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私が初めて中国に来たのが2009年3月でした。
その後色々とあったものの、あっという間に2010年11月・・・
まさに、光陰矢のごとし
です。
私は2011年2月末まで現在の勤務校との契約が残っています。
その後は自身の博士論文を考慮し、帰国する予定でした。
やはり、博士論文をまとめるには相当の時間と体力が必要です。
仕事をしながらというのは厳しいという見通しがありました。
加えて、ここ安徽省阜陽市では研究に使う文献や資料が足りなすぎます・・・
そんなわけで、自身は帰国の意志であることを所属する学部長に伝えました。
すると学部長から、
「もうすこしでも残ってもらえると嬉しいのですが・・・」
「博士論文の書けるような環境は可能な限り準備します。」
「それに一年延長が無理なら、あと半年だけでも無理でしょうか。」
という回答が返ってきました。
契約が終わったので「お疲れ様でした」でなく、「もっと」と言って下さったのが嬉しかったです。
加えて異例の「半年契約」も準備すると言ってくださったのにも意外でした。
半年契約はビザ等の関係で手続きがかなり煩雑になるので、普通はやりたがらないからです。
勤務校側の誠意が痛いほど伝わってきたので、
「少し時間を下さい」
と返答していたのが二週間ほど前でした。
その後、自分自身でも考えに考え、かつ、指導教官と相談しました。
指導教官は、
「あと半年であれば、博士論文の作業にも支障がでないのではないか。」
という意見をもらい、私自身もあと半年「ここ」での生活を延ばすことにしました。
その意向を学部長に伝えると、とにかく研究生活を精一杯バックアップをしてくださるという返事が。
加えて、今自主的にやっている週二回の日本語コーナーなどは止めても構わないという気遣いも。
ま、これは急に止めるのは考えていませんが、学生に事情を説明し少し負担を軽減してもらうかも。
当初二年と考えていた中国安徽省阜陽市での生活でしたが、少々阜陽暮らしが延びることになりました。
これは同時に、完全に仕事をしながら博士論文を書く立場になったこと意味します。
そう考えると自ずと身が引き締まる思いです。
まさか、中国に来た当時はそんな道を自分が歩むこととなるとは考えていませんでしたが・・・
しかし、これだけ自分を必要としてくれる大学と学生達を離れることはできませんでした。
それに、これは私自身がよくよく考え抜いた後に決めた結論です。
だから、何があってもとにかくやる抜くつもりでいます。
ま、何とかできるでしょう。
そう信じて、延長された半年間を仕事に研究に取り組もうと思います!
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研究活動に対しても、バックアップするということなら、それはありがたい職場ですね。きっと、Mさんの、日ごろの教師ぶりも、評価されてのことでしょうね。
ボクは、40過ぎのオッサンなので、万事、すなおな反応が出来ず、反省することが多いです。
どうか充実した日々を送られますように。
2010/11/21(日) 午後 6:42
ピンパパ さん
本当にありがたい職場環境だと私も思っています。都市の大学はどうか分かりませんが、人と人のつながりがこの大学は強いので融通も聞いてもらえたりします。仕事はまだまだ新米なので、もっと頑張らないといけませんが・・・
2010/11/21(日) 午後 10:39 [ M ]