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皆様、お久しぶりです・・・。
今年2月の更新以来ですね。
その後、ずっと中国安徽省ではyahooブログにアクセスが出来ぬまま、時間だけが過ぎました。
そして、こんなことや、あんなことが沢山過ぎていくなかであっという間に契約終了日を迎えました(苦笑)
それが昨日のことです。
今は日本の自宅に戻ったために、ブログの更新が出来ているというわけです。
中国の安徽省阜陽市にある大学に勤務してから、二年半近くの歳月が経ちました。
その間、色々とありましたが、毎日の生活の中心にあったのは二つでした。
一つは、自身の研究活動。
そして、もう一つは主に大学生達との交流でした。
私は外教として、学生達の交流を何より重視してきたつもりです。
学生達とだけでなく、先生方や町の人々とも可能な限り交流をしてきました。
そのためか、みんなはそれぞれ私のことを覚えてくれ、親切にしてくれました。
生活だけでなく、研究に対する支援もしてくれた人も少なくありません。
一年を過ぎる頃になると、日本語科以外の先生方も簡単な日本語の挨拶をしてくれるようになりました。
それから、日本語科以外の学生達も同様に。
それらは一つ一つが大切な記憶、思い出として私のなかに刻まれました。
阜陽を離れるにあたり、各学年の学生達や学科、また、それ以外のグループの送別会が立て続けにありました。
学生達をはじめ、先生方も送別の品を段ボールに入りきらないくらい沢山くれました。
どれも心がこもっていて、手作りのものも多かったです。
送別会の席で、学部長が
「私はMさんにあって、日本や日本人に対する以前の見方を変えました。もし、機会があれば、また我が校で仕事をしてほしいです。」
と、中国語で私に言ってくださいました。
その言葉は、日本人の外教としては、何よりのほめ言葉であったように感じられました。
私が阜陽を離れる日、28日夕方の上海行きの汽車に乗りました。
その日、日本語科の主任を始め、外事オフィスの先生が駅まで見送ってくれました。
駅に着くと、100人弱の日本語科の学生達が待っていて、彼らと汽車が出発するまで最後の交流をしました。
(試験期間中で忙しいはずなのに、自主的に学生同士で相談して駅で見送ろうと決めたそうです)
・・・でも、何を話したかあまり記憶にありません。
既に目を赤くしている学生達を見て、自分の目頭が熱くなるのを抑えるのに必死だったからです。
ただ、最後は見送りに来てくれた学生一人一人に声をかけ、握手したのははっきり覚えています。
彼らはそれぞれ、私にとって記憶にずっと残る学生になると思います。
今は日本へ帰り、また、大学院生としての立場に戻りました。
この夏は、博論の総仕上げのための研究活動を進める予定です。
それと、最後にもう一点おしらせが・・・
私の中国での大学教師としての仕事は、2011年6月30日で終わる予定でした。
しかし、その後、縁あって上海の某国立大学より声をかけていただくことになりました。
ブログが更新出来ない間に、その大学と契約を行い、今年8月より、上海で働かせて頂くことになりました。
yahooブログは続けたいのですが、どうも中国では難しいと思います・・・
そこで、今後は別の方法で日記をつけようと計画中です。
もし、決まったら、こちらのブログでお伝えしたいと思います。
というわけで、長らくこのブログを続けてきましたが、ここで一度幕を閉じることと致します。
皆さん、長い間このブログをお読み頂きまして、誠にありがとうございました。
M
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Mさん、おめでとうございます。
一つ事を成し遂げたんですね。
彼の地での皆様にも慕われて、貴君も御自身の成長を自覚したんですね。
おめでとうございます。
そして、もう新しい一歩が始まっているんですね。
頑張れ、Mさん。
貴君の志の練成を祈る。
2011/7/1(金) 午後 10:59 [ ノブジ ]
お帰りなさい!また、行ってらっしゃい!
私は冷徹かつ厳しい教師なので、学生に盛大に見送ってもらえるほど信頼を得ていません。100人もの学生が見送りに来てくれたのは、まさに信頼の証です。私の場合は、たとえ99人に嫌われても、理解してくれるたった1人に大いに救われます。それでも私は大満足です。
次は上海とのことですが、日本語教師としてでしょうか。それとも歴史学研究者としてでしょうか。
1つ気になるのは、Mさんの本業は歴史家であるはずだということです。日本語を教えるのは私クローバーの仕事です。Mさんの歴史学のご研究に支障をきたすようであれば、日本語の授業は少しでも抑えるべきではないかと、勝手ながら考えてしまいます。責任感のお強いMさんだからこそ、学生から頼りにされたら、期待にこたえようとご自身にプレッシャーをお掛けになりすぎやしないか、そのためにご研究に支障をきたしてしまわれるのではないか、とおせっかいながらも思っております。
ご気分を害されてしまわれたら、申し訳ございません。
2011/7/1(金) 午後 11:06
奇遇ですが、私も今学期で3年間教えた吉林市の大学を離れました。先生方、学生たちから本当に温かく送り出していただきました。出会った一人ひとりの学生たちに言葉では言い尽くせないほどの感謝の気持ちでいっぱいです。
私は中国を離れたのでブログを再開しましたが、中国国内では難しいでしょうね。今のところgooブログは問題なく使えるようですが…。いずれにしても上海でのご活躍をお祈りしています。
2011/7/2(土) 午前 0:48
Mさん、上海で頑張ってください、健闘を祈ります。GFWを越えるのが特に難しいではない、私がいまでも北京でヤフーブログでやっている。それをある試練だと考えてください。
2011/7/2(土) 午後 1:43 [ ZSYCA ]
taknob48 さん
ありがとうございます。
何とか無事に終わったという感じですが、充実感はあります。
次の場所でも、さらに頑張っていきたいと思います。
またよろしくお願い致します。
2011/7/3(日) 午前 0:58 [ M ]
クローバー さん
長々とご丁寧にコメントありがとうございました。
クローバーさんは熱く熱心に学生と向き合っておられるのですね。
ブログを拝見していて、そう感じることが多いです。
私とクローバーさんは姿勢は違えど、目指しているところは同じかもしれませんね。
ま、私の方が未熟なのはもちろんですが・・・
上海の大学では、日本語学科の学生(高学年)に「歴史と地理」・「卒業論文指導」を担当してほしいと依頼されています。ですので、日本語教師とは多少もとめられている仕事は違うようです。だから、この仕事を受けたのです。
なお、博士論文の方も完成が見えてきました。あと一息(?)で完成なので、仕事をしつつ頑張ろうと思っています。
上海では既に研究者の方と共同で研究調査を行うことも決まっていて、研究の方も益々充実していく見通しです。
2011/7/3(日) 午前 1:04 [ M ]
pelupa さん
お久しぶりです。
そうですか、勤務されていた大学を離れたのですか。
きっと、学生さん達は寂しがったでしょうね・・・
いずれにせよ、私も同じように、これからが新しい出発です。
お互い頑張っていきましょう!
ブログが出来ないのは残念なのですが、仕方ないことだと思います。
別の方法で、私の中国生活をお伝えしていこうと考えています。
これからもよろしくお願い致します。
2011/7/3(日) 午前 1:08 [ M ]
ZSYCA さん
コメントありがとうございました。
北京でもyahooブログをやっているのですね。
どうすれば良いのでしょうか?
もし、「お知恵」があれば是非教えてください。
よろしくお願い致します。
2011/7/3(日) 午前 1:10 [ M ]
ども!
お久しぶりです。
元気ですか??私は大学4年生になり、ぼちぼち就活やらを
頑張ってます。
また、中国で先生やるんですね!!
私の近況報告をすると6月に教育実習へ行ってきました。
中学生担当でした。大変だったけど楽しかった♪
そして今はまた、就活モードに。
一応、就職を目指してるけど私立の適性検査は受ける予定です。
就職して先生になりたいと思ったらやろうとひそかに
考えてたりしてます。
どうなるか分からないですけど…
また皆で集まって食事でもしたいですね〜(^^♪
2011/7/5(火) 午前 1:26 [ かわ ]
かわ さん
本当に久しぶり。
中国との縁があるようで、中国生活が伸びることになりました。
でも、今度は上海なので、以前の町とは随分環境は違いますね。
ま、頑張ってやろうと思っています。
もし、時間があるなら久々に皆と会いたいね。
その時は声かけてください!
2011/7/5(火) 午後 7:16 [ M ]