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私が高校生時代にバンジョーの音に魅了され、大学に入ってからは個人の趣味として弾き始め、今現在までに至っているブルーグラス・バンジョーの教則本ことです。 兄はブルーグラス・バンジョーを弾くことはなかったのですが、大学時代は青山学院大学の「ブルーマウンテンボーイズ」に少しだけ所属をしておりました。 その後プロのミュージシャンとなり、当時はやりのグループサンウズ(グループ名はわかりません)でベースを担当しそこそこ活躍しておりました。 そんなことで、カントリーやブルーグラスは多少なりとも造詣がありました。 兄のミュージシャン時代のエピソードで、新婚時代に高円寺のとあるマンションに住んでいたのですが、そのマンションに「吉田拓郎」も住んでいました。 浅田美代子とまだ一緒のときです。 同じ姓で、同じようなミュージシャン(拓郎の方が売れていましたが)でしたので、よくファンレターが間違えて配達(ファン直々に入れたのかもしれませんが)され、拓郎の家に持って行ってあげたとのことです。 「あいつ(吉田拓郎)は、俺に世話になっているんだァ!」と冗談を言ってました。 そんな兄が、数年後ミュージシャンを止め、印刷関係の仕事のなかで出版したのが、教則本「バンジョーのAIUEO」(東京楽譜出版社)です。 ブルーグラス好きの人たちが集まって、フォークやGS真っ盛りの時代にバンジョー教則本を出版したのです。 実益はなかったようですが、30数年前に「本を出版したんだ!」という誇りは、今も皆さんの中にあるようです。 すでにお亡くなりになってしまっていますが、陰ながら大きくご協力をいただきました ファッション会社「VAN」の「若林」氏が、「リバティ・ベル」に行った時よくその話をされていました。 |

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