として弾き始め、今現在までに至っているブルーグラス・バンジョーの教則本ことです。 兄はブルーグラス・バンジョーを弾くことはなかったのですが、大学時代は青山学院大学の「ブルーマウンテンボーイズ」に少しだけ所属をしておりました。 その後プロのミュージシャンとなり、当時はやりのグループサンウズ(グループ名はわかりません)でベースを担当しそこそこ活躍しておりました。 そんなことで、カントリーやブルーグラスは多少なりとも造詣がありました。 兄のミュージシャン時代のエピソードで、新婚時代に高円寺のとあるマンションに住んでいたのですが、そのマンションに「吉田拓郎」も住んでいました。 浅田美代子とまだ一緒のときです。 同じ姓で、同じようなミュージシャン(拓郎の方が売れていましたが)でしたので、よくファンレターが間違えて配達(ファン直々に入れたのかもしれませんが)され、拓郎の家に持って行ってあげたとのことです。 「あいつ(吉田拓郎)は、俺に世話になっているんだァ!」と冗談を言ってました。 そんな兄が、数年後ミュージシャンを止め、印刷関係の仕事のなかで出版したのが、教則本「バンジョーのAIUEO」(東京楽譜出版社)です。 ブルーグラス好きの人たちが集まって、フォークやGS真っ盛りの時代にバンジョー教則本を出版したのです。 実益はなかったようですが、30数年前に「本を出版したんだ!」という誇りは、今も皆さんの中にあるようです。 すでにお亡くなりになってしまっていますが、陰ながら大きくご協力をいただきました ファッション会社「VAN」の「若林」氏が、「リバティ・ベル」に行った時よくその話をされていました。 |

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面白い人の繋がりですねぇ〜
でも昔からバンドマンって結構カッコマンでしたからね^^;
それにしてもVANには何故かバンジョーが似合うんですよね
ブルーグラスのバンドって公園か何かで練習してる風景画なんともいいんですよね 僕はステージで見るよりその方が好きなんです
変な奴ですね^^;
2008/5/4(日) 午後 5:13
本当に、人の繋がりは面白いですね。
VANも一時アーバン的な「カントリーファッション」をやりましたが、カントリー好きな方たちが企画したのでしょうか。
でもそんなに流行りませんでしたね。
2008/5/5(月) 午前 9:30
お兄さんですか〜知りませんでした〜
素敵な笑顔は昔と変わりませんね。
リバティベルというのは笹塚でしょうか
2008/5/9(金) 午後 6:28
笹塚の「リバティ・ベル」ですが、このときの話は歌舞伎町にあった時代のことです。
兄も今年の3月に62歳で亡くなりました。
そんな兄の思い出を話させていただきました。
2008/5/9(金) 午後 9:12