探険家 yoshiiの探検・冒険の旅のブログ

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中国ガイドの金妙珍は、今回のガイドは日中友好のためにやる、僕らツアー客一行は全員新潟県人、日中の国交を回復した田中角栄の郷土新潟県人は田中角栄と同じ扱いにするという。
 金妙珍の熱の入れようは尋常でなく、彼女の言葉に嘘は無いと感じた。
 もうみんなサービスですよ、みんな奢りですよ!!
 みんな見せて上げると金妙珍は繰り返した。
 
イメージ 4

 ここが、仁寿殿、西太后が謁見に利用した建物。
(この写真の先頭で、妙珍は饒舌を超えて話していた。)
 空いている入り口の奥に、七宝焼きで飾られた玉座がある。建物の周りの飾り物も、全部七宝焼きで出来ている。(七宝焼きは、時代を経ても汚れず壊れず、ますます磨きがかかり価値の出るものとのこと。)
 
イメージ 1
 
 玉瀾堂は、西太后が甥の光緒帝を幽閉した建物である。
 西太后は満州族・エホナラ氏の出身。威豊帝の後宮に入り、後の同治帝を生んだ。

 1861年に威豊帝が亡くなると、威豊帝の正妻である東太后と結託し幼帝を補佐し、睡蓮政治を始めた。 同治帝が亡くなると、強引に自分の甥にあたる光緒帝を即位させ、東太后と睡蓮政治を継続させた。大混乱の清王朝末期の時代のことで、1908年に最後の皇帝 溥儀」を指名して病死するまで 休む暇の無い人生だったようだ。
 
 頣和園は贅沢を極めた造りだが、その費用の大部分は 軍隊(海軍)の経費の流用。
 
イメージ 2

 玉瀾堂の北側には、西太后が日常生活に使った 楽寿堂があり、七宝焼きで造られた家具や美術品
で溢れていた。
 
 月亮門をくぐると、長さ728mの長廊につながる。
イメージ 3

  欄間には、三国志演技や西遊記などに題材をとった 装飾画がおよそ8000点も描かれている。
  その作品は全部七宝焼きで出来ている。

  頣和園は、西太后の道楽で出来たしろもの。清の滅亡は、そのため、幾分か早まったようだ。

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