(マルボロと)レスポールと…

私、やっと人間になれました(苦笑)

自分史

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自分がドップリとハマってしまった物事について。濃いです。体調を整え、深呼吸して、気合を入れてから読んでください。
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甲子園の思い出。

今日からまた甲子園で高校野球が始まった。
このブログを読んでくださるとわかると思いますが、あまり野球には興味がありません(苦笑)
そんな自分ですが、1度だけ「甲子園」に行ったことがあります。

それは今から10何年前、自分がバリバリの福島県民だった高3の夏。
なんと、自分が通っていた高校が県大会を勝ち抜き、福島代表になったのです!
(後にも先にもその1回 苦笑)
もちろん応援に行きました(爆笑)

試合はその日の第1試合という事で、前日の夕方、学校に集合。
バスで甲子園へと向かいました。
応援が目的なのはもちろんだけど、なんか修学旅行がもう1回増えた感じでみんな
テンションが高かった(笑)
しかも、その試合に勝てば、日程の都合上1泊追加になるかもしれないという噂までありました
(でも、泊まる準備はしてなかった気がする 苦笑)

新潟経由で翌日の朝、無事に到着。
初めて生でみた甲子園は……古かった(苦笑)
でも、あの蔦を触った時はちょっと感動しました。

早速スタンドへ移動して、応援の準備。
しかし、当日は天気も快晴。この時点でかなりの暑さです。
学生服はキツかった(もちろん夏服ですが 笑)

その時の対戦相手は………たしか宮崎の高校だった気が(苦笑)
延岡工だったかなぁ?(汗)

さてさて試合は……観戦してる余裕はありませんでした(笑)
思いっきり応援しなければいきないんで(笑)
で、9回を終わって1−1。
白熱した試合ですが、スタンドは屋根も無く、直射日光受けまくり(笑)
さらに学校行事のため、名物の「かちわり」を買うことも出来ません。
早く勝って試合を終わらせてくれぇ〜!ってばかり思っていました(笑)

そして11回。
もう暑さもピークで、頭がボ〜っとしてきてます…。
それでも、みんな頑張って応援をしていました。
…が、相手の攻撃で、バッターがヒットを!
1点取られてしまい、試合終了。

「目の前が真っ白になる」という事を実際に体験しました。

で、その後の対応がまたヒドイ。
余韻に浸る事も出来ず、次の試合の高校の為に場所を譲らなくてはならず、移動開始。
さらに、バスで福島まで戻らなきゃいけないのですが、シャワーを浴びる事も出来ず…

でも、今思い出すと「良い思い出」ってやつですな(笑)

どれどれ、それではBUCK-TICK 東京編、書いちゃわないと、消化不良起こしちゃうんで(笑)

ここを読む前に「自分の音楽編」をどうぞ。
「自分の音楽史〜BUCK-TICK以前」
http://blogs.yahoo.co.jp/yoshihiisa/trackback/465038/4437551
「自分のBUCK-TICK史〜福島編」
http://blogs.yahoo.co.jp/yoshihiisa/trackback/465038/4448876

「富士急黒服電車」
94年、東京に出てきて、初の夏休み。富士急ハイランドで2週連チャンのLIVE。
確か、1週目は「SOFT BALLET」と「MAD CAPSULE MARKET'S」という今でも聞いている(自分的に)贅沢な
3組のLIVE。前から4〜5列目という良い所だったのですが、かなり端で、フジマキは見えねぇ、
星野さんは見えねぇ、という悪条件。しかもスピーカーの真ん前というオマケつき(苦笑)

2週目はやや真ん中よりで、バッチリ見える。「キラメキの下で〜」を演っている最中に、麓の方で
雷が鳴っていたらしく、自然の電飾も起こる。やっぱりこの曲は特別なんだと思い込む(笑)

この時、一番面白かったのは、行き帰りの電車の中。「大月」という駅で乗り換え、単線の電車で
富士急まで行くのですが、2週目の時は、クーラーではなく、扇風機しか付いてない電車で、
黒服のお姉さん達は、LIVE前からフラフラだった(笑)

「鼓動」
95年、「SIX/NINE」からの先行シングル。
この時、とある事情で、落ち込みモード。
「夜、酒を浴びるほど呑む(しかもバーボン)→そのまま学校へ→そのまま夜中までバイト→帰宅、またもや酒」のループを暫く続ける。
そんなある日、シャワーを浴びている時、ふと頭の中で、この曲が流れる。
サビ前の「ごめんなさい ありがとう」が胸を打ち、この歌詞の素晴しさを知る。
(カラオケでこの曲は禁止→現在は解禁 笑)
「鼓動」の歌詞→http://musicfinder.yahoo.co.jp/bin/createlyricshtml?id=Y009633&aid=3189

「渋谷公会堂」
今井さんとフジマキさんのユニット「SCHAFT」を見に、聖地「渋谷公会堂」へ。
まだ、渋谷に慣れておらず、迷い、さ迷う。
「何処だぁ!何処何だぁ!」を地で行く(笑)
気づいたらNHKホールに出てしまい、「渋公」がNHKホールの前だということを初めて知る。
この時、インダストリアルやノイズミュージックにハマる。

「やっちまった その2」
「SIX/NINE」TOUR武道館のチケットを取り、友人と行く約束をするも、一旦帰宅して、寝てしまう。
一番聞きたかった「Love Letter」を聞き逃す。
初代のBUCK-TICK ZIPPOを購入。以後、7〜8年愛用。

「LOVE ME」
「ONE LIFE,ONE DEATH」の「OTHER PHANTOM TOUR」最終日の赤坂BLITZに参戦。
アンコールの最後に「LOVE ME-old version」を久しぶりに演り、大興奮。
多少のズレは気にしません(笑)

「ま、負けた…」
SCHWEINを見に、今は無き新宿LIQUD ROOMへ。整理番号30番台という素晴しい番号のおかげで
今井さんの前に陣取る。周りを見渡しゃ、ポツンと一人だけ、男が(苦笑)
余りの近さに感動し、今井さんと櫻井さんの色の白さにビックリ(笑)
途中、目の前に来た櫻井さんと目が合うも、美貌と視線の鋭さに「ま、負けた…」(笑)
あまりの興奮に新宿コマ劇前でへばりこんでしまう(笑)

「DAY IN QUESTUON その1」
今は恒例となってる「DAY IN QUESTUON」の1回目。のっけから「ICONOCLASM」でオーバーヒート!
好きな歌の連発にKNOCK OUT!

「DAY IN QUESTUON その2」
2回目のこのときの席が、2階通路の脇の段の上(笑)190cm近くある弟は、天井に頭が
ぶつかるらしく、乗り切れず(笑)
さらに仕事帰りの現場のお兄ちゃんが隣で、その芳しいニオイにKNOCK OUT!

「バンドで初参戦」
「Mona Lisa OVER DRIVE」最終日。この頃から素晴しい友人が出来、良いポジションで見れる
ようになる。この日が誕生日だった自分のバンドのヴォーカルと参戦。1階から後ろの観客席
を見渡し、奮起を誓い、ここでやることを誓う(が、未だ不決行 泣)

「DAY IN QUESTUON その3〜ペットボトル」
櫻井さんが飲んだペットボトルが弟の前へ飛んでくる。
前は柵→通路→しかも角だった為、混乱は起きず。
この時、音のバランスが悪かったのか、星野さん寄りだった為か、今井さんの音があまり
聞けず…。
後から、生中継されたビデオを見て、「EMPTY GIRL」というの曲の間奏で「お正月」を弾いて
しまうセンスに脱帽。
また、「Climax Together」をノイズが出るほど見まくった自分としては、「MISTY BLUE」に
感動。
しかし、お姉ちゃん、お金は大事だぜ…(笑)

「DAY IN QUESTUON その4」
9.11にやった「Climax Together〜悪魔とフロイト」と同じパターンは避けてくれぇ!と
思いながら参戦。
予想以上の飛ばしっぷりに、4年振りのオーバーヒート!
しかし、上には上がいる事を知る(笑)

「ルゥ〜シーショォウ〜!! 」
こちらをどうぞ→http://blogs.yahoo.co.jp/yoshihiisa/15506273.html

「TOUR DIANA」
こちらをどうぞ→http://blogs.yahoo.co.jp/yoshihiisa/19756517.html

「DAY IN QUESTION 2005」
こちらをどうぞ→http://blogs.yahoo.co.jp/yoshihiisa/21705383.html

自分のZIPPO史〜三代目

イメージ 1

新しいZIPPOが仲間入りしました。

これで三代目です。しかもBUCK-TICKばっかり(笑)

初代は、「SIX/NINE」TOURで買った、逆卍のマークが入ったモノ。
7〜8年ぐらい使ってたのだが、2年ほど前、原チャに乗ってたら、チャリの飛び出しに
会い、横転(泣)しかもあと5mで仕事場だっちゅうねん!ってところで…
その後、一服しようと思ったら、ZIPPOが無い!もしやと思い、現場に急行すると、
コケた際、コートのポケットから飛び出したらしく、1割ぐらい広がって転がっていた(合掌)

2代目はその後、人からの頂き物。
表面にBUCK-TICKと彫りが彫ってあるモノ。
…これは無事です(笑)

そして、3代目。
「Climax Together」Ver.と勝手に銘名。(まんまじゃん!ってツッコミは無しの方向で 笑)
これでMarlboroを吸います(笑)

(-。-)y-゜゜゜

さてさて、それではBUCK-TICK編に…

自分の中でここまで影響を与えてくれ、その後の人生も変えて(狂わせて?)しまったモノは
無いと思う。
この人たちのおかげで、自分は今、東京に住み着き、色々な人に逢えた。
ほんとに感謝…。

この人達、何が凄いって、まずバンドブームの時にあれだけバンドが居て、その後、
解散したり、活動場所を縮小したりしているのに、解散・メンバーチェンジも無く
15年以上もコンスタントに活動し、CDも売り(出せば必ずオリコンなどのチャートに顔を
出す)、武道館は満杯に出来る(おそらく)唯一のバンドであること。
そして、ポップな曲からノイジーな曲まで色々なタイプの曲を出せる事。

自分もバンドをやっているが(大人の事情により現在は活動休止中 泣)、これは大変な事だと
実感した。
そして、5年ぐらい前から(自分の感覚として)LIVEに来ている若い子が増えているということ
も凄い。しかも最近はほとんどTVにも出ないのに…

まあ、15年以上の活動などの詳しい事は
http://www.buck-tick.com/へ(公式ホームページ)

ここは自分史なんで、どんな風にBUCK-TICKが絡んできたかをマニアックに(笑)
っていうか思い出か?

「BUCK-TICKを初めて知る」
中3の時、活動停止の原因になった"事"を新聞で読む。
ウチは朝日新聞だったのですが、固い新聞というイメージがあり、そんな新聞に載ったのは
「尾崎 豊」ぐらいしか知識が無く、ちょっと「すげ〜」と思ってしまった。
この時、「BUCK-TICK」という単語がインプットされる。

「BUCK-TICKを初めて見る」
この前の所で書いてたけど、その当時は「爆風スランプ」の方が好きでした。っていうより
(この時点では、BUCK-TICKはまだ未体験)
その爆風スランプがやっていた「爆風スランプのお店」というTV番組に活動を再開し、
アルバム「悪の華」を出したBUCK-TICKが出てた。ビジュアルがインプット。
櫻井さん(Vo)のルックスをうらやましく思う(笑)

「BUCK-TICKを初めて聞く」
実はその曲を初めてちゃんと聞いたには、LIVEが先。
「悪の華」TOURが終わった後、7ヶ所だけでやった「5 FOR JAPANESE BABIES」TOURが
何故か福島県の郡山市でやった。
しかも自分の誕生日の前日!
ところがLIVEは市民センターのようなホールではなくちょっと大きな体育館!
不思議だなぁ?などと思ったが、名前は知っていたし、「ロック」のLIVEを
体験したかった自分は二つ返事で友達と出かける。
そして黒服のお姉さん達の中で、普通の服を着ている自分が浮いているなぁと思い、
「そっかぁ、BUCK-TICKの時は黒っぽい格好なんだ」と植えつけられる(笑)
さてさて中に入ると席はパイプイスで、しかも後ろから2列目という最悪な所。
所が今考えるとすぐ後ろがPA。音の聞こえはバッチリ。
しかも客席もアバウトだったので、みんなが前に詰めて行くという今では考えられない
事に。
そして、この時に「SILENT NIGHT」でピンスポに当たる櫻井さんとその曲の綺麗な事に
感動。ドップリとハマる…
(その曲はアルバムバージョンではなく、その時だけのリ・アレンジバージョン)

「やらかしちまった」
その後、「狂った太陽」を出し、そのLIVEにも行き、どんどん侵されていく…
過去の曲をリ・アレンジして出したベスト盤「殺シノ調ベ」は(確か)郡山には来ず、
テレビ神奈川で初日、2日目の横浜アリーナでの録画を福島でもやるという情報を
得たものの、当日、自宅のビデオが壊れてしまい、近所の親戚の家に録画をお願いに行く。
しかーし、その事に気を取られていた自分はとっても大事な事を忘れていた(泣)
とても恥ずかしくて言えない…
この頃には、ギターを買ってバンドをやりたい熱が出ていた。

「鳥肌、そして喜多方」
93年「darker than darkuness」が出る。オリジナルアルバム買ったのはこれが
初めて。ワクワクしながら、CDをラジカセに入れると、曲数表示が「93」。裏ジャケには
10曲しか書かれていなくて、「壊れちまったか?」とマジであせる(笑)
とりあえず再生は出来て、ほっと一安心。
(後にこの前の年、NINE INCH NAILSが99曲と表示されるCDを出していた事を知る)
1曲目の「キラメキの中で…」のイントロの当時ありえなかったギターフレーズと音色に全身の
鳥肌が立つ(実話)
そのCDは10曲目の後に、無音を間に挟み、93曲目にノンクレジットの曲が始まるという
オマケつき。その心意気にさらに興奮!
そして、受験生にもかかわらず、この後の遊びを封印するという条件でLIVEへ。
しかし、この時は郡山には行けず、再度回ってきたのが「喜多方ラーメン」で有名な喜多方。
自分の影響でやっぱりハマった弟を共に電車を乗り継ぎ、喜多方へ。
実はこのアルバムから彼らのギターサウンドはガラリと変わり、いわゆる「ロックっぽい」太い音
へと進化する(その前まではバンドブームの時に流行っていた軽い音だった)。
ライブを堪能したけれど、終わったのが9時ちょっと前。帰りの電車が無い為、親に迎えに
来てもらうが、「喜多方ラーメン」は食えずじまいだった…

その後、自分は、大学に受かり、「バンド」という欲求を満たす為、東京へと出て行く
→続く

BUCK-TICK以前に自分が好きだった音楽を。

幼稚園の頃は「泳げ! たいやきくん」が好きで、風呂に入った時は父親にせがんでいたらしい…
また、親戚のお兄ちゃんの影響で「宇宙戦艦ヤマト」の歌を覚え、親に録音される。
これが自分の音源としては最古の物(笑)
また、大好きだったドリフの「8時だよ! 全員集合」に良く出ていた沢田研二に衝撃を覚える。
このときから後の片鱗をみせる。
「勝手にしやがれ」がの帽子を斜めにかぶって、ズボンにウイスキーの小瓶を差し込んでいる
画は今でも覚えてる。
出だしの「壁際に〜」がまだ上手く発音できず「かべにわに〜」になっていたのも覚えてる。

小学生の頃は、60年〜70年代の歌謡曲好きの母親の影響で、「ザ・ベストテン」や「歌の
トップテン」を見て育つ。
親戚の家にあった昔のカラオケで盆・正月は大宴会。十八番は
「浪花節だよ 人生は」「北酒場」などのポップス演歌。

中学生になって流行りモノの歌を好む傾向が強くなる。
「romanticは止まらない」や「仮面舞踏会」、「大きなたまねぎの下で」など。

特に「大きなたまねぎの下で」を歌っていた爆風スランプはかなり好きで、
中3のときに、地元の野球場に「ハウンドドッグ」や「筋肉少女隊」などと来た野外イベントを
見に行く。
でも、外野席の芝生で寝っころがりながら(笑)

そして、この爆風スランプを好きだった事が、後々大変な事に…

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