蒲生野の空から

GAMO A.F. BASE 飛行機大好き。プラモデル作ったり、紙飛行機とばしたり、読書したり、戦跡訪ねたり・・・。

随想

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大分県特集 第3弾
大分にいって
「こりゃ珍しい」「こりゃすごい」
と思ったものの一つが、この「ホーバークラフト」。水陸両用船。
子どもの頃、「乗り物の図鑑」や何かで存在は知っていたが乗るのは初めてです。というか民間で使用されているのはここだけらしい。たしか自衛隊や米軍の上陸用舟艇として使用されていたように記憶しています。

なにせ空気を海面に当てて船体?機体?を浮き上がらせ、後部の巨大なプロペラで推進するのだから
「そんなことできるの?」と思うのが普通です。陸上でも海上でも原理は同じ。空気を当てるのが地面か海面かの違いだけということです。

陸上から海上へすべるように入っていく。これはすごい。唯一弱点は、方向を保ちにくいことかもしれません。空気の力で浮いているのだから抵抗が無い。抵抗が無いのはブレーキや横方向のグリップが効かないということ。陸上で方向を変えるときに横滑りの状態で進むのがヘンな感じでした。ホーバークラフトの運転には熟練が必要だろうなーと思いました。

乗り心地は・・・・あまり気持ちよくはありませんでしたが、慣れればまあまあというところ。

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「大分出張のチケット取っときますよ。」とパソコンを見ながらO氏が私に聞きました。
「お願いします。」と私。

しばらくの間

O氏「なんでもいいですよね。」
私 「いいですよ。」

また、しばらくの間

O氏「とりますよ。」
私 「・・・・!」
私 「あ、そうそうボンバルディアはやめてね・・・」
O氏「えっ、なんですかそれ」

というわけで、無事にANAのエアバスA320での出張になりました。伊丹〜大分間はJACのボンバルディアD8か、ANAのエアバスA320しか飛んでいません。JACが悪いとは言いませんが、やっぱり事故の続いているD8は敬遠します。丁度この日も伊丹D8が緊急着陸していました。

先日那覇空港でB737が爆発炎上したところですし、我々乗客もぼんやりしてられません。やっぱりより安全な機種を選びたいものです。わたしは飛行機好きなので、分かりますが、O氏などは普通の人なのでそんな機種のことあまり知らないのです。というかそういう人が大半だと思いますが。

知らない人に任せておいて、空港に行ってはじめて「あの飛行機?!」ということにならないようにしたいものです。そういえば去年乗ったMD81もガタピシいってました。

宇佐空の掩体壕

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 一昨日、昨日、出張で大分へいっていたので、かねがね見ておきたかった宇佐の掩体壕に行った。
同僚達は「どこへいくんですか?」「何、エンタイゴウ?」と怪訝そう。レンタカーでさっさと観光に出かけていった。

 私は宿泊していた別府から日豊本線の普通電車に乗った。といっても目的地に行く普通電車はきわめて少ない。1時間少しで「柳が浦」という駅に着く。このあたりは広々とした田園地帯。ポツンと町があって、その端に駅があるという感じ。駅員さんも一人。ひっそりとしたところだ。

 駅前に数台のタクシーが客待ちをしていたので、その一台に乗る。駅の案内板には車で10分と書かれている。運転手さんと話しているうちに史跡になっている掩体壕に着いた。見渡す限り鮮やかな緑の田圃。その中にポツンと写真の掩体壕があった。となりの掩体壕は民家の農業倉庫に利用されている。

「戦争の名残は、もう何も残っていないねえ」とタクシーの運転手さん。
「あのあたりに滑走路があったそうだが・・・」
「爆弾池といって、爆弾の落ちたあとが池になっていたんだが、圃場整備で埋めてしまった。」

 ここにかつて海軍の飛行場があって、数多くの特攻隊が飛び立っていったという記憶はほとんどのこっていない。というか、地元は忘れようとしておられるような気がした。タクシーが通った道に滑走路跡という表示があったが、そこから当時のことを思い起こすには卓越した想像力が必要だ。

62回目の終戦記念日

明日、八月十五日は62回目の終戦記念日です。
私など戦後も戦後、高度成長真っ只中に生まれた人間は、口を挟めませんが、
自分の子どもが産まれて成長していくのを見ると「平和」が大事だなあ、と自然に思えてきます。

今は病気で何も話せなくなった父も、昭和十九年ごろから終戦まで海軍にいて「海防艦」に乗っていたそうです。そのころ海軍には小さな海防艦ぐらいしか艦船が残っていなかったと聞きます。もっと父からいろんなことを聞いておくべきだったといまさらながら後悔しています。

ともあれ、もう62回目の終戦記念日。戦争にいった最後の世代だった父ももう77歳。(父は旧制中学を1学期しか行っていません)父の戦友もほとんどの方がお亡くなりになっています。父ももう戦争のことを話せません。戦争の記憶は刻一刻と消えていきます。年中戦争関係の書籍をよんで勉強していても本当の戦争のことは分かりません。

でも、平和なほうがいいです。単純にそう思います。理屈ではなくそれは本能的に。生き物は生きようとする本能?否、本能以前の生命の奥底でしょう。

「もはや戦後ではない。・・・・戦前である。」という言葉を耳にしました。身の毛がよだつとはこのことです。これからの世の中。いかに戦争をしないで、平和な世の中に、社会にしていくかは一人ひとりの心の中に問われているのだと思います。

毎日、毎日暑いです。
プラモデルなんか作る気持ちも起こりません。
35度を超えるところがたくさんあるそうです。
これは誰が言わなくても異常です。これまでとは違う。
だから私、夏場は朝型に切り替えています。
夜は早く寝て、朝の涼しい内に仕事をします。
朝の涼しい内と言っても6時までですけどね。

日本もサマータイム制にすればいいのに。
せめて学校や官公庁だけでも。

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