Mの中国通信

中国で奮闘する大学講師の日々。阜陽での日々が終わりました。

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<最近は寒くなってきたため、体が温まる「土豆粉」が美味しいです!>

今年の冬は去年と比べるとまだまだ暖かいです。
去年はこの時期に何度か雪が降っていましたから・・・

とはいえ、寒くなってきたのは事実です。
特に、朝はベッドから出るのが少々苦痛です(苦笑)
学生もそれは同じで、朝一の授業は朝寝坊がチラホラと出てきています。


そんな時期になると、土豆粉(トゥドウフェン)が美味しくなります。
これは、いわゆる麺料理の一つで、東北地方では良く食べられているようです。
ジャガイモのでんぷんで麺をつくり、辛いスープと一緒に食べます。


私が中国に来たばかりの時、土豆粉を食べましたが辛すぎて食べられませんでした。
そして、しばらくは口が痛くてたまらなかったのを良く覚えています。

この料理はその位の辛さがあるのです。
(辛味を抜くことも可能ですが・・・)


それが、今では辛いものの美味しく食べられるようにまで適応してしまいました(笑)
いやはや、自分で言うのも何ですが恐るべき適応力です。

実際、これが食べられない中国人学生も多く、口が痛くなり残した者もいました。

私は辛さは感じるものの、美味しさが勝つので最近は週に三回ほど通っています。
このようにたくましく育ってくれた両親には感謝したいですね。



最近読んでいた、建築史系の院生が書いた博士論文を今日で読み終えました。
(既に著者は現在は院生でなく、某大学で教鞭をとられているとのことですが・・・)
ちなみに、この博論は現在、書籍化され販売されています。


黒石いずみ『「建築外」の思考 今和次郎論』ドメス出版、2000


これは私の博論と重なる部分もあって、読んでいた一冊でした。
色々と勉強になる部分もあり、疑問点もあり、なかなか面白かったです。
疑問点は著者に直接尋ねるつもりです。

今和次郎が日本の建築学観念を再構築していた人物だったとし、それを多角的に検証しています。
興味のある方は是非お読みいただければと思います。

先日の感謝祭のこと。

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<大学構内には、日頃世話になっている人への感謝の気持ちを書いたメッセージカードが飾られました>

最近は何だか少し疲れ気味で、テンションをあげるのに一生懸命です(苦笑)
自分は何だか必要以上に自分を追い込もうという癖があるので、気をつけないといけません。
もう少し自然体で日々を過ごしていきたいと思うこのごろです。

最近は徐々に寒くなってきて、空気の乾燥もひどく、時々肌がヒリヒリします。
今後はもっと多めにクリームを塗らないといけないようです。



さて、先日の木曜日は感謝祭(サンクス・ギビングディ)でした。
中国ではアメリカのように当日が休日になったりはしません。

しかし、その日は日頃の感謝を相手に伝えることが習慣化しています。


去年もそうですが、写真にあるようなメッセージカードが大学構内に飾られました。
そして学生は自分の両親や、先生などに電話したり、メールで感謝を伝えていました。
みんなそうすることは当たり前で、絶対にそうすべきと考えているようでした。


私も学生達から沢山メッセージを頂きました。


しかし、こうしたことは日本では一般化していませんね。
そもそも11月第4週の木曜日が感謝祭であることはあまり広く知られていないでしょう。
(もっともカナダでは10月に感謝祭をしているようですが)


日頃の感謝をしっかりと相手に伝えることが「当然」という文化は何だかいいですね。
日本でも別の機会で、そうした感謝の気持ちを伝えていると思います。

しかし、国民が皆同じ意識を持って、感謝を伝えようという感じとは少し違います。
そうである人もいれば、そうでない人もいるという感じで・・・。


ま、それが一様に悪いとは思いませんが、確実に違いは感じています。
こうした違いは一体どこから発生しているのでしょうか?


何だか中国にいると、日本が良くも悪くも「バラバラ」な印象を受けます。
数年前「カリスマ○○」という言葉が流行ったのも、この辺りに原因があるのでしょうか?
(つまり、「バラバラ」な現在の日本社会がカリスマという世論を纏め上げる存在を欲している)

強制ではなく、自然と一つにベクトルが集まるというのは何だか魅力的です。

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<最近、オレオの落花生味を食べてハマリました。考えてみると、中国には落花生風味のお菓子が多い。>

この大学に来て、もう一年半以上が経ちました。
学生達は親切ですし、仲良くしてくれるため、非常に楽しく毎日を送っています。

その一方で、時々学生達の口から出るある言葉に違和感を持っているMです。
それは、

「先生は私の友達です。」

というもの。


確かに普段の様子を見ていれば、確かに友達のようです。
それに仲良く打ち解けられるということは個人的にも好きです。

でも・・・やはり「友達」ではありません。
どうしたってそこは「教師」です。

日頃やっていること自体(役割)が全然違いますし、意識しているか否かは別とし責任も違います。
それに教師が見ている視点が学生と同じというのでは私は問題だと思います。
(学生の立場からも考え、教師としての立場からも考える必要があるはずです。)

教師と学生の距離が近いのは良いと思うのですが、「友達」は同じ立場を意味し違和感を持ちます。


私の携帯に来る学生のメールに、

「先生は私の友達です。」

という文面は多く、時には、

「先生、あなたは私のお兄ちゃんです。」

などというものもあります。
これには、さすがに少々戸惑いました(苦笑)

しかし、こうした「先生(若い)を友達」と呼ぶ習慣は中国では別に変わったことではないようです。
実際、他の若い同僚もそうした経験を持っている方がいるようです。


このことで、問題だなと感じることがあります。

それは敬語がなかなか上手にならないことです。
いつになっても、「友達」のMに対して敬語を使おうとしない学生がいます。
(もちろん、全てため口ではなく、「です」・「ます」口調が大半なのですが・・・)
その度に注意はしますが、なかなかなおりません。

やはり、「友達」でなく「教師」ということを強く意識させるべきなのでしょう。
他にも、練習不足などの単純な理由もあるのでしょうが、「使おう」という意識の問題もあるはずです。
実際、中国語には敬語は少ないですし、常に敬語を「使おう」との意識がないとなかなか上達しません。


しかし単純に、

「学生の君達は私の友達ではありません!」

などと強く言ってみても、私に仲良く接してくれる彼らをガッカリさせることになるのでしょう。
それに、そうした一方的な態度は中国文化や習慣を理解しないで行動していることを意味します。
そうした態度は、教養がなく、あまり意義のないことと感じます。

やはり、彼らがどうすれば納得して理解してくれるかを考えて対応すべきだと私は思うのです。


しかし・・・そのやり方はまだ見つかりません(涙)

やっぱり異文化理解って、異文化交流って難しい・・・


それをただ今痛感しております。
ま、手探りでやっていきたいと思います。


この点に関して中国で暮らしている皆様はどうお考えでしょうか??

私が初めて中国に来たのが2009年3月でした。
その後色々とあったものの、あっという間に2010年11月・・・


まさに、光陰矢のごとし


です。

私は2011年2月末まで現在の勤務校との契約が残っています。


その後は自身の博士論文を考慮し、帰国する予定でした。
やはり、博士論文をまとめるには相当の時間と体力が必要です。

仕事をしながらというのは厳しいという見通しがありました。
加えて、ここ安徽省阜陽市では研究に使う文献や資料が足りなすぎます・・・


そんなわけで、自身は帰国の意志であることを所属する学部長に伝えました。
すると学部長から、


「もうすこしでも残ってもらえると嬉しいのですが・・・」

「博士論文の書けるような環境は可能な限り準備します。」

「それに一年延長が無理なら、あと半年だけでも無理でしょうか。」


という回答が返ってきました。
契約が終わったので「お疲れ様でした」でなく、「もっと」と言って下さったのが嬉しかったです。

加えて異例の「半年契約」も準備すると言ってくださったのにも意外でした。
半年契約はビザ等の関係で手続きがかなり煩雑になるので、普通はやりたがらないからです。

勤務校側の誠意が痛いほど伝わってきたので、

「少し時間を下さい」

と返答していたのが二週間ほど前でした。
その後、自分自身でも考えに考え、かつ、指導教官と相談しました。

指導教官は、

「あと半年であれば、博士論文の作業にも支障がでないのではないか。」

という意見をもらい、私自身もあと半年「ここ」での生活を延ばすことにしました。


その意向を学部長に伝えると、とにかく研究生活を精一杯バックアップをしてくださるという返事が。
加えて、今自主的にやっている週二回の日本語コーナーなどは止めても構わないという気遣いも。

ま、これは急に止めるのは考えていませんが、学生に事情を説明し少し負担を軽減してもらうかも。


当初二年と考えていた中国安徽省阜陽市での生活でしたが、少々阜陽暮らしが延びることになりました。
これは同時に、完全に仕事をしながら博士論文を書く立場になったこと意味します。

そう考えると自ずと身が引き締まる思いです。

まさか、中国に来た当時はそんな道を自分が歩むこととなるとは考えていませんでしたが・・・


しかし、これだけ自分を必要としてくれる大学と学生達を離れることはできませんでした。
それに、これは私自身がよくよく考え抜いた後に決めた結論です。

だから、何があってもとにかくやる抜くつもりでいます。

ま、何とかできるでしょう。

そう信じて、延長された半年間を仕事に研究に取り組もうと思います!

最近、良く通っている韓国料理店に学生達と行って来ました。
良く来ているということで、会員カードを頂きました。

次回からは割引が出来るとのことです。
加えて、プレゼントももらえるとのことでした。

これはラッキー!

一方、阜陽市内のタクシー運賃が上がりました。
と言っても、初乗りが4元から5元へと1元だけですが・・・
(1元=約12円)



以下は、その韓国料理店で食事をしている間の会話です。

学生 『先生はいつも授業の時は元気ですね。』

私 『そうだね。授業でテンションが高いのは重要でしょ?』

学生『そうですね。・・・でも、それと逆に電話の時は先生は冷たい感じがします・・・。』

私 『えっ!?そうかな・・・』

学生 『そうですよ・・・。なんだか感情が無くて、お邪魔したような感じがしてしまいます。』

私 『ごめん!そんなつもりはないけど、これは私の癖なんだよね。』


と、まあこんな会話がありました。
学生の話しでは、何だか授業と違って電話では感情がこもっていないようなのです。
どうもその理由は、電話の声が小さいことと、声の抑揚が少ないことにあるようでした。

といっても私にそんな意識は全くなく、いたって自然に話しているつもりだったのですが。


元々、大半の日本人は電話で大きな声で話すことが少ないように思います。
しかし、中国人は通常も電話でも大きな声で話している人が大半です。

その声の大きさはかなりの差を感じます。

私も通常の時は声は大きな方ですが、電話では小さめです。
ですので、そこは中国人の習慣と違うようです。


加えて、人が実際にいれば別ですが、電話では人が居ないため感情が入りにくいのです。
ですので、無意識に何だか感情の無いような話し方になってしまうようです。

しかし、感情をあらわにして話す日本人の男性も少ないように感じています。
(あくまでも個人的にですが・・・)
ですので、私の電話での話し方は日本ではそれほど不自然なものではない気もします。

しかし、中国人は電話でも感情豊かに元気に話している人が多いようです。


要するに、今回の一件は日本人と中国人の一つ習慣の違いということなのではないでしょうか。


とはいえ、「お邪魔している」と思わせることが私の本意ではありません。
ですから、今後はもう少し電話でもテンションを上げて話していこうと思います(苦笑)



さ、今夜は来月予定している上海の同済大学での聞き取り・資料調査の準備をします。
(夏から交渉していた同済大学での調査でしたが、本日同済大I教授と正式に連絡がつきました。)


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